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縁の下のバイオリン弾き
103 バグパイプ考
2014年11月5日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ハイランド・パイプ
▲ イリアン・パイプ
▲ 笙
さきごろスコットランドで独立を決める住民投票があった。北海油田をかかえるスコットランドが独立するか英国に留まるかは重大な影響を及ぼす。英国は女王をはじめとしてスコットランド人に在留を説き、投票の結果からくも独立を回避した。

スコットランドはアイルランドと同じくもともとケルト人の国でイングランドとは素性が違う。英国はスコットランドの併合によって「ユナイテッド・キングダム」(連合王国)を名乗ることになった。

私がスコットランドについてはじめて知ったのは小学生のときだ。テレビで「ロビン・フッド」という番組をやっていて私はそれを毎週かかさず見るのを楽しみにしていた。ロビン・フッドはごぞんじのようにノッティンガムの代官を敵としてたたかうイングランドの「義賊」だ。

あるエピソードでロビンは敵情偵察のため、スコットランド人に変装して代官の館におもむく。

スコットランドという土地は低地と高地にわかれていて、高地に住む高地人がいわゆる「スコットランド人」のイメージを代表している。

キルトという毛織りのスカートをはき、余った布を肩からたすきがけにする。これがスコットランド高地人のいでたちだ。ロビンは最初「おれは絶対スカートなんかはかんぞ」と抵抗するのだが、仲間たちの説得によってしぶしぶキルトをはく。

ところが代官もさるもの、この「スコットランド人」がどうもあやしいとにらんで、彼の脚のあいだをめがけてものを投げる。ロビンは本能的に脚ではさもうと両足をすぼめるのだが、代官は「本物の高地人ならスカートを張ってはねかえすために脚を開くのだ。にせものめが!」と勝ち誇ってさけぶ。

私はこれでキルトというものを知った。その時は「男のくせにスカートをはくなんて」と思ったけれど、あとになって古来の民族衣装ではズボンのかわりにスカートをはく民族がヨーロッパでは珍しくないということを知った。たとえばギリシャ(古代ギリシャではなく現代につながるギリシャ民族)でも男はスカートをはいていた。

スコットランドと聞いてだれでも思うのがまずスコッチ・ウィスキー、つぎにバグパイプだろう。スコッチはスコットランドの、という意味だけれど、バグパイプは本名をハイランド・パイプといい、高地人の専売だ。

バグパイプは「袋笛」という意味だ。バグはハンドバッグのバッグで、パイプはたばこのパイプと同じことばだ。たいていの笛は口から直接空気を楽器に吹き込んで演奏するが、バグパイプは袋がついていて、これを腕で圧縮して笛に空気を注入する。袋には口から空気を吹き込むのである。

たぶん最初は動物の胃袋のような袋状の臓器を利用したのだろう。この手の楽器は世界各地にあるけれど、中で一番有名なのがハイランド・パイプだ。

日本語では複数をあらわす必要がないので私もハイランド・パイプと書いているけれど、実は「パイプス」と複数に表記するのが正しい。ハイランド・パイプの管は一本だけではないからだ。主旋律を奏でる笛は一本だけれど、そのほかに通奏低音といって一定の音程だけを作り出すパイプが3本ある。これをドローンという。ドローンというのはもともとは雄のミツバチをさす。そのブーンといううなりが通奏低音に似ているためにこの3本のパイプとその音をドローンというようになった。

ドローンは曲の間中一定の音程をかなでるだけだから旋律とは関係がない。したがって音楽的にはあってもなくてもかまわないわけだけれど、このドローンがあるためにバグパイプはあの特殊な音色(ねいろ)を作り出す。

ハイランド・パイプぐらい音の大きい楽器はないだろう。そのためにスコットランドが英国に併合されてから、英国陸軍はバグパイプに合わせて行進するようになった。スコットランド出身の楽士による特別の軍楽隊ができた。楽曲はパイプとドラムの組み合わせで演奏される。(スコットランドが独立してしまったら英国陸軍はどうするつもりだったのだろう)。

高らかに鳴り響くから勇壮なマーチには適している。弾丸が雨嵐と飛び交う戦場でもかならず聞こえるのである。また戦死者の葬式でも演奏される。

驚くのはこの伝統がアメリカにもわたってきていることだ。警察と消防署でハイランド・パイプを使う。この二つの職場は殉職する可能性が高い。銃撃戦で犠牲になったり、炎にまかれてなくなった隊員の葬式には必ずパイプが登場する。日本でもよく知られている賛美歌「アメイジング・グレイス」が演奏されることが多い。そのために大きな警察署、たとえばニューヨーク警察にはバグパイプのバンドがある。

このハイランド・パイプもずいぶん特殊な楽器だと思うけれど、アイルランドにはもっと奇妙キテレツなバグパイプがある。名前を「イリアン・パイプ」という。

「イリアン・パイプ」というのはゲール語で「ひじのパイプ」という意味だそうだ。なぜそんな名前がついているかというと、この楽器は口で袋に空気を吹き込むのではなく、ひじのところに「ふいご」をしばりつけて演奏するからだ。

ふいごといってもわからない人が多いかもしれない。むかし日本では飯を炊くのに「火吹き竹」というものを使った。火を起こすのに素通しになった竹を使って息を吹き込む。

この火吹き竹で火を起こすのは大変な労働だからその労力をはぶくために考えだされたのがふいごだ。西洋では2本のとってのあいだに空気のもれない袋をはさんでこのとってを開いたり閉じたりして空気を送り出す。高温が必要な鍛冶屋の必需品だ。

