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縁の下のバイオリン弾き
104 健さんと平戸
2014年12月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 鬼洋蝶ののれん
きのう高倉健の最後の映画、2012年の「あなたへ」を見た。

「あなたへ」は高倉健が富山から平戸まで車で走るロード・ムービーだが、話の中心は平戸にある。

今年5月に平戸に行ったとき、私はこの映画のことをまったく知らなかった。観光案内所の女性と雑談していたら、彼女は「高倉健がここで映画をとったときにつくったものです」といって絵はがきを3枚ぐらいただでくれた。

その絵はがきは映画にでてくる場所の写真をはがきにしたものだった。ところが私にはまったく知識がなかったから、「へえ、高倉健がねえ」といっただけで興味をおぼえなかった。過去に高倉健がここで映画をとったのだ、ということだけが記憶に残った。案内所の女性も特別に説明してくれたわけではなかったからだ。

映画がとられたのがたった2年前のことで、しかも健さん最後の映画だなんて知らなかった。

高倉健は私の学生時代、任侠映画で人気絶頂にあったわけだけど、私はそれらの映画をほとんど見ていない。やくざ映画は1、2本見たことがあるだけだ。その他には中村錦之助の「宮本武蔵」に佐々木小次郎として出演したのを見た。そんなふうだから私は高倉健のファンだとはとてもいえない。

でも高倉健は英語ができたので外国の映画に出演したことが何度かあり、私はなつかしさからそれらの映画を海外で見た。外国で日本映画を見ることが容易ではなかったころの話だ。

そういえば「東映初の海外ロケ」とうたった映画があった。鶴田浩二と高倉健のふたりが主演した。「海外ロケ」として香港とマカオが出てきた。私がそれを見たのは学生時代のことで、のちに自分が香港に住むだろうとは思いもよらなかった。マカオの聖ポール天主堂の遺跡に実際に立ったときにこの映画を思い出して感無量だった。


「あなたへ」の舞台がなぜ平戸なのか、それはわからない。たぶん日本国内で「さいはての土地」が必要だったからじゃないかと思う。でもまさか網走というわけにはいかないから「西のはて」になったんだろう。

平戸につく前に高倉健が妻の遺骨を散骨するつもりだと旅で知り合った佐藤浩市に言うと「船がみつからなかったらこの人に連絡してみてください」と船頭の名前を書いてくれる。「知っているんですか」という問いに「何年か前、釣りに行ってお世話になったんです」と佐藤は答える。

観光案内所の女性は、私が「魚がおいしいですねえ」といっても「そうですか。私はここで生まれ育ったからよくわかりません。こんなものだと思っていますけど。でも毎日々々魚で、他には何にもないんですよ。時々むしょうに『お肉が食べたい!』って思うことがあります」となげいていた。

私はそれまでの生涯で平戸で食べたものほどおいしいひらめを食べたことはなかった。サンディエゴでは毎日々々肉ばかりというわけではないが、時々むしょうに「お魚食べたい!」と思うのだ。

その彼女が「最近は中国や韓国から釣りのためにお客さんがたくさん来られます」と言う。それは意外だった。でも海のきれいなことを考えれば当然かもしれない。


平戸に行く前、私にはぜひ買いたいものがあった。それは「白無常」で書いた「ベロだし」との関連で見つけた「鬼洋蝶(おにようちょう)」と呼ばれるたこだった。このたこは「あなたへ」でも食堂に飾られているのを見ることができる。大きな鬼の顔の下に武者が刀をふりかざしている図柄で、舌を出しているのかはよくわからないものの、「ベロだし」とよく似た構図だ。

でもこのたこはもう作られていないようだ。小型のみやげものは売っているが、本物の大きなたこにはついにであわなかった。私はこの図柄ののれんを買った。

「鬼洋蝶」は中国から来たと言われている。そう聞いて私は興奮をおぼえた。「ベロだし」が中国の白無常に由来すると信じているから、同じような図柄の鬼洋蝶が中国から来たというのも納得できることだ。

平戸にはお城がある。リンダと二人で訪ねて、私はお城の学芸員の方にずいぶんいろいろなことを教えてもらった。みやげもの屋で聞いた鬼洋蝶ということばの由来にはうなずけるものがなかったので、学芸員に聞いてみると「もともとは『鬼揚丁』と書いたんじゃないかと思うんですよ。揚丁は要するにたこです。これを船のへさきにあげて風向きを見る。たこには弓がついていて、弦が風に鳴るんですね。それで風の強弱をはかる」

ロマンチックではないか。これが中国から来たものなら鄭芝龍(ていしりゅう)の船のへさきにもへんぽんとひるがえっていたことだろう。鄭芝龍は中国の海賊で現在の福建省から平戸に来た。そして平戸藩士の娘、田川マツと結婚して鄭成功(ていせいこう、1624−1662)をもうけた。

鄭成功は1644年に漢人王朝の明がほろぼされ、満州族の清朝にとってかわられたとき、最後まで中国各地で明の回復のために戦った(田川マツは中国に渡り、清に攻撃にされた福建の泉州城で自害した)。

中国に足場をなくしたために当時オランダ東インド会社の支配にあった台湾を攻めてオランダ人を追い出した。成功が38歳で死んだあとも息子が政権を維持したが、結局は清に降った。

成功はオランダ人がつくったゼーランディア城を攻めおとして本拠とした。このゼーランディアという名前はオランダのゼーラント州に由来する。ニュージーランドという国があるがあれは「新しいゼーラント」という意味だ。

