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僕の偏見紀行
195 ネパール出会い旅(4)ナガルコット村へ
2016年1月8日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 2015年11月16日(月)付のカトマンズ地元紙「Republica」一面。上部写真は木材会社提供の端材を調理用の薪として持ち帰るカトマンズの主婦達。その下は厳しい冬の訪れを恐れながら仮設テントで暮すゴルカの人々。次第に遠のく家屋再建のための政府援助という希望。
▲ 途中で立ち寄った世界遺産バクタブルの旧市街。倒壊しかけた仏塔で遊ぶ子供達。
▲ ナガルコットへの山道を行くバス。屋根まで人で溢れていた。もともとバス便が少ないのに、さらに石油不足で本数が減ったため、いたるところでこんな光景に出会った。カトマンズのような都会でも同じだった。
混雑と喧騒そしてホコリと排気ガスに満ちたカトマンズの街を抜けると車はようやく順調に走り出した。車は少なくなったが、ホコリが相変わらずひどい。一応舗装道路ではあるが、穴ボコが多く路肩は土が露出している。

ホテルで今朝9時に迎えの車に乗りこんだ僕らはナガルコットを目指した。トラベルデスクのタマンさん手配の車は多少古びてはいたが4駆のまともなやつだった。久しぶりに快適なドライブが楽しめる。

途中いくつもの町や集落を通り過ぎた。そこで目にした異様な光景は、ガソリンスタンドに並ぶ車の長い列だった。たいていは車だけが並び白いホコリをかぶっていた。在庫切れで閉店したスタンドにも順番待ちをしているようだ。

カトマンズで見た光景と同じく、車列は油種によって分かれ、乗用車・バイク・バス等がそれぞれびっしりと路肩に並んでいた。バスに混じってダンプ・ブルドーザー・ショベルカーといった建設関連も並んでいる。ホコリをかぶった無人の建機の長い列は、地震復旧工事の遅れを示していた。カトマンズの世界遺産はどこも復旧工事は手付かずだった。

タンクローリーが石油を補充しているスタンドの周りにはそれを待っていた人達が集り混雑していた。警官が整理にあたっていたが、輸入ストップという異常事態を解決しない限り、この混乱は治まらない。

ホテルの部屋に毎朝届く地元紙は連日石油問題をがトップに掲載し、石油関連のブラックマーケットを無策の政府が助長している、と厳しく非難していた。インドとの国境には足止めされたタンクローリーが列をなり、石油だけでなく生鮮食品や薬品までストップしているという。

連日高騰する石油を前に、政府は有効な手が打てずにいた。首相の見解では、この問題はあくまでも石油企業間のアンオフィシャルな問題、ということらしい。ネパールの石油会社はインド側と交渉を重ねる一方、中国の石油会社とも話し合いを始めたと伝えられている。

政府の説明とは異なり、タクシードライバー、レストランのマネージャー等の話では、これは明らかに政治問題という。数ヶ月前に出された新憲法案が問題らしい。

僕のつたない英語力を頼りに、僕なりに新聞記事と出会った人達の話を整理すると次のようなことになった。僕の誤解と誤りがあるかもしれません、どうか悪しからず。

ネパール政府はインドとの友好関係を重視する立場をとり、インドのモディ政権と親密な関係を結んでいた。ところがインドでは、地方選挙で与党が敗北し野党が勢いを増していた。

ネパールでは、新憲法下の新たな州の区割りに於いて、政府は野党勢力の強い地区を二分してしまった。その州はインド国境に近く、インド側にも同じ部族が住んでいたため、国境越しに同族が連携してネパール政府に反発するようになった。

その動きを、インドの国境地帯を地盤とするインドの野党勢力がモディ政権への反発から支援し、国境が封鎖された。

そのためインドからネパールへの、石油その他の生活物資の輸送が止まるという異常事態となった。それからもう1ヶ月半になる11月半ばの今でも、解決の兆しは見えない。親ネパールのインド・モディ政権も、野党に押され気味で有効な手が打てないでいる。

何の予備知識もないまま、旅行に来ていきなり石油不足といわれ、当初僕には何が起きているのか理解できなかった。このように僕らはネパールのことなど何にも知らずに暮らしている。またネパールでは日本のことなど全く情報が無い。プライムミニスター・アベが何を言おうと世界は何の関心も無い。

地元紙トップ一面の石油不足問題の下の方に「遠ざかる希望・政府援助による住宅建設」という見出しがあった。記事によると、ゴルカ地区に住む63才の女性は大地震以来仮設テント暮らしを続けており、近づく冬を前に途方にくれているという。

彼女が受け取った救援物資は小さな薄い毛布が1枚きり。そんな中、唯一の希望である政府援助による住宅建設は一向に進まず、期待に反して遠のくばかりらしい。世界中から集ったはずの救援物資やカンパは一体どうなったのだろう。

同地区では7万戸に上る家屋が倒壊した。厳しい冬の寒さを仮設テントと毛布一枚でどうしのいだらいいのか、人々の絶望は深い。

ナガルコットへ向かう途中のバクタプルへ立ち寄った。ここもカトマンズ盆地にある世界遺産の一つ。車を降りて入域料を祖払い旧市街へ入った。写真では壮麗な赤レンガの宮殿や寺院、仏塔は殆ど倒壊し、太陽に照らされ無残な姿をさらしていた。

