1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
老舗の店頭から
128 大給 恒
2014年1月5日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
このタイトルは、いったい何と読むのだろうかと、たいていの方は思われたことでしょう。「大給 恒」は「おぎゅう ゆずる」と読みます。ちょっと読めない名前ですが、実はこれは幕末から明治期を生きた、ある日本人の名前なのです。

実は先般、妻が自宅内の物置の整理をしていて上記の画像の賞状を発見しました。当社の創業者で、私の祖父・齋藤 幸作(こうさく)が、明治39年(1906年)4月1日に、明治政府の「賞勲局」からもらった賞状です。内容はこうです。

陸軍歩兵一等卒 齋藤 幸作
明治三十七八年戦役ノ功ニ依リ勲八等白色桐葉章及金貳百圓ヲ授ケ賜フ
明治三十九年四月一日
賞勲局総裁從二位勲一等子爵大給恒

明治37〜8年の戦役と言えば、もちろん日露戦争のことです。つまり、祖父は日露戦争中、陸軍歩兵一等卒として中国に出征し、そこで何やら「功」を立てたので、下級兵士用の勲章と、大枚200円のお金を政府から授けられたというわけです。

群馬県境に近い、埼玉県北部の農村の養蚕農家に5男か6男として生まれた祖父は、働ける年齢になると当然のように家を出て、東京で仕事をしていたようです。祖父は明治12年(1879年)の生まれですから、日露戦争出征当時は25〜6歳であったわけです。

この時「授けられた」明治末期の200円が現在の貨幣価値で、どのくらいになるのか比較は簡単ではないのですが、私見では約1万倍、つまり200万円くらいに相当すると考えています。当時と現在ではライフスタイルが、かなり違いますので、単純な比較はできないのですが、明治22年の資料で、普通の日本酒1升の値段が、14銭9厘というデータがありました。1万倍とすると1490円になりますから、まあ1万倍ちょっと、というところが目安のような気がします。

私が生まれる半年ほど前に世を去っている祖父に、私はもちろん会ったことはないのですが、こんな賞状が出てくると、それなりに苦労したはずの祖父の人生を偲ぶ気持になりました。

勲○等という勲章には、私はまったく興味を持てないのですが、この賞状を見て、2つのことが気になりました。

ひとつは、200円という大金(当時の庶民にとっては、たいへんな金額であったはずです)が、その数年後(大正元年=1912年)に祖父が当社の礎を作った時の元手になったということです。これは亡くなった祖母や父から聞いたことがありました。祖父がかなりハラの座った人物であったということも2人は言っておりました。まあ、だからこその200円だったのでしょうが。ということで、日露戦争の発生と中国(どこだったのかは不明ですが)における祖父の行動(内容は不明ですが)が、現在の当社を作った原資だったということは紛れもない事実なのです。

2つ目は「賞勲局総裁」として、この叙勲をやった人物、「子爵大給恒」氏とは、どんな人物だったのかなあ、ということです。(そもそも、この名前はなんと読むのか、という疑問が最初に生じました。)明治政府の叙勲を司る元締めだったわけですから、薩摩藩とか長州藩出身の藩閥政治を象徴するような人物かと当初は思っていたのです。

そこでちょっと調べてみましたら、意外なことがわかりました。彼は徳川幕府の身内の松平家(たくさんあるのですが)のひとつに、天保10年(1839年)に生まれました。場所は三河でした。その後、小藩ながらも藩主をつとめ、さらに幕末には幕府において若年寄や老中までつとめた、徳川幕府の幹部だったのです。元々の名前は、松平乗謨(まつだいら のりかた)と言いました。

西洋事情にも明るい、開明的な人物だったようですが、戊申戦争が始まるや、幕府の役職をすべて退き、幕府と決別しました。そしてその時に名前を松平から大給(おぎゅう)に変え、薩長政府に恭順の意を表したのです。幕府の中枢に居たことで、その体質がよく見えた結果、先行きも見えてしまったかもしれません。

戊申戦争中の1868年3月には上洛して新政府に恭順の意を表しましたが、さすがに直前まで幕府の中心人物の1人であったことからその時は謹慎を命じられました。ただ、翌月の4月には新政府の命令に応じる形で北越戦争に出兵し、このため、5月には謹慎処分を解かれました。その後、明治6年(1873年)には、明治政府の「メダイユ取調御用掛」に任ぜられ、世界の勲章制度に関する調査を担当することになりました。

以後はその途を順調に進みました。賞勲局副長官、賞勲局副総裁を経て、1895年(明治28年)に賞勲局総裁に任ぜられました。その頃は子爵だったのですが、最後は1907年(明治40年)に伯爵になったとのことですから、まあ明治政府の中で上手に出世した徳川幕府出身者の1人だったのだと思います。

