1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
縁の下のバイオリン弾き
140 根付
2017年8月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 高村光雲「うちわに眠る猫」(根付ではありません)
バルボア公園にあるサンディエゴ美術館でアジア美術協会の講演があった。トピックは日本の根付(ねつけ)。

ごぞんじのように根付は江戸時代、印籠(いんろう)を下げるひもにつけて帯の上に出るようにした小さなストッパーだ。現在の携帯電話のストラップのようなものだ。

こまかい彫刻を施してあることが多く、江戸時代にはたいへんはやったようだ。材料は象牙や木。

着物を着なくなってから存在理由がなくなってすたれた。でも浮世絵と同じように海外で芸術品として認められ、収集の対象となった。

アメリカではロサンジェルス郡立美術館にいいコレクションがある(収蔵600、展示150)。ここの収蔵品はガラスのケースに入っていて根付をうらおもてから見られるようにしてある。ものによっては下に鏡をおいて底の部分まで見せている。

形状も題材も千差万別、かぎられたサイズのなかで人の意表をつく表現を追求している。それがおもしろいから愛されるのだろう。考えようによっては盆栽に通じるところがある。

しかし今回の講演は何も目新しいことがなく、私にとっては失望だった。講師はスライドを使っていろいろな根付を見せ、その形状による分類とか題材のよって来たるところを説明したのだけど、日本人の私からみればよく知っていることで、説明されるまでもないのであった。

なにより良くなかったのは、ストッパーであるということ以外に根付の存在理由を講師が説明できなかったことだ。すでに根付には「小さな彫刻」であるという評価が定まっており、それを事新しく言いたててもなにも言ったことにならない。かといって、「ごらんなさい。なんという気の利(き)いた表現でしょう」というのもはばかられる。見ればわかるのだ。だから講師はそのような側面に触れることをさっぱりあきらめてしまったのだ。

それではなぜこの講演があったのか。それは聴衆のなかにも根付をすでにもっていたり、これから買いたいと思っている人がいるからだ。だから話はどうしても
「これはいくらぐらいするのか」「ニセモノの横行にはどのように対処したらいいか」などという投機的な話題が中心になってしまう。しかも小さなものだけにたとえ精妙な彫刻をほどこしたすぐれたものでも、目をむくような莫大な金額を要するものは少ない。要するに「手頃な投資」という側面があるわけだ。

今回の講演では結局根付の表面だけをなでたような話に終わってしまった。

芸術作品を投機の対象とすることは世間ふつうにあることでべつにめずらしいことではない。古いものはそれだけで価値を生じ、骨董品として収集される。

しかし芸術というけれど、根付ははたして芸術品なのであろうか。江戸時代には実用品だったにちがいない。その表現が面白いといって評価されたとしても、それはあくまでストッパーとしての用途に付随する価値だっただろう。よく考えられた細工物、というほどの評価だったのではないだろうか。

そのために近代になって日本人がだんだん着物を着なくなり、印籠を持ち歩かなくなって実用品ではなくなると、根付もほとんど忘れ去られた。

欧米での評価はそれとはまったくことなる。彼らはこれを彫刻だとみなした。そして欧米には「小さな彫刻」という概念がなかったから、あたらしい彫刻としての衝撃があったわけだ。

欧米にも懐中時計の紐につけるフォブと呼ぶ細工物やブローチやステッキの頭など、同じような成り立ちのものがあったけれど、それらが彫刻としてとりあつかわれたことはない。なにより、根付にはおどろくほどの細部に対するこだわりとおびただしい題材の変化があった。これが根付をきわだって特異なものにしている。そこには日本人の器用さや、偏執狂的な集中力がよくあらわされている。

そうやって欧米人を魅了した根付が、当の日本人にとってはやりきれない過去の亡霊だった。その点も浮世絵と同様の道筋だ。

手ぬぐいや家紋にさまざまな意匠を考え出す日本人の美意識に通じるものがある。根付は伝統的に「アート」というより「デザイン」と日本人には考えられてきたのだ。創造性はもちろんあるけれども、そのもっとも重要な要素は「くふう」だった。

