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僕の偏見紀行
192 ネパール出会い旅(1)カトマンズ到着
2015年11月29日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ シャンカーホテルの庭園。正面のエントランスが地震で壊れ復旧工事中だった。来年4月頃には以前のエレガントな姿を見せてくれるという。
▲ カトマンズの世界遺産、ダルバール広場にて。倒壊した寺院を見つめる老女。
▲ タメルの光景。夕暮れ時にはもっと人や車で混雑する。
飛行機のタラップから降り立つとカトマンズ空港には爽やかな風が吹いていた。11月はネパールの乾期、旅するのにいい季節だ。これから始まる旅への期待、そして初めての国への不安が心をよぎる。

カトマンズは標高1300mだが緯度は奄美大島とほぼ同じ。そのため冬に向かうこれからの季節、朝晩は冷え込み、日中は日差しが強く暑い。年をとるにつれ気温の変動に弱くなった僕はどんな準備をすべきか大いに悩んだ。結局僕も家内も夏冬両様の支度を整え、いつも以上の大荷物を引きずっている。

今から半年前の4月末、突然報じられたネパール大地震のニュースに僕は心底驚いた。その1週間ほど前、僕はかねてから行きたかったネパール旅行に備え、主なホテルと航空券の手配を終えたばかりだった。

この大地震でネパールでは大きな被害が発生し、首都カトマンズの世界遺産群はあらかた崩壊したらしい。未だ地方や山間部の様子はよく分からなかった。

僕らがカトマンズの次に訪れる予定のポカラは、揺れは激しかったものの大きな被害は出ていないという、どうしようか。このままネパールへ出かけて予定通りの旅行が出来るだろうか。

僕はネットで手当たり次第に地震情報を集めた。ネパールに強いという旅行代理店のサイトものぞいてみた。そうするうちに数日経つとおよその状況が分かってきた。

地方の詳しい様子は分からないが、首都カトマンズでは旧市街の世界遺産に大きな被害が出たものの、観光客の集るタメル地区はさほどのことは無く、ホテルやレストランは既に営業を再開していた。さらに日本の旅行代理店の中にも迅速に現地調査を終え、ツアー募集を再開するところも現れた。

こんな情報に加え、観光業がGDPの半分を占めるというネパールにとって、一番の復興支援は観光客が従来通り訪れることだ、という現地の声も報じられた。多少不便なこともあるかもしれないが、予定通り11月にネパールへ行こう、僕はそう決心した。

僕にとってネパールはずっと気になる国だった。バックパッカーの聖地として多くの若者が憧れるカトマンズは、インドの過酷な旅に疲れた旅行者が疲れを癒しに訪れることでも知られている。沢木耕太郎も「深夜特急」でカトマンズの魅力にふれている。

僕も自称バックパッカーの端くれとして、一度は行かねばならぬ、と半年前から準備をした旅だ。簡単に諦めるわけにはいかない。家内と二人、2週間のネパールの旅をのんびり楽しみ、ささやかなカネを現地で遣おう。そしてわずかでもそれが現地の役に立つなら有難いことだ。

こうしてやってきたネパール、単なる物見遊山気分でいいのか、しかし部外者が深刻ぶっても意味がないし、僕はそんな落ち着かない思いを抱えていた。

ちょっと緊張したが思ったより簡単に入国審査は終わった。空港ロビーの出口は黒山の人だかり、カードを掲げた出迎え人、タクシーやホテルの客引き、その他よく分からない人間が沢山集っている。僕はこれから彼らと一戦を交えるのだ、と気を引き締めた。

タクシーカウンターでホテルまでの料金を尋ねた。事前に調べた相場は5〜600ルピー、日本円で6〜700円くらいだ。しかしカウンターではこともなげに1200ルピーという。そんなバカな、相場の倍だ。

高い!600だ、と僕が係りのオヤジにいうと、彼は訛りの強い早口英語で何やらまくし立てた。燃料がどうのこうのいってるようだ。しかし石油なら世界中で在庫がだぶつき、価格は暴落したままだ。何言ってんだコノヤロー、と頭にきた僕はわめく彼を無視して外へ出た。

客引きその他もろもろがわっと僕の周りに集ってくる。その中で比較的人の良さそうな男を選び、シャンカーホテルまでいくらだ、と尋ねた。するとこのニイチャンも1200というではないか。続いて数人にあたったがみなほぼ同じだった。10と小声でいうのがいたが、10ドルということで同じだった。一体どうしたのだろう、なんだか様子が変だ。

バツが悪かったが僕は再びタクシーカウンターへ戻った。そして改めてオヤジにきくと、ウロウロする年寄りに同情したのか、1150と少しまけてくれた。僕はそれで手を打つことにした。

