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縁の下のバイオリン弾き
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2018年5月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ クバ・リーブレ
いつだったか、日本の学校の給食のメニューが新聞にのっていた。

ご飯/白身魚のレモン・ソース/チリコンカン/わかめの味噌汁

「これが給食か!」と思われるほどおいしそうなメニューだけれど、私が注目したのは「チリコンカン」である。いまや日本でも学校給食に登場するほどふつうの食べ物なんだ、と思うと感慨もひとしおだ。

私は日本にいたころチリコンカンを食べたことはない。香港でもなかった。そんな料理の名前は聞いたこともなかった。

これはアメリカに独特の食べ物だ。アメリカ料理を看板にしているかぎり、メニューの中にチリコンカンがないところはない。ハンバーガーやホットドッグとならんでアメリカでもっともふつうの食べ物といっていいだろう。

チリコンカンは正式には「チリ・コン・カーン」という。これはもともとスペイン語で、チリはとうがらし、カーンは「カルネ」で肉のことだ。コンは「いっしょに」という意味だから、これを訳すと「肉入りのとうがらし」ということになる。「とうがらし入りの肉」ではなくて、「肉入りの」とうがらし、といっているところがおもしろいと思う。名前の上だけでも主役はとうがらしなのだ。

現実にはごぞんじのように豆の料理だ。チリもカルネも入ってはいるけれど、どちらも味付け程度でひたすら豆を食べる豆のシチューだ。

肉ともチリともまるで関係ない豆が入っているのでは「羊頭狗肉」(ようとうくにく)のそしりを免れない。そのためにアメリカのチリコンカンの缶詰にはかならず「チリ・コン・カーン・ウィズ・ビーンズ」と書いてある。「肉入りのとうがらし、豆添え」というわけだ。さすがに気がとがめるのだろう。律儀なものではないか。

でも一般のアメリカ人にとっては豆料理以外のなにものでもない。だから安いし、普及している。チリコンカンなんてなんのことともしれぬ長い名前はめんどうだから、「チリ」とだけ呼ばれることも多い。

豆が入っている、また名前がスペイン語由来だ、ということからこれをメキシコ料理だと思う人がいるかもしれない。なぜメキシコ人と豆が関係あるかというとメキシコ人は豆をよく食べるからだ。メキシコ料理を食べるとかならずといっていいほど豆をディップ状に煮込んだものがついてくる。リフライド・ビーンズといってアメリカではトルティヤ・チップスといっしょに食べるスナックだけれど、メキシコではこれとトルティヤ(チップスではなくパンのほう)さえ食べればそれで1食がまかなえるほど重要な料理だ。そのほかにも豆を煮込んだ料理は多い。

ティファナの市場に行くと数え切れないほど多種類の豆を山のように袋にいれて 売っている。うずら豆、金時豆、ひよこ豆、大豆、あずき、なんでもござれだ。それぐらいメキシコでは豆は大事なのだ。

そのためアメリカではメキシコ人というと豆ばかり食べている人種だという偏見がまかりとおっている。メキシコ系アメリカ人の知人は子供のとき(アメリカの)学校で「ビーニー」(豆野郎)とあだ名されたと言っていた。

実はアメリカ人もメキシコ人におとらず豆を食べているのだけれど、そしてその一番いい証拠がスーパーに並んでいる大量のチリコンカンの缶詰なんだけど、それをチリコンカンと呼んでいるかぎり、メキシコ料理なんだという幻想を持ち続けることができる。

ところがチリコンカンは実はメキシコ料理ではないのだ。メキシコにいってもレストランでチリコンカンを食べることはできない。

それではなぜスペイン語の名前がついているのだろうか。これはテックス・メックス料理、つまりテキサスのメキシコ料理なのだ。アメリカ領土内で発展したメキシコ人の料理だから、どこの国の料理だ、と問うならばアメリカ料理だというほかはない。

チリコンカンは公式な「州の食べ物」に認定されているほどテキサスを代表する料理だ。

豆を使った水増し料理ではなく、テキサスでは本物の「肉入りとうがらし」が食べられる。一般にそうであるようなひき肉なんかじゃなく、大まかにぶった切った牛肉だけのとうがらし味シチューだそうだ。「だそうだ」というのは私がベジタリアンだからで、まだ肉を食べていた頃にテキサスに行かなかったのは悔やまれることの一つだ。

その反対に、これだけ普及した料理であるためにベジタリアンであっても食べられるよう肉をいれないチリコンカンもできている。レストランにもそういうメニューがある。「肉入りとうがらし、豆添え、肉なし」というなにがなんだかわからない料理になってしまっている。

この料理には材料にすでにたまねぎが入っているのがふつうだが、たいていは食べるときにきざんだたまねぎとおろしたチェダー・チーズをかける。たまねぎを水にさらしたりしてはいけません。豪快にざっくざっくと切った、涙がこぼれるような、鼻にツンとくるたまねぎが理想的だ。


豆というものはどこの文明でも重要なタンパク源として重んじられたはずだけれど、私は豆料理の普及には缶詰が大きな役割を果たしたのではないかと勝手に考えている。

豆は乾燥させて貯蔵するのが普通で、だからこそ有用なのだ。でもこれを食べるときには水でもどさなければならない。何時間もかかる。平和な時代に家庭で料理するにはべつに問題ないだろうが、軍隊として行軍するときとか幌馬車隊が西部を旅するときなどには缶詰が活躍する。

