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ボーダーを越えて
158 みんなの宝物
2010年1月15日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ボゥズ美術館全貌。
▲ バナード・カースルの洒落たB&Bの裏庭。
▲ バナード・カースルの街の中心。左手にある八角形の公共市場は1747年に建設され、現在でも毎週水曜日に市場は開かれている。
イングランド南端のサセックスからスコットランドのグラスゴーへ連れ合いと車で行ったときのことです。メモを調べてみたら、1992年9月でした。イギリスの東側を縦断する道路で北上し、イングランド北部にかなり入り込んだ地点で西に曲がったころには、日が沈みかけていました。

その辺りはブロンテ姉妹が生涯を送ったヨークシャーの延長で、『ジェーン・エア』や『嵐が丘』の荒涼な風景を思わせ、道路沿いには人家もありません。9月上旬とはいえ、北海から冷たい空気が流れ込んでいるらしく、寒そうな空はどんより薄暗くて何もかもひっそりしていました。

そろそろ泊まる所を探さなくては、と地図を見ると、バナード・カースル(Barnard Castle)という町がもうすぐで、宿はそこで取ろうということにしました。「バナード・カースルは12世紀の城跡があるはずだ」という連れ合いの言葉で、私はさびれた城下町を想像しました。

車で遠出するときは、目的地に達するまでの道程はいつも出たとこ勝負が普通なのです。ホテルはおろか、泊まる町すら決めずに出発して、行ける所まで行って宿を探すということをどこでもやって来ました。それで困ったことは(タンザニアとクリスマスのときのメキシコ以外では)ありません。

「バナード・カースル」という標識を通り越えて町に入りましたが、相変わらずひっそりしています。すると間もなく、私たちの目に思いがけないものが飛び込んで来ました。薄暗い空の下に、とてつもなく大きくて豪華なフランス式宮殿風の建物が道路脇にでんと構えているのです。
「なに、これ?!」
連れ合いと私は思わず同時に叫んでしまいました。場違いなんていうもんじゃありません。どう見てもあまり裕福には見えない北国の小さな田舎町に、こんなに華やかで豪壮な建物なのですから。

これまた見事な門が、開いています。なんとなくオープンな感じで、貴族の私邸という雰囲気でもありません。本当に何なのでしょう。引き込まれるように私たちは敷地内に車を乗り入れました。そして車から降りて、「一体何なんだろうねぇ」と言いながら、門の近くに立ったまま、じっくり眺めていました。

そのとき、門に向かって男の人が歩いて来ます。早速その人に聞いてみました。
「これは美術館ですよ」その人は、ニコニコ顔で答えました。
「美術館?」
これも意外でした。ますます場違いな感じがします。だって美術館を支えるには美術を愛好する多数の資産家や知識人や公的私的基金が必要ですから。そのどれ1つとして、ロンドンから遠く離れたちっぽけな田舎町にあるとはとても思えません。どうしてこんな所にこんな立派な建物の美術館があるのでしょう。

アラン・ターン(Alan Tarn)と名乗ったその男の人が、この美術館をとても誇りにしているのがよくわかりました。住んでいるのはここから離れているけれど、この美術館でボランティアをしているということで、この美術館についてよく知っていて、この地域で石炭で財を成した家系のジョン・ボゥズ(John Bowes)という人が、若いころパリでフランス人の妻と収集した絵画や美術品を故郷の人々に開放して見せるために建てたのだと、教えてくれました。またこの美術館のスペイン画のコレクションはイギリスで最大級だそうで、「今日はもう閉まったので、明日是非見にいらっしゃい」と、強く私たちに勧めました。

残念ながら、翌日は朝早くグラスゴーへ向けて出発しなくてはなりません。
「それは残念だ」と、アランさんは本当に残念そうな顔をしました。「でも、いつかきっと戻って来て、是非ボゥズ美術館を訪れてください」
「必ずそうします」
私たちはアランさんに、というより自分たちにそう約束しました。
「その時にお手伝いできることがあったら、連絡してください」と、アランさんは自宅の住所を教えてくれました。

イギリスにはほぼ毎年行くのですが、約束を果たすことができたのは16年後の2008年8月です。スコットランドへ行くことになり、その帰り道にバナード・カースルに一泊し、翌日ボゥズ美術館に寄ったのです。残念ながらアランさんはボランティアからは引退されたようで、会えませんでしたが。

16年の間に、バナード・カースルの雰囲気はちょっと変わっていました。小さな田舎町であることには変わりありませんが、以前には見かけなかった洒落たレストランが数軒あり、街並にはなんとなく洗練された空気が漂っていて、1990年代後半から2000年代のバブルとも言えるイギリス景気の跡が伺われます。運良くとても素敵なB&Bが見つかり、朝食のコーヒーはおいしいし、スモークトサーモン(薫製鮭)入りのスクランブルエッグが注文でき、果物も完璧に熟したものが食べ放題で、泊まり心地も満点な所でした。16年前のB&Bとは大違いです。サロンにはボゥズ美術館の写真がいっぱい飾ってあり、本もいっぱい揃えてあります。どうやらボゥズ美術館がロンドンからの訪問客をこの町に引き寄せているようであり、またバナード・カースルの住民の誇りでもあるようです。

翌日は清々しい快晴。ボゥズ美術館の立派な姿がますます映えて見えます。入場料を払って幅広い階段を上がると、絵画の展示室で、この美術館を建てたジョン・ボゥズと妻のジョセフィンの肖像画もあります。

