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縁の下のバイオリン弾き
105 神の味噌汁(みそしる)
2014年12月16日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
いよいよ年の瀬だ。このごろはスーパーに行くとみかんを売っている。日本で冬にこたつで食べる、あのみかんだ。これが買えるようになったのはここ1、2年のことでしかない。

アメリカでも近年はさまざまな柑橘類が売られるようになった。日本のみかんはアメリカのマーケットでは「さつまみかん」という名で売られている。

このみかんがむかしは全然買えなかった。4、5年前からカリフォルニアでは外見がよく似ている小さいみかんがいろいろ売られ始めたけれど、どうも味がいまひとつ。現在「さつまみかん」が食べられるようになってそのころのことを思うと夢のようだ。今では毎日のようにこのみかんを食べて「冬だなあ」と思う。


高校生のころ私は山本有三の「路傍の石」を読んだ。山本有三は戦前からの小説家で「路傍の石」は彼の代表作だ。

山本には悪いけれど、その内容を覚えていない。覚えているのはこの小説の中では漢字がほとんど使われず、カタカナが用いられていることだ。山本はむずかしい漢字を使うことに反対し、積極的にカタカナに書き換えることを実行した。

私が覚えている場面はただ一つ、ある老婆がみかんを食べながら、「ウンシュウだっていうのに全然あまくないじゃないか」と言うところだ。

これを覚えているのは「ウンシュウ」がよくわからなかったためだろうと思う。

「ウンシュウ」は「温州」と書く。日本のみかんは「温州みかん」という。中国の地名だけど、日本のみかんがそこでとれるということではなく、ただ柑橘類がよくとれる場所なので日本のみかんの名前に借りてきただけだそうだ。

「温州」といい、「薩摩」といい、みかんは土地の名前をつけて区別するのがふつうらしい。

でも「温」と書いてあるのに「ウン」と読むのは異様だ。そのころの私が「温州みかん」という名前を知っていたはずはないが、もし漢字で「温州だっていうのに」と書いてあれば何の注意もはらわず、したがってそのまま忘れてしまったことだろう。

「ウンシュウ」という変な読み方で、もとの漢字が思い浮かばないから頭に残った。しかも「温」を「ウン」と読むのはこの地名に限ったことだ。「温州」は中国語で「ウェンジョウ」と発音するのでそれがなまったのではないかと私は推察している。たぶん中国語をならった時にこの場面を思い出したのがこの小説を忘れられないものにしている原因だろう。


漢字なんか使うから日本人はそれをおぼえるためにとんでもない量の時間をついやさなければならない。めがねをかけている日本人が多いのはそのせいだ。

欧米ではなにを書くにもタイプライターですんでいるのに、漢字かなまじり文を書いているかぎりは文章の機械化はのぞめない。書くにも読むにもめんどうだし、文章の機械化ができなければ伝票を使って企業の効率化をはかることができない。

などさまざまの理由で漢字を追放しようという主張がむかしからあった。これをカナモジ運動という。じっさいにカタカナを使ったタイプライターが作られた。

この運動はかなりの影響力をもち、漢字制限をおしすすめ、常用漢字という結果をもたらした。と同時に古来の日本文化をまもろうという人々からはつねに目の敵(かたき)にされた。


けれどそんなことはすべて昔話ですね。山本有三のカタカナを使った小説の系譜はまったく途絶え、そんな書き方をしようとするあとつぎはいない。

それはコンピューターができたからだ。コンピューターなら漢字かなまじり文がそのまま書ける。したがってカナモジ運動は力をうしなっていった。古典派の日本人の大勝利だ。

そのために文章の中の漢字がやたらにふえた。いままで読みにくさや書きにくさのために敬遠されていた漢字が堂々と紙面に躍り出た。印刷されたものをみると字面がだんだん黒くなっていくように思われる。

同時に今までになかった新しい漢字の使い方が目につくようになった。

たとえば「お持て成し」などのたぐいだ。これはおかしい。たしかに「もてなす」という言葉は自分と他人の仲を「取り持って」スムーズな関係に「成す」という意味からきた言葉だとは思う。でも現在「もてなし」にはそのようなもとの語義はまったくなくなってしまった。だからひらがなで書くのが正しい。

2014年11月3日の読売新聞(電子版)に旭日小授章をさずけられた女優の浜木綿子さんのことばがのっていた。「宝塚(たからづか)がなかったらここにいない。私の古里です」

これは浜さんのことばを聞いた記者が書いたものだから漢字の使い方はその記者の責任だ。たしかに「ふるさと」という言葉は「古い里」から来たのにはちがいない。でも「古い里」とはなんだろう。現代の日本語に「里」という言葉はない。それはその実体がなくなってしまったからだ。「里子」とか「里芋」とかの複合語は残っているけれど、また「里に帰る」とか「里の母が」とか言うことはあるだろうけれど、「里」をそこに住む現実の場所として使用することはない。その実体のない「里」に「古い」という形容詞をつけてもまったく意味がない。

そんなことを言わなくても「ふるさと」が何をさすのかだれでも知っている。それは「故郷」だ。故郷という漢字そのものが「古里」なのだ。故は古だし、郷は里だ(だから同じ意味の漢字をかさねて郷里という)。でも「故郷」と書いたらだれでも「こきょう」と読んでしまうだろう。それでは意味が変わってしまう。だから「ふるさと」とひらがなで書くのが一番いいのだ。