ここも復旧工事は手付かずのまま、わずかに広場に敷き詰められたレンガの一部をボランティアが修理中だった。カトマンズで見たのと同じ物悲しい光景。

広場に立っていたら若い女が寄ってきた。イギリスから大来た学生で観光政策を学んでいるらしい。アンケートに協力してほしいというので、何の目的でやっているのか尋ねると、震災後の観光復興に役立てるためという。

なんだかよく分からない話なので、アンケートより具体的な復旧作業が先ではないか、といったけど明確な答えはなかった。僕はこういう手合いはあまり好きになれない。

お腹が空いてきたので広場の隅にある食堂へ入った。元気のいい若者数名が忙しく立ち働いている。場所がいいのでだんだん混んできた。

相客は欧米人グループと韓国人グループ、欧米は自転車で来ていた。その後も続々と客がやって来る。アンケート調査なんかしないでも観光客は多い。とにかく復旧工事が先だ。

ここでも料理が出て来るまで時間がかかった。キッチンでは若者数名が忙しく働いているのに何故だろう。幸い僕らには2人には相客より早く料理が来た。チャーハンとヤキソバ、いずれもそれらしい、という感じだが美味しかった。

車に戻り再びナガルコット村を目指した。次第に山道にさしかかり急カーブが続く。崖崩れや崩壊した路肩がそのまま残されている。ここまで復旧工事が進んでくるのはいつのことだろう。

前方に山道を喘ぎながら登るバスが見えて来た。近づくとバスの上に人影が見える。屋根一杯に人がぎっしり座っているようだ。足場や手すりが付いているのだろうか。急カーブを曲がる時はどうするのだろうか。しかしみんな当たり前の顔をして座っていた。

高度が上がり次第に遠くの風景が見渡せるようになった。11月中旬のネパール、乾期が始まり穏やかないい天気が続く。山の峰が遠くかすんで見える。まるで日本の小春日和のようだ。

時おり木々の合間にピンクの花が見え隠れする。なんだかサクラのようだが、まさかこんなところで、と思っていたらすぐ道路脇にそれが現れた。よく見ると、まさしくサクラだ。後で知ったことだがヒマラヤサクラというらしい。日本のサクラとどちらが本家なのか、どうやって伝わったのかよく分からなかった。

さらに登ると斜面に黄色い花のじゅうたんが見えて来た。まさかと思ったが菜の花だった。11月のネパールでこんな光景に出会えるとは夢にも思わなかった。ほんとに僕らはネパールについて何にも知らなかったなあ。

山道を登りつめると広場に出た。お店や食堂がならび、その前にスクールバスが停まっている。きっと学校まで遠いのだろうなあ。こんな山奥までスクールバスが来るとは、この国で教育が大切にされているのがよく分かる。

その先の高台にホテルはあった。眺望を売り物にしているだけにいいところにある。チェックインすると、バルコニー付きの眺めのいい部屋で設備も悪くない。実はこのホテルが今回の旅で一番高かった。できるだ快適な条件でヒマラヤを眺めてみたくてちょっと張り込んだ。

しかしあいにく雲が多く、夕方になって少し晴れ間がでてきたが、ヒマラヤははるか遠くの雲の上にちょっとだけ頭を出していた。朝晩の雲の少ない時間がチャンスなので明朝に期待しよう。

夕食を楽しみにしていたら、燃料不足でのため限定メニューということで、朝も夜もビュッフェのみだった。なんたること、こんなところまで石油問題の余波が来るとは。

寝る前になってトラブルが発生したというか僕が起こした。部屋のエアコンが効かず部屋が暖かくならない。山上ホテルの朝晩は冷える。カゼを引いたら困るのでフロントに電話して苦情を言った。

しばらくして不機嫌そうなサービス担当のオヤジがやってきた。しばらくエアコンの内部をいじっていたが、これが限界でこれ以上どうしようもない、と言う。全くやる気の無いオヤジにアタマに来た僕は、責任者を呼べと大声を出した。

するとやたらアイソのいいマネージャーがすっ飛んで来た。すったもんだした挙句、結局故障ではないがエアコンの能力不足ということになった。。マネージャーは、別途電気ストーブを用意するからそれで辛抱してくれ、と頭を下げた。

このストーブが凄かった。まるで工事現場用みたいなそいつは、騒音とともに温風を噴き出した。こいつはよく効いたが、うるさいので寝る前には止めてしまった。

後で思えばこんな辺鄙なところで、エアコンごときで騒ぐとは、我ながら大人気なかった。きっとホテルの連中もあきれたことだろう。もうこんな騒ぎはやめにしよう。見知らぬ国で下手に騒ぎを起こすとどんな目にあうか分からない。僕もいい年なんだから気をつけなきゃ。

翌朝、朝日に輝くヒマラヤの峰々を楽しみに起きたが、外は一面の濃い霧、何も見えなかった。やはりこのホテルとは相性が悪かったなあ。

迎えの車を待つ間、ホテルの周りを散歩した。道路脇の丘に登ると菜の花畑がよく見えた。遠くにはかすかにサクラの木も見える。日本の里山を思わせるのどかな風景。すぐ下の峠道を幼子と母親らしい二人連れが手をつないでゆっくり歩いている。(続く)
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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