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縁の下のバイオリン弾き
109 人種差別
2015年2月18日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「私には夢がある…」
外国に暮らしているから人種差別には特別に気を使う。いままで人種がちがうということで差別されたことはさいわいにして一度もない(と思う。私がにぶいだけかもしれないが)。

香港で農村の知人を訪ねたらそこにいた彼の親戚の老人にどなられる、ということが一度あった。この人は第二次世界大戦中の日本軍占領の悲惨な体験が忘れられず、日本人に恨みを持っていたらしい。しかしこれはもし私がその人だったとしてもどなっただろうと思う無理からぬことで、いわゆる「人種差別」とはちょっと違うと思う。

人種差別は悲しい。されるほうはもