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ボーダーを越えて
159 闇の中で
2010年2月7日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 我が家から見える海岸風景。
▲ 海岸から海に突き出た国境の壁。壁の向こう側はメキシコ領の海。
▲ 合法的にアメリカに入国するのはここから。
先月のある夜、ヘリコプターが我が家の真上近くを旋回しているらしい音で目が覚めました。辺りは真っ暗。夜明けはまだまだです。こんな時間に、一体何事でしょう。

そう遠くない所に海兵隊のヘリコプター基地があり、米軍ヘリコプターは年がら年中飛んでいますが、住民の生活を考慮して夜間の飛行はしないことになっています。(米軍は沖縄のような外国でも付近の住民への配慮をしてほしいですね。)それに、米軍ヘリコプターの音はもっと重い。警察かしら、とぼんやり思っているうちにヘリコプターの音は遠ざかって行き、私は再び眠りにつきました。

その翌日、同じ頃にまたヘリコプターの音で目が覚めました。今度はいつまでも旋回し続けています。一体何事でしょう? 私は好奇心ですっかり目が覚めてしまい、3階のベランダのドアを開けて海の方を見ました。サーチライトを付けたヘリコプターが、海岸の上を何度も何度も旋回しています。そして海岸沿いの道路にはチカチカ、チカチカしているパトカーの赤と青のライトが見えます。どうもこのヘリコプターは国境警備隊か海上保安局のようです。もしかしたら大量の麻薬を積んだボートが上陸したか、しようとしているのかも…とっさにそう考えました。なにせ、近年のメキシコは麻薬で治安が最悪状態に陥って何万人もの命が奪われていて、それはもともと麻薬のアメリカ流通をめぐる抗争ですからね。

いつまでヘリコプターが旋回し続けるのだろうと思っているうちに、ヘリコプターから地上にスピーカーで連絡する声が聞こえました。何を言ったのかはわかりませんが、瞬く間にパトカーや救急車が次々にありとあらゆる方角からやって来て、瞬く間に海岸沿い道路に何十台もびっちり並びました。こんな光景は見たこともありません。密入国だろうとは思いますが、それにしてもこんな大掛かりな警備態勢は普通じゃありません。(そんな言い方をすると、「それなら密入国は普通なのか」と言われそうですが、まぁねぇ、日常茶飯事ではないにしても、この辺りではそう異常でもないのです。)

見に行ってみようかな、なんて一瞬思いました。でも、車で行ったらきっと道路は閉鎖されていてUターンさせられるでしょう。小走りで行けば海岸までは5分ぐらいですが、多分近寄らせてはもらえないでしょう。(それに、たとえ犬をいっしょに連れて行ったとしても、真っ暗闇の中を中年のおばさんがパトカーがずらりと並んだ所へ走って行くのは、やはりサマにならない…)というわけで、現場に飛んで行くのは断念しました。

暗闇の中で光るパトカーの灯りの列。そこには大変なことが展開しているらしいのに、真っ暗で何が進行しているのやら全然見えません。こんなに近いのに残念だなぁ、と思いましたけど、新月の暗闇を狙って密入国ボートは海岸に近づいたに違いありません。

飛び続けていたヘリコプターは、今度は海岸沿いのトリーパインズの丘をサーチライトで照らしながら飛んでいます。と、丘を上って行く何台かのパトカーのヘッドライトが見えました。国境警備隊の手から逃れた密入国者が、あの丘に逃げ込んだのでしょう。あの丘はトリーパインという松の木に覆われていて、隠れるにはぴったりですから。

海岸と丘ではまだまだ何かが進行中でも、とにかく真っ暗で、想像しかできません。その想像にも限界があります。埒があかないので、私はやっと寝ることにしました。

起きてから海の方を見ると、パトーカーは去り、いつもと変わらない静かな風景です。ニュースで知ったのですが、海岸でのできごとはやはり密入国の試みでした。なんでも、国境警備隊のヘリコプターが夜明け前に海岸線をパトロールしていたとき、高波に煽られて転覆した小舟を発見。暗闇の海に放り出された人々の捜査救出が繰り広げられたということです。小さなモーターを付けた舟には26人がメキシコ側から乗り込んでいて、メキシコ人男性1人が死亡、グアテマラ人女性1人が危篤状態、ほか15人が海中から救出され、9人は行方不明だそうです。行方不明というのは、きっと自力で泳いで上陸し追跡の目から逃れたということなのでしょう。救出された15人のうち2人は密入国手配人で、救出後逮捕されました。

単なる事故とは言えないこんな事件が目の前で起きて、我が家から毎日見ている海が国境だということを改めて思い知らされました。それだけ最近は国境が私の生活意識から薄らいでいたのです。