絵画や演劇を愛したというジョン・ボゥズはやさしい顔をしていますが、その目には哀愁が満ちているように私には見えました。彼はイングランド北部からスコットランドにかけて富と政治を握っていた伯爵の家系に生まれたのですが、父親ジョン・ボゥズ・ライオン(John Bowes-Lyon)は家に出入りしていた庭師の娘メアリー・ミルナー(Mary Milner)に恋をし、彼女を妻として迎え入れようとしました。親族の中に、エリザベス女王の母親(Elizabeth Bowes-Lyon)がいるような家柄ですから、当時は低い身分の娘との結婚など、親はもちろん、親類中が許しません。それで誰にも認められない「結婚式」をして、ジョン・ボゥズ・ライオンはメアリーと一緒に暮らし始め、息子ジョンが生まれました。

ところがジョン・ボゥズ・ライオンは急に正式に結婚を整え、息子を跡継ぎとしたのです。その16時間後に彼は息を引き取りました。死が目の前に迫っていると感じた彼は、残る妻と息子の地位と生活をしっかり守ろうとしたのです。それで万事めでたし、とはいきませんでした。当時の法律では、誕生のときに両親が結婚していなければ摘出子とは認めないということを盾に取って、親類がジョン・ボウズが称号と財産を引き継ぐことに大反対し、凄まじい訴訟闘争になりました。それが5年間も続いた結果、ジョン・ボウズが受け継ぐのはイングランドにある財産だけ、称号とスコットランドの財産は叔父のものということになりました。

名門イートン校とケンブリッジ大学を出たものの、イギリス社会にしっかり受け入れられないと感じていたジョン・ボウズは、パリに移りました。そこでもともと好きだった演劇や美術の鑑賞に没頭し、彼と同じように美術愛好家であった女優のジョセフィンと結婚して、2人でせっせと収集を始めました。そして集めた美術品を、ジョン・ボウズの家系の故郷であるバナード・カースルに美術館を建てて、地元の人々と美術鑑賞の楽しみを分け合おうとしたのだそうです。

こういういきさつは、前の晩にB&Bで借りてベッドの中で読みふけった本から知ったのですが、それで私はジョン・ボウズの表情から哀愁を感じてしまったのかもしれません。

美術館の礎石は1869年に敷かれましたが、その後が大変な苦労。フランスでデザインされ、素材の多くもフランスから持ち込まれたのですが、フランスはメートル法、イギリスはインペリアル法(フィートとかインチとか)で、建築は大混乱したそうです。でも美術館建設が始まって、収集意欲がますます掻き立てられたのでしょうか、ジョン・ボウズとジョセフィンの収集は大きく膨れ上がって行きました。一方、建設工事はなかなかはかどりません。しかも、完成の見通しが立たない1874年にジョセフィンが亡くなり、ジョン・ボウズからは美術館設立の意欲が抜けて行ってしまったかのようだったといいます。そして彼も1885年に他界してしまいます。

残された美術館管理委員会は、ジョン・ボウズとジョセフィンの遺志を成し遂げようと奮起一点。1892年に完成へと漕ぎ着けました。バナード・カースルの人々はもちろん、その地域一帯の人々が、これは自分たちの美術館だと誇りに胸を膨らませて開館を祝ったそうです。その気持が、ずうっと生き続けているのを、アランさんや地元の人たちから感じました。

絵画のコレクションはゴヤやエルグレコの作品を含んだスペインの絵画、そしてジョセフィンは近代フランス絵画が好きで、かなりの絵画が展示されています。惜しいことに彼女は第1回印象派展示会の直前に亡くなってしまいましたが、彼女がもうちょっと生き延びていたら、ボゥズ美術館には印象派の絵画でいっぱいになっていたかもしれません。日本画は1点もありませんが、1階の奥の部屋に、なんと大名の参勤交代に使われたような見事なお籠が展示されていました。19世紀後半にはこういう物までパリに渡ったのですね。

この美術館で特に有名なのは、18世紀の銀の白鳥。純銀で作られた実物大の白鳥が、スイスイと水の上を動き、魚を捕らえて呑み込むという仕掛けになっているのです。あれっ、白鳥は草食じゃなかったかしら、と私は首をかしげたのですが、そんなことにはおかまいなく、銀の白鳥を囲んだ子どもたちは大喜び。この美術館は年齢や階層に関係なく、みんなのものだということを十分に感じさせてくれました。


帰国してから、美術館で買った絵はがきに「やっと約束を果たしましたよ! 再びお目にかかれなかったのは残念ですが、感無量です」と書いて、アランさんに送りました。アランさんからは、「私もうれしいです」という返事が来ました。

齋藤恵さんが103回目のエッセイ「寄贈返還」で松方コレクションについて書かれましたが、その最後の方にこう述べておられます。
「奢侈関税の導入や、軍部の警戒感などを主因として、買い集めた美術品の大半を日本に持ち込まなかった松方幸次郎氏でしたが、美術館を自力で日本に設立する構想は、かなり進めていたようです。名称まで内定していました。それは「共楽美術館」といい、場所は東京都港区南麻布1丁目で、現在は韓国大使館がある地域なのだそうです。」

その記述に触発されて、是非ボゥズ美術館のことをお知らせしようという気になりました。それを実行するのに2ヶ月半も経ってしまいましたが(どうやら私は何事につけても、触発されてから実行に移すまでに時間がかかるようです)、芸術鑑賞の喜びを大勢の人々と共有しようという思いを、日本の松方幸次郎氏が、イギリスのジョン・ボウズやジョセフィンと同じように持っていたということは、すばらしいことだと思います。

富は個人が1人で築き上げられるものではありません。社会の仕組みや、陰で働く無名の貢献者がいて初めて可能になるものです。松方幸次郎氏もジョン・ボウズやジョセフィンも、そのことを忘れずにいて、富の一部を美術を通して社会に還元しようとしたのでしょう。

美術品はみんなの宝物、それを実現させる美術館もみんなの宝物ですね。

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