ひじにしばりつけたふいごで空気を送り込むからこのパイプは吹奏楽器でありながら口を使う必要がない。左腕には袋を抱え、右腕のひじにはふいごをしばりつける。この二つは細い管でつながっていて、奏者は右腕と脇腹の間でふいごを押さえながら袋に空気を送る。左腕で袋を押さえつつ袋から出ている主旋律用の笛の孔を左右の手の指でおさえて演奏する。ドローンもついている。楽器に和音をコントロールするキーがたくさんついていて、これを右手首で打って旋律にあわせてコードをかなでる。

ふつうのバグパイプはいったん音を出したらそれを急にとめることはできないのだが、この楽器では笛の先端をふとももに押し付けることによってそれが可能になる。ところがふとももを演奏に使う関係上、立って演奏することができない。かならず座って演奏しなければならないのだ。

と書いただけでもうその複雑さにあきれてしまうけれど、実際目にすると「これが楽器か」と目を疑うことになる。左右の腕と指、ふとももまで使って演奏するその忙しさは想像をこえている。「手八丁、口八丁」というけれど、口はつぐんでいても手のほうは八丁ほしいところだ。もちろん大変難しい楽器で一通り演奏できるようになるまでが簡単なことではない。「桃栗三年、柿八年」みたいなことを言う。

こんな楽器をやろうという人がたくさんいるはずがない。したがって値段がべらぼうに高いだけでなく新品を買おうと思うと専門の制作者に頼むほかはない。頼んでから実物を手にするまでに何年もかかる、というような話はざらだ。

私がはじめてこの楽器を見たのはボストンに住んでいるときだった。もうまるで機械としか見えなかった。

このパイプがハープとともにアイルランド音楽では「最高の楽器」ということになっている。アイルランドがほこる「ギネス」というビールがありますね。あのビール会社の商標はハープだ。ハープとバグパイプがアイルランド古来の代表的な楽器だった。そのほかの楽器、たとえばフィドル(バイオリン)やフルートは今でもその奏法にパイプの影響を残している。

イリアン・パイプはハイランド・パイプにくらべて音が小さい。したがって軍楽隊に使われることはなかった。でもハイランド・パイプにくらべてずっと陰影に富んだ複雑な演奏ができる。そこで映画音楽ではハイランド・パイプが使われるべきところにイリアン・パイプが使われることが多い。

リアム・ニーソンが主演した「ロブ・ロイ」(1995)という映画をごぞんじだろうか。ロブ・ロイ・マグレガーというスコットランド民族の英雄を描いた映画でスコットランドで撮影した風景がすばらしかったけれど、全編イリアン・パイプの音楽が流れた。悲劇の英雄だから勇壮なハイランド・パイプより悲痛なしらべのイリアン・パイプのほうがふさわしかったのだろう、ということは理解できる。

でも主演がアイルランド人のリアム・ニーソン(リアムというのはウィリアムの愛称でアイルランド独特の名前)で音楽がアイリッシュ・パイプではスコットランド人の観客は納得できなかったのではなかっただろうか。いかに商業主義のハリウッドの映画でもあまりに郷土愛を無視した仕打ちだった。


バグパイプはパイプ・オルガンの先祖だ。ピアノが箱の中に張った弦を打って音を出すのに対し、オルガンは笛のなかに空気を送って音を出す。教会で使われるパイプ・オルガンは大小のパイプが立ち並び、壮麗な音色を出すけれど、原理的にはバグパイプとおなじことだ。バグパイプとちがって1本のパイプが1つの音を受け持ち、そのためにたくさんのパイプが必要になった。指で押さえるのではなく、鍵盤で音程を選択するようにしてある。しかし20世紀になるまではパイプ・オルガンでもイリアン・パイプとおなじように人力によるふいごを使っていた。

バグパイプはヨーロッパ各地だけではなくアラブ世界にもあるけれど、中国にはない。したがって日本にもつたわらなかった。

でも袋がついていないことをのぞけば、雅楽で使う笙(しょう)という楽器は一種のバグパイプなのではないかと私は思っている。笙は何本もの竹管を円形にならべた楽器で、これをささげもって底についている吹き口から息を吹き込む。規模は小さいが、形からしてちょっとイリアン・パイプを思わせる。笛には孔があいているから旋律をかなでることは可能だけれど、雅楽ではもっぱら和音を担当する。弦楽器ではなく、吹奏楽器で和音をかなでる楽器が日本に他にあるだろうか。それがちょうどバグパイプのドローンのように聞こえる。笙が吹かれると、ああ雅楽だな、とわかる。その点では一度聞いたら忘れられないバグパイプの音色に似ている。


「アメイジング・グレイス」の演奏
https://www.youtube.com/watch?v=HsCp5LG_zNE


(注)ターゲットに命中せずに関係のない市民を殺傷することが多いということで国際的に非難が高まっているアメリカの無人操縦機は「ドローン」と呼ばれ、バグパイプのドローンと同じ言葉です。なぜそういうかということについてはいろいろ説があります。バグパイプの主旋律が主役としたらドローンは「影武者」だと言えるので、無人操縦機のドローンも「影武者」という意味ではないかと私は解釈しています。
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