平戸にも鄭成功の廟がある。近くの海岸に田川マツが産気づいて岩によりかかって鄭成功を産み落としたというその岩が現存している。私たちは廟をたずね、その岩をバスの窓からながめた。

私はむかしから鄭成功に興味をもっていた。香港にいた時に休暇をとって台湾をたずねた。成功が根拠地とした今の台南市をおとずれ、ゼーランディア城跡の彼の廟にもうでた。

平戸と台南、成功が生まれた場所と死んだ場所をふたつながらおとずれたことになる。台南に行ったのは20代の後半だったから、その間に40年の歳月が流れたのだ。


平戸にはウィリアム・アダムズ、日本名三浦按針(1564−1620)の墓もある。かれはイギリス人で、乗り組んでいたオランダ船が難破したために日本に来た。徳川家康の外交ブレーンとなって日本に住み、56歳で平戸でなくなった。

彼の墓はイギリス人の妻の墓ととなりあわせになっている。アダムズは日本に来てからイギリスに帰ることなく、妻とはかろうじて手紙をやりとりすることができただけだった。それをあわれんだ日本人がイギリスにある妻の墓地から小石をとりよせて夫婦塚とした。1964年のことだ。

でもアダムズには日本人妻がいたのである。この夫婦の子孫はずっと通詞(通訳)の家柄だった。アダムズにしてみれば晩年をともにすごした日本人妻のほうがほんとうの妻だと感じられたのではあるまいか。


平戸の領主は松浦家だった。城の学芸員によると「魏志倭人伝」にでてくる末盧国(まつらこく)というのはこのあたりのことだそうだ。だから松浦は「まつら」と読むのが正しい。松浦家の先祖は平安時代の武将で鬼を退治した渡辺綱(わたなべのつな)で、鬼洋蝶に描かれた武者はこの渡辺綱だそうだ。

幕末に松浦静山(1760−1841)という殿様がいた。この人は60歳をすぎてから「甲子夜話」(かっしやわ)という随筆集を書いたので有名だ。大名だから江戸と平戸を参勤交代しなければならない。私は松浦静山の名前は知っていたが、その人がこんなに遠いところの殿様だとは知らなかった。一口に大名行列というけれど、江戸から平戸まで何日かかったことだろう。私たちは新幹線を使ってさえ二日かかったのだ。

学芸員によると静山は遊び人で吉原では「伊吉さん」で通っていたそうだ。平戸に帰っても何もおもしろいことがないから江戸から帰りたがらなかったというのだが、ほんとうは大名行列のことを考えるだけでうんざりしてしまったのではないだろうか。それでも殿様はかごにのっているからまだいい。家来たちは大変だったろうな。


「あなたへ」は平戸の町からちょっと北にある薄香(うすか)という漁港でとられた。

私がもし映画のことを知っていたとしても薄香へ行くのは容易ではなかっただろう。地方の観光地というものが思いのほか不便だ、ということを私は痛感した。公共交通機関にたよっていてはほとんどどこへも行けないのだ。鄭成功の廟にはバスで行ったが、たいした距離ではないのにほとんど午後いっぱいとられてしまった。行ってみたかった離島などはとてもとても…。

鄭成功の廟の近所で帰りのバス停をさがしていて私は「歓楽境丸山之跡」と書いた小さな石碑を見た。説明によると、ポルトガル人やオランダ人が平戸に来ていたころは出島のような拘束はなかったものの、やはりお城近くまで外国人を自由に入れるわけにはいかなかったのだろう、外国船はこのあたりに停泊させられた、そしてそこには丸山と呼ばれる遊郭ができ、のちに貿易拠点が長崎に移ったときにその名前ごと遊郭も長崎に移転したのだという。

これにはおどろいた。幕末関係の本を読むと長崎の丸山遊郭はたいへん有名で、坂本龍馬や高杉晋作の名前がでてくる。その遊郭のもとが平戸にあったなどとは知らなかった。


映画の中で高倉健はビートたけしが演ずる「車上荒らし」から山頭火の句集を贈られる。それは飛騨でのことだったが、高倉健はその句集を最後まで持ち歩いて俳句を口ずさむ。

種田山頭火(たねだ・さんとうか、1882−1940)は放浪の俳人として有名だ。ビートたけしの映画の中の定義によると、放浪とは単なる旅とちがって目的も帰るところもない、ということが特徴なんだそうだ。

偶然かもしれないが平戸で山頭火の詩句をきざんだ石碑をいくつか見つけた。お城の中の亀岡神社には「酔ひどれも踊りつかれてぬくい雨」という句碑があったし、ホテルの中に「平戸よいとこ旅路じゃあれど旅にあるよな気がしない」というどどいつを刻んだ碑があった。ほかにもあったんだけど今思い出せない。

山頭火の俳句がおおきなテーマになっている「あなたへ」を見て私は不思議な感覚にうたれた。高倉健の旅は目的のある旅だけれど、劇中彼とかかわる人々はみな放浪している。

そして高倉健だって旅の間中その目的について迷いに迷っている。いわば人生そのものが放浪なのだ。

彼はなくなったのが83歳という高齢だったから、60過ぎと推察される映画の役どころは20年ちかくサバを読んでいるのだろう。でも(役の上で)その歳になっても放浪することからまぬがれられない、という感じをよく出していた。

そのむかし高倉健のやくざ映画を見た観客が、劇場を出るときにはみんな肩をいからして歩いていた、というのは有名な話だが、60を半ばすぎた私も映画を見終わって「人生そのものを放浪している」という感じにとりつかれてしまった。健さんになったような気がした。
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