実際、文化勲章を除いて、ほとんどの日本の勲章は大給 恒(おぎゅう ゆずる)によってつくられたといっても過言ではない、という資料もあったくらいですから、明治以降の日本の勲章制度を作った中心人物だったのでしょう。

祖父・齋藤幸作に勲章とお金を授けたのは、彼が明治28年に総裁になってから10年以上経った頃でした。大給恒氏は、1910年(明治43年)に亡くなっています。

大給氏はまた、佐野常民氏と共に日本赤十字社の前身である博愛社の設立と育成に貢献したのだそうで、その方面の業績もかなりのもののようです。墓は渋谷区広尾の香林禅院(臨済宗大徳寺派)にあると聞きましたので、好奇心の強い私は、あのあたりに行ったついでに探索に行ってみました。2番目の写真はその時に撮影した大給恒氏の墓です。

香林禅院は、外苑西通りをはさんで有栖川宮記念公園の対面に位置し、広尾商店街の端にありました。とにかく、そこは都心でも有数の高級住宅地のまっただ中にあるお墓でしたが、こんな場所にと思える程、広大な敷地を持っていました。

そう言えば、墓地の塀の向こう側には、しばらく前に、マカオのカジノで100億円を超える金額を使い果たしてしまったと話題になった、○○製紙の○○氏(現在、収監中)の豪華な元自宅がありました。もちろん現在は処分されたようですが。(その近くに住んでいた知人が教えてくれました。)