そして改めてなぜこんな相場になったのか、彼に尋ねた。すると彼は予想外のことを話してくれた。もともとネパールの石油は、その全量をインドからの輸入に頼っていた。それがもう一ヶ月以上にわたりストップしたままなのだ。そのため国中が深刻な石油不足に陥り、価格は上がる一方だ、と彼は嘆いた。

僕は思わず耳を疑った。何故この時期にネパールが石油不足なのか、本来インドとネパールは友好関係にあるのではないか。なにか問題が起きたのか。今時こんなところで石油危機に出くわすとは、僕は要領を得ない気持ちでタクシーに乗り込んだ。

アジア旅では必ず何かが起こるけど、やはりネパールもそうなのか。しかしこの石油危機は深刻だった。それは大小様々な問題となって旅行中僕らを困らせた。

タクシーは30分足らずでカトマンズ中心部のホテル・シャンカーに到着した。市街地を走っているとあちこちに崩壊したレンガ造りの家屋や塀があった。片付けられた瓦礫はきちんと積まれていたが、復旧工事が進んでいる様子はなかった。

昔の宮殿を改装したというホテルは繁華街に近く、広い敷地の奥の緑豊かなところだった。建物脇の小さな扉がロビーの入り口だった。本来のエントランスは修復工事中らしく工事中の塀に囲まれ、建物脇の小さな扉がロビー入り口だった。そこを入るといきなり制服姿の警備員が、ナマステ、と挨拶してくれた。

チェックインを済ませ荷物を整理すると早速街の様子を見に外出した。フロントがすぐそこ、歩いて10分、と教えてくれたタメル地区へ向け、僕らは地図を片手に歩き出した。

通りは無秩序に走り回る車やバイクで混雑し、あたり一面に排気ガスとホコリが舞っている。復旧工事で掘り返された歩道には瓦礫が積まれ、歩き辛いこと甚だしい。

歩いて10分といわれたタメルに30分歩いても一向にたどり着けない。さらに辛抱して歩いていると、不思議な光景に出くわした。それは歩道に沿ってずらりと並ぶバイクの列だった。延々と数百メートルにわたり続いている。

歩き疲れた僕らは休憩をかねて、列に並ぶ中年男性に道を尋ねることにした。ついでになんの行列か尋ねると、バイクの燃料を入れるために並んでいるのだった。いつになったら順番が来るのか分からないが待つしかないらしい。

その後も行列は町でも田舎でも、至るところで見受けられた。油種によってガソリンスタンドが異なり、バイク、乗用車、トラック・バスなど、車種ごとに長い列を作っていた。その中には建設工事用のダンプや建機等も並んでいる。こんな状態で震災復興はどうなるのだろう。

在庫切れで閉鎖中のスタンドにも場所取りの車が並んでいた。果てしなく続く、ホコリをかぶった無人の車列は異様な光景だった。ある時乗ったタクシーの運転手は、2日にわたり24時間並んだといっていた。

あちこち迷った挙句1時間以上かかって、僕らはようやくタメル地区に到着した。そこは想像を超える圧倒的な迫力の街だった。たどり付いた途端僕はぶっとんだ。これは面白い、僕は嬉しくて舞い上がる思いだった。

辛うじて車がすれ違える狭い道を、タクシー・バイク・リキシャがけたたましいクラクションを鳴らして走り回り、その隙間で民俗楽器・ミカン・リンゴなどの立売りが声をからして客を呼んでいる。それらをかいくぐりながら沢山の旅行者が通り過ぎていく。

道の両側は雑貨屋、食堂、両替屋、ランドリー、カシミヤ衣料店、紅茶屋等の小店が林立し、呼び込みの声がかしましい。道は複雑に入り組み、思わぬところに路地が口を開け、その奥にも無数の店舗が続いている。

そんなところへトラックやランドクルーザーなどの大型車が乗り入れると、通りはたちまち大渋滞となる。しかし彼らは神業のようなテクニックで、いとも簡単に通行人や路上駐車の車・バイクをすり抜けて行くのだ。たまにツーリストポリスが町の広場で駐車違反の取締りをしていたが、その時だけしか効き目は無かった。

凄まじいエネルギーに満ちた混沌の世界、これを見ただけでもネパールに来て良かった、僕はそう思った。でも気をつけないとすれ違いざまに、いいハッパあるよ、と声をかけてくるアブナイ奴等がいるから油断できない。

迷子になった上にあちこち歩き回り腹ペコになった僕らはタメルで夕食をとることにした。ネパール初日の夕食はやはりネパール料理だろうということで、ガイドブックで調べたネパール料理店へ行くことにした。あちこち尋ねてたどり着いた時はすっかり日も暮れ、あたりは夕闇に包まれていた。(続く)
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75 小笠原の旅(5)母島列島
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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