それを漢字に関心がない記者が「古里」と書いた。そう変換してしまうコンピューターを作ったコンピューター・デザイナーからしてまちがっている、と私は感じる。

ひらがなの言葉はそれなりの存在理由がある。それを変換できるからといってやたらに漢字に直してしまうのは漢字のほうに権威があると思うからだ。そういう考え方は古いものだったはずなのに、そしてやっとその古い考えからぬけだすのに成功したはずなのに、新しいテクノロジーによってまたもとにもどってしまう、というのはおおきな歴史の皮肉ではないだろうか。


私は「紐解(ひもと)く」と「散りばめる」という書き方を問題にしたい。

ひもとくというのは「本を読む」ことをいう。なぜひもがでてくるか、ということについては説明が必要だろう。

古代中国で紙が発明されるまでは本は木でできた巻物だった。木簡(もくかん)といって日本でも古墳の遺跡などから出土することがあるが、うすくけずった木のふだに字をかいて、これをひもでつないで巻物にした。「冊」という字はこれをあらわしている。すしを巻くすだれの大きなものだったと思えばよい。本を開いていないときはすだれを巻いてひもでしばっておく。このひもを解く、ということが本を開くという意味になったのだ。

だったら「紐解く」でいいはずじゃないか、と思われるだろうが、そうは問屋(とんや)がおろさない。「ひもとく」の漢字は「繙く」と書く。こんなむずかしい漢字は今使わないから、それを使わないのであればひらがなで書くべきなのだ。

また「ちりばめる」は「鏤める」と書く。これもむずかしい漢字だけど、意味は宝石や青貝の破片をいろいろな場所に「はめる」ということだ。「散らしてはめる」から「ちりばめる」だ。でもこれを「散りばめる」と書くことには賛成できない。

日本の漢字はたいてい「音」と「訓」を持っている。「音」はもとの中国語の発音を日本人が聴いてそれをできるだけ忠実に写したものだ。それに対して「訓」というのは本来日本語にあった言葉だ。日本語でもともと「やま」といっていたものを、中国語を学んでみると「山」と書いて「さん」と読むことがわかった。それなら山と書いて「やま」と読もうじゃないか、というのが「訓」だ。

だから「訓」のことばは原則として漢字が入ってくる前に日本語にあったことばでなければならない。もともと「やま」ということばがあったから山がやまと読まれるようになったのだ。

しかし木簡の冊子が日本に入ってくる前に、つまりひもとく対象がないのにひもとくということばだけあったとは考えられない。宝石や青貝をちらした器や冠が日本に入ってくる前に「ちりばめる」ということばが存在していなかったのも同様だ。

そうではなく、「繙(はん)」や「鏤(ろう)」という漢字が入ってきたときに、この「繙」という言葉は「本を開く」という意味だ、だから「ひもとく」だ、「鏤」は「散り散りにはめ込む」という意味だ、だから「ちりばめる」だ、と、いわば翻訳として新しく作られた言葉だと思うのだ。

つまり漢字が先でひらがながあとだ。そうであるならば漢字を尊重しないわけにはいかない。「ひもとく」が「紐を解く」という意味から来ているからといってかってに「紐解く」という漢字の成語をつくっていいということにはならない。

「鏤める」も同じだ。ことにまずいことには、ちりばめるものがたったひとつの宝石でも、つまり「散らせる」ことができなくても、「ちりばめる」という言葉の方は使っていいことになっている。「ちりばめる」という言葉にはもう「散り散りに」はめる、という意味はないのだ。したがって「散りばめる」と書いたらまちがい、ということになる。

なお悪いことはまちがった漢字の使い方をすることによって、見当違いの新しい意味がそのことばに付け加わってしまうことだ。以前あるインタビューを読んでいて、「紐解く」ということばが「解説する」という意味で使われているのを見た。ある作家の本が難解であるために、こんがらがったひものかたまりをイメージしていて、それを作家本人に「紐解いてもらいたい」とインタビュアーが言っていた。

「ひもとく」はどう書こうとも「本を読む」あるいは「本を開く」という意味であって、「解説する」という意味ではない。

「ひもとく」も「ちりばめる」もひらがなで書けばいいではないか。


コンピューターの誤変換で私が一番愉快に思ったのは最近読んだ「神の味噌汁です」という文だった。はて、神の味噌汁とはどんな味噌汁だろうかと思い悩んではっと気がついた。「神のみぞ知る、です」と書きたかったのにちがいない。

「神のみぞ知る(神様だけが知っている=だれも知らない、という意味)」だけで終わっていて、それが「神の味噌汁」と変換されれていればだれにも誤変換がわかるだろう。「神のみぞ知る、です」と引用する形にしたために「神の味噌汁です」になってしまい、文章としてどこもおかしいところがないからそのまま通ってしまったのだ。

コンピューターも罪なことをするもんじゃないですか。「神のみぞ知る」と書いてあればその厳粛さにえりを正す思いをする読者もいるだろうに、「神の味噌汁」じゃ笑うに笑えない。私はこのごろ何かわからないことがあると「神の味噌汁」「神の味噌汁」ととなえるようになってしまった。
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