缶詰というものはもともとナポレオンが軍隊の食料用に開発を命じたもので、19世紀の初めにできた(最初はびん詰めだったそうだ)。

これがいかにアメリカの歴史に貢献したかはかりしれない。西部開拓時代の鉱山で働く鉱夫を撮った写真がある。人々の足元には一抱えもあるような缶詰のあきかんがころがっている。このあきかんは豆の缶詰にちがいないと思う。

もっともこの当時、今のようにチリコンカンがアメリカ全土で食べられていたわけではないから、この缶詰の中身は多分ベイクト・ビーンズ(baked beans)だろう。

チリコンカンがテキサスの料理なのに比べて、ベイクト・ビーンズはアメリカの東部、ボストンを中心としたニュー・イングランドで発達した料理だ。豆とソースを長時間オーブンで加熱したものがベイクト・ビーンズだけど、ボストンを発祥の地とするその名も「ボストン・ベイクト・ビーンズ」は一風変わっている。

甘いのだ。アメリカでは一般に甘いものはデザートだけで、料理に砂糖を使うことはめったにない。

ボストンはまだ英領植民地だった頃から、西インド諸島から運ばれたサトウキビを使っての砂糖製造の中心だった。砂糖はサトウキビの汁を精製して作る。その後に残った廃液をモラセス(糖蜜)といい、これを蒸留してラム酒を作る。ラム酒を作ってもまだ余ったモラセスは、砂糖の廃液だから甘く、料理の味付けに使った。

ボストンのベイクト・ビーンズが甘いのはこういうわけだ。ボストンはこの豆で名を成し、ついにはビーン・タウン(豆の都)と呼ばれた。

ついでにいうとこの貿易の過程は古典的な三角貿易に組み込まれている。アフリカから奴隷を連れて来て西インド諸島やブラジルの砂糖畑で働かせ、そのサトウキビをボストンに運び、ラム酒をアフリカに持って行って奴隷獲得の代金として使う。

ラム酒といえば海賊の酒として有名だ。海賊の活躍の場がカリブ海だったことを考えれば当然だと言える。またイギリス海軍では1970年まで戦闘前に水夫にラム酒を飲ませた。臆病風に吹かれないようにとの景気付けだったのだろう。その映像を見ると、小型のカップに立て続けに3杯ぐらい飲ませている。酒に弱い人は酔ってしまって戦闘にならないんじゃないかと人ごとながら心配になる。英国政府がこの習慣を取りやめたのももっともだ。

ラム酒にコカコーラを混ぜたカクテルが「クバ・リーブレ」(自由キューバ)だ。1898年に当時スペインの植民地だったキューバが独立し、アメリカ人が土地の名産ラム酒に、当時売り出されたばかりのコカコーラを混ぜてキューバの独立を祝った。


豆がこれだけ愛されるのはその栄養価が高いことが知れ渡っているからであろう。近頃街でよく見かけるようになったのが、中東系の食物、ファラフェルだ。これはひよこ豆(ガルバンゾ・ビーンズまたはチック・ピーという)を細かくつぶし、香辛料を加えて油であげたものだ。私は40年の昔、フィリピンに社用で行った時にイラン人の代理店の社長の家で食べた。一口食べて、とうてい植物で作られているとは思えなかった。その味と舌触りは全くハンバーグだった。

アメリカでも昔からあったものではあるが、増えて来ているのはやはりイラクやアフガニスタンからの移民が多くなってきたからだろう。中東では国境を超えて親しまれているもののようだ。中東というと羊だのヤギだのの肉を食べるというイメージがあって、だからこそわたしは昔から憧れていたのだけど、このファラフェルがあるということで、ベジタリアンになった今はどれだけ心強いかわからない。


最後に私があげたいものにグリーンピースがある。西洋料理におけるこの豆の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはない。何しろどんな料理にもこれさえあればその食事は十全だと認められるから、いわば野菜代表である。レストランで食べる「フィッシュ・アンド・チップス」にはたいていこれがつけあわせについてくるのを見てもわかるだろう。

それはゆであげたあのツヤツヤした緑色が魅惑的だからだ。あれに匹敵できる緑の豆はソラマメぐらいしかないのではなかろうか。しかもグリーンピースは乾燥させてもその緑色を失わない。ハムと乾燥グリーンピースを炊き合わせたスープはそれだけで一つのジャンルを構成する。長い冬を耐え忍ばなければならないニューイングランド地方などでは人々の心になつかしさを呼び起こす食べ物だ。

グリーンピースを缶詰にするとどういうわけだか甘味が増える。アメリカの母親は過去によほどこの缶詰を常用したのだろう、子供はもうウンザリ、という感じを抱いたらしい。

私が子供の頃にテレビでディズニーだったかの古い漫画映画を見た。オオカミが食卓に座って食事をしているのだけど、ナイフを平らにして豆をその上に一列に並べ、オオカミは大口をあけて流し込んでいる。変なことをするなあ、と私はその時思った。そんな食べ方は不合理極まると思った。なんであんなことをするのだろう、ひょっとしてオオカミにはああやって食べなければならない何らかの肉体的な理由があるのだろうか、などとあれこれ思い悩んだ。

その謎が解けたのは実に50年も立ってからのことだった。アメリカ人の友人と話していて突然気がついた。あれは毎日豆を食べさせられてもう嫌、という子供達が発明するいたずらだったのだ。食べたくないあまり、ナイフに豆をのせるなんて遊びをする。もちろんテーブル・マナーに反している。だからオオカミの不作法、傍若無人さを象徴する行為としてディズニーがマネしたのだろう。そんなこと、アメリカに住んでいなければ、いや、住んでいてもそこで育たなければわかりっこない。逆に言えば、アメリカ人は誰しも毎日食べた青豆の記憶があるから、一瞬にしてそれが理解できるのだろう。
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