妻が発見した、1枚の明治時代の賞状がたどらせてくれた小歴史探訪でした。年の初めですので、今年創業102年目になりました当社のルーツの一端をご紹介させていただきました。今年一年、どうぞよろしくおつき合いください。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
166 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 2
165 京都名刹めぐり その30 梨木神社 Part 1
164 優れた作家の感受性のすごさ
163 「アウトドア般若心経」
162 紫紺の闇 (しこんのやみ)
161 言論を奪われ、異論を排除した時、戦争は止められなくなる。
160 法の精神(8月15日に際して)
159 戦争は、防衛を名目に始まる。
158 平泉 澄(きよし)
157 アンビグラム (Ambigram)
156 白虹事件
155 山崎と大山崎 その4 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 後編)
154 山崎と大山崎 その3 (ニッカウヰスキーと大山崎山荘 前編)
153 山崎と大山崎 その2 (大山崎山荘の誕生)
152 山崎と大山崎 その1
151 修学院離宮 Part 2
150 修学院離宮 Part 1
149 「漢詩のリズム」
148 最澄と空海 その3 (まとめ) 両雄並び立たず
147 最澄と空海 その2 薬子の変
146 最澄と空海 その1 還学生と留学生
145 桂離宮と豊臣秀吉
144 「漱石枕流」
143 忘れられない写真
142 松方コレクションと国立西洋美術館
141 カタロニア讃歌 (Homage to Catalonia)
140 「乱」と「変」
139 パナマ運河疑獄事件
138 水晶栓 (Le bouchon de cristal)
137 シュール・リー (sur lie)
136 「斉藤」、「斎藤」、「齊藤」、「齋藤」
135 宋靄齢・宋慶齢・宋美齢
134 マカオ今昔 その4 (最終回)
133 マカオ今昔 その3
132 マカオ今昔 その2
131 マカオ今昔 その1
130 四神(しじん)
129 森 恪 (読みにくい名前を、もう1件)
128 大給 恒
127 ローマの休日 (Roman Holiday)
126 ラファエル前派
125 京都名刹めぐり その29 大覚寺
124 京都名刹めぐり その28 金戒光明寺
123 京都名刹めぐり その27 清閑寺
122 京都名刹めぐり その26 山科の毘沙門堂
121 京都名刹めぐり その25  正伝寺と圓通寺の借景
120 BYO ワインクラブ
119 「懐石料理」と「会席料理」
118 ナイト・ホークス
117 景徳鎮・有田・マイセン
116 瑠璃光院の不思議
115 葭と葦 (永源寺にて)
114 「プラハの春」、「ベルリンの秋」、「ウィーンの冬」
113 アルクイユ (Arcueil)
112 カンパリ (CAMPARI)
111 耕論 「ミシュラン、おいでやす」
110 美術展作品の輸送について
109 エトルタの針は空洞か? 
108 「無縁社会」
107 秋艸道人
106 白毫寺(びゃくごうじ)
105 2人のラ・トゥール
104 ブラジリアン・マジック
102 ジュール・シュレ美術館の盗難事件
101 シャントルイユの「空」
100 白凛居へ行って参りました。
99 イコン異聞 (日本人イコン画家 山下りん)
98 新たな気持で
97 セザンヌ、その光と陰
96 「マキシミリアン」の謎解き
95 マキシミリアン (Maximilian)
94 土佐派
93 カトリーヌ & マリー
92 真珠の 「耳飾り」 と 「首飾り」
91 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
90 私と絵画
89 八点鐘 (はちてんしょう)
88 五山の送り火クイズ
87 白い送り火
86 春 (La Primavera)
85 カラバッジオ (Caravaggio)
84 一度は消えた画家
83 マニュエル・ゴドイ (Manuel Godoy)
82 フリーダ・カーロ (Frida Kahlo)
81 ジョージア・オキーフ (Georgia O’Keeffe)
80 ラ・リュッシュ (La Ruche)
79 マルディ・グラ (Mardi Gras)
78 接吻 (Der Kuss)
77 ワイエス
76 ラス・メニーナス (Las Meninas)
75 オールドホーム (The Old Home)
74 私と村 (Moi et le village)
73 メデューズの筏
72 破戒僧と尼僧
71 遠近法とパオロ・ウッチェルロ
70 オシュデ (The Hoschede)
69 アプサント (L’absinthe)
68 草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)
67 オランピア (Olympia)
66 ジオットとEU
65 オルナンの埋葬
64 フェルメールの魅力
63 レカミエ夫人の肖像
62 コタン小路
61 上七軒(かみひちけん)
60 祇園のお座敷便り その1
59 サント・ヴィクトワール山 (La Montagne Sainte-Victoire)
58 ワインのホワイト・ホース、シュヴァル・ブラン
57 京都花街概論
56 ネゴーシアン (negociant)
55 オノレ・ドーミエ (Honore Daumier) のカリカチュア
54 AOC
53 世田谷美術館へ出かけませんか?
52 シャトー・ラトゥール
51 セーヌ川をはさんで
50 グランド・ジャット島の日曜日の午後
49 ムートン・ロートシルト
48 ポール・デュラン−リュエル (Paul Durand-Ruel)
47 イケーム (Yquem)
46 タリスマン (Le talisman)
45 アリスカン (Les Alyscamps)
44 月と六ペンス (The Moon and Sixpence)
43 京都名刹めぐり その24 古知谷 阿弥陀寺
42 オルセー美術館にある方が模写なのです (ガシェ医師の肖像)
41 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 本編
40 シャトー・マルゴー (Chateau Margaux) 前置き編
39 パリ市民とバリケード (barricade)
38 シャトー・ペトリュス (Chateau Petrus)
37 返却されなかった名画 <アルルの寝室>
36 真夏の夜のワインの夢 in ロンドン   
35 ヴィンセント・ファン・ゴッホとオーヴェールの教会
34 Ullage (アリッジ)
33 複雑な素朴派、アンリ・ルソー
32 フランス・ワイン通史 その2
31 フランス・ワイン通史 その1
30 風の花嫁
29 カナの婚礼
28 切り分けられた名画、ショパンとジョルジュ・サンド
27 「都会の踊り」 と 「田舎の踊り」
26 京都名刹めぐり その23 高台寺
25 京都名刹めぐり その22 法然院
24 京都名刹めぐり その21 平等院(宇治)
23 京都名刹めぐり その20 東福寺
22 京都名刹めぐり その19 泉涌寺
21 京都名刹めぐり その18 智積院
20 (突然ですが・・・)ドレフュス事件とエミール・ガレ
19 京都名刹めぐり その17 六波羅蜜寺
18 京都名刹めぐり その16 実相院
17 賀茂一族
16 京都名刹めぐり その15 正伝寺
15 京都名刹めぐり その14 六道珍皇寺
14 閑話休題 「I have a reservation.」 
13 京都名刹めぐり その13 狸谷山不動院
12 京都名刹めぐり その12 安井金比羅宮
11 京都名刹めぐり その11 圓光寺 (えんこうじ)
10 京都名刹めぐり その10 金福寺 (こんぷくじ)
9 京都名刹めぐり その9 東山大文字の火床はこうなっておりました。
8 京都名刹めぐり その8 五山の送り火異聞
7 京都名刹めぐり その7 大河内山荘
6 京都名刹めぐり その6 京都五山の送り火(大文字焼き)体験記
5 京都名刹めぐり その5 上賀茂神社の斎王代
4 京都名刹めぐり その4 祇王寺
3 京都名刹めぐり その3 光悦寺
2 京都名刹めぐり その2 善峯寺
1 京都名刹めぐり その1 西山光明寺
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 4 7 2 5
昨日の訪問者数0 3 6 6 2 本日の現在までの訪問者数0 3 3 0 3