だいたい日本には「彫刻」という観念からしてなかった。近代以前の日本の彫刻といえば、たいてい仏像で、普賢菩薩も阿弥陀如来も阿修羅や仁王も日本人ではなかった。それを作る人は「仏師」とよばれた。仏以外の彫刻を作らないか、作ってもごくまれなことだった。

お地蔵さんは道端に立っているが、西洋の街角のようにある理想を託した彫刻ではなかったし、記念碑的な彫像もなかった(幕末に尊皇思想がひろまって足利尊氏の木像の首が切られた、なんて話が残っているから、そういう彫刻はあったにせよ)。

その仏師の流れをひく彫刻家として幕末から昭和にかけて生きた高村光雲(1852−1934)という人がいる。上野の西郷さんの銅像を作った人だ。彼はもともと木彫専門だったのだが、西洋美術をとりいれ、銅像も作った。東京美術学校の彫刻科の教授になった。

小さな木彫もたくさん彫っている。そしてそれを見ると、根付を生み出した美の感覚が脈々と生きているのを感じる。

その光雲の息子が高村光太郎(1883−1956)だ。今では「智恵子抄」の詩人として有名だけど、彼は彫刻家で画家だった。代表作に十和田湖畔に立つ「乙女の像」がある。

彼は父光雲が代表する日本の美意識に反発した。簡単にいえば、根付的なもの、つまりこぎれいな、気が利いた、手先の妙をてらうものをきらったのである。ニューヨーク、ロンドン、パリに遊学した彼はロダンの作品にみられるような、本当に彫刻らしい彫刻にあこがれた。題材に正面からぶつかり、まっとうな格闘をへて造型される芸術が彫刻だ。そういう彫刻はそれまで日本になかった。

根付なんてものが欧米でもてはやされるようになろうとは彼の理解をこえたことであったにちがいない。

私はそういうことを考えると歴史の皮肉を感じてしまう。浮世絵はたしかに西洋の絵画に影響を与えた。女子供の手すさびにすぎなかったものが、西洋の目で再発見されて偉大な芸術だとされるようになった。それは日本人のあずかりしらないことであった。日本人はそれを作り上げたけれど、その価値にはまったく意識がとどかなかったのだ。

では同じように西洋に再発見された根付が、西洋の美意識に影響を与えただろうか。私はそうだということができない。西洋は結局日本の根付を収集するばかりで、その地で根付の模造品をつくることはなかった。なによりその美意識を自分のものにして、根付でなくてもほかの分野に応用するということがなかった。

日本が遠い異国であったころにはそれも仕方がないと言えたかもしれない。でも現在のスマホのカバーに日本だったら必ずついているストラップの穴がアメリカではついていない。そんなものは不必要なのだ。ということは日本でいう「かわいい」ということばが、ことばとしては英語にとりいれられたとしても、本当には理解されていないのではないだろうか。

いつぞや赤坂見附の喫茶店でコーヒーを飲みながら道行く人々をながめていると、通る女子学生が一人残らずバックパックやカバンに何かつけているのに気がついた。ちいさなぬいぐるみだとか人形だとか。それが一つや二つではない。これでもかというほど大量につけている。

大人もいろいろなものにストラップをつける。それが実用だとは思われない。つまりは「しゃれ」なのだ。何の役にも立たない遊びなのだ。

これらは現代の根付だ。もし伝統的な根付がすこしでも西洋の美意識に影響を与えているなら、アメリカでもそれに呼応してストラップがはやってもいいはずだ。

でもそんな風潮は絶えてない。やはり根付はものずきなアメリカ人が骨董的な価値に目の色変えて収集するだけのものなのだろう。そういえば講演では中国製のニセモノに気をつけるように、という注意も添えられていた。