国境といって最初に思い浮かぶのは、地面の上に引かれた線のこと。我が家から30マイル(48キロ)のメキシコとの国境まで車で30分ちょっとです。それで国境を越えてメキシコ側の町ティファナ(Tijuana)へ、民芸品や薬の買い物や食事にしばしば出かけて行ったものです。1年半に行ったのが最後になりました。そのときティファナの変貌ぶりにびっくりしてしまったのです。不景気の影響だけでなく、麻薬をめぐる抗争から殺人事件が多発して、アメリカ側から人が寄り付かなくなり、商店やレストランは半分近くも閉店して、閑散としてしまったのです。殺人は一般の人には及ばないでいるそうですが、運悪く流れ弾に当たって死んでしまった人もいます。そうでなくても、陽気な雰囲気が消えてしまったティファナは、なんともつまらない。それで私は行かなくなってしまったのです。すると、国境が現実味を持たない抽象概念になってしまった。目の前に国境はあるのに。私自身、海の国境を渡ってこの国に来たのに。

もう20年以上も前のことですが、夕日を眺めに海岸沿いの崖まで、当時飼っていた小犬を連れて、毎日歩いて行ったものです。そんなある日、アムトラックのロサンゼルス行き列車が崖の下を通って行きました。それを見下ろしたら、列車の屋根の上に、メキシコ人らしい不法入国者の男性2人が乗っていました。私が思わず、「気を付けてね〜!」という意味で手を振ると、彼らも笑顔で手を振りました。そんなのんびりした風景はもう見られません*。

アメリカ側の不景気で、メキシコ側からの人の流入は減っていると聞きますが、メキシコや中米の経済事情は悪くなる一方で、相変わらずアメリカでなんとか稼ごうとする人々の流れは止まりません。国境警備態勢がますます厳しくなり、地続きの国境を越えるのが一層むずかしくなったため、小舟で海から入国しようとする試みは増えているそうです。

暗闇の中で運良く上陸できた人は、日が昇る前にあちこちに散って行ったことでしょう。そうして(ほとんどが社会の底辺の)仕事を見つけ、ひっそりと働き、余裕ができたら故郷の家族に仕送りを始めることでしょう。

移民がどっと押し寄せると、社会問題や経済問題はいつも新移民のせいにされて来ました。アイリッシュ系移民に始まって、イタリア系、ポーランド系、西海岸では最初に中国系、そして日系、というように。いまはメキシコ系や中米系の人たちが標的に立たされています。多くが「非合法」でやって来るいわゆるイリーガル(illegal)なので、「反イリーガル論」を張る人たちは、とにかく法を破って入国するのが悪い、さらに社会に大変な負担がかかっている、と主張しますが、アメリカ社会が合法非合法に関わらず、メキシコや中米から流入する安い労働力に頼っているということを全く無視した論理なのです。カリフォルニアの農地はもちろん、レストランやスーパーマーケット、建築現場などでも、新移民がいなくなったら、作業はすぐ止まってしまうほど、アメリカ経済は底辺にいる彼らに頼っているのです。

メキシコや中米の人々には、アメリカでの労働許可を出すべきだと私は思います。そんなことをすると全人口がどっとアメリカに押し寄せて来る、と本気で恐れるアメリカ人が多いのですが、それはアメリカは誰にとっても最高の国だと思い込んでいるアメリカ人の無知と傲慢の証拠。職を求めてやって来る移民に聞いてみると、自国で働いて家族を養っていけるのなら、ほとんどの人は故郷は離れたくないと思っているのです。南の隣国の経済がますます混沌として移民を押し出しているのは、アメリカ政府が直接間接に中米を支配し、社会を引き裂いてきた歴史の産物です。その歴史の責任をアメリカは負うべきだと私は思うのです。もちろん、そんな意見はここでは相手にもされません。それなら少なくとも、必要に迫られて国境を渡って来る人たちが、その過程で命を落とさなくても済むようになってほしいと思います。

暗闇の海を見ると、そこに国境を感じるようになったこの頃です。


[*補足]  列車の屋根に乗ってやって来るというのは、いまはメキシコ南部や中米からの移民がメキシコ縦断に使う手段となっています。その旅は私が20年前に見たのんびりしたものではなく、想像を絶するほど凄まじいもののようです。そういう移民といっしょに列車の屋根に乗る体験をしたケリー・ジョージ・フクナガ(Cary Joji Fukunaga)という若い監督が、「Sin Nombre」という映画で、命がけの北上の旅を描いています。今年の初夏に日本でも「闇の列車、光の旅」という邦題で公開上映されるそうですから、是非ご覧になってください。
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