付記)香港などで売られている根付はたしかに日本のものではありませんが、それは人をだまそうという意味でのニセモノではありません。売れるから作っているので、見る人が見ればすぐにわかる、ニセモノであることを堂々と主張している根付です。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
144 「外国人」
143 微妙なたわみ
142 黒い雨
141 ベーコン
140 根付
139 プリーズ
138 キャベツあれこれ
137 スピリチュアル
136 柿と卵焼き
135 移動と定住
134 ベジタリアン
133 王女と真珠
132 七人
131 イディオムということ
130 平等
129
128 名誉殺人
127 ラフカディオ・ハーンのこと
126 楽器
125 ビスケット
124 動物
123 アイヌ
122 ヘクター・ザ・ヒーロー
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
120 果実の皮
119 コンニャク問答
118 安岡力也の生涯
117 事実は小説より奇なり
116 レイルウェイマン
115 火を起こす
114 ふし穴
113 ジュリー・デューティー
112 目玉焼き
111 歌に歌われる
110 組織
109 人種差別
108 丸い足
107 宗教と女性
106 ディーベンコーン
105 神の味噌汁(みそしる)
104 健さんと平戸
103 バグパイプ考
102 ないです
101 聖地
100 マッカンチーズ
99 再造の恩(2)
98 再造(さいぞう)の恩(1)
97 行水
96 かまわぬ
95 本場もの
94 グーリックさんのこと
93 ケセラセラ
92 日本人の肖像
91 センス・オブ・ワンダー
90 カティ・フラードのこと
89 屋根瓦(やねがわら)
88 一人っ子政策
87 文化の違い
86 干し野菜
85 恐れを知らないギター
84 銀シャリ
83 ターナー
82 デリシャス
81 モハメッド・アリの大勝負
80 ハンマーダルシマー
79 白無常(はくむじょう)
78 アメリカいれずみ事情
77
76 ひつじ
75 ひげにまつわる話
74 ぐちゃぐちゃ
73 宗教の周辺(2)ヘズース
72 宗教の周辺(1)翼と銃
71 となりの芝生
70 ピンピンパンパン
69 帯とバックル
68 レ・ミゼラブル
67 テーブルマナー
66 朝の穀物
65 二人松浦
64 好きこそものの上手なれ
63 パイについて
62 Xのこと
61 琴棋書画(きんきしょが)
60 爪紅(つまべに)
59 絵に描いた餅(もち)
58 ブレーキ
57 シャーロック・ホームズとカレー
56 ポール・マッカートニー
55 野蛮な茶
54 パサディナ
53 複数たち
52 玉米(ぎょくまい)
51 それにつけても
50 はしとさじ
49 ローズバーグ
48 ジャカランダ
47 サンドイッチの話(2)「O.J.シンプソンとハンバーガー」
46 バンジョー
45 ジャージー・リリー
44 工夫
43 かゆのいろいろ
42 ホイットニー・ヒューストンと「ボディガード」
41 イニシャルについて
40 無用の人
39 具眼の士
38 天使も踏むをおそれるところ
37 ビスカイーノ
36 サンドイッチの話(1)「センス・オブ・プロポーション」
35 パトリシア・ハイスミス
34 茶飲み話
33 柴五郎とジョニー・ビーハン
32 戦場のゴムぞうり
31 やきもの
30 記憶としての絵
29 アイリッシュ・ミュージック
28 乳と蜜の流れる土地
27 レディ・ハミルトン
26 Mto.
25 『チャイナタウン」
24 ドライ・ランチ
23 プリンス談義
22 帽子の話(3)「新撰組」
21 アメリカの大学から
20 帽子の話(2)「衣冠を正す」
19 帽子の話(1)「男はつらいよ」
18 マイ・バレンタイン
17 理想
16 ビリー・ザ・キッドの恩赦
15 おらんだ正月
14 シャーベット(下)
13 シャーベット(上)
12 カナダロッキーへの旅―最終回
11 カナダロッキーへの旅―11
10 カナダロッキーへの旅―10
9 カナダロッキーへの旅―9
8 カナダロッキーへの旅―8
7 カナダロッキーへの旅―7
6 カナダロッキーへの旅―6
5 カナダロッキーへの旅―5
4 カナダロッキーへの旅―4
3 カナダロッキーへの旅―3
2 カナダロッキーへの旅―2
1 カナダロッキーへの旅―1
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 7 9 1 4 5 0
昨日の訪問者数0 5 8 7 1 本日の現在までの訪問者数0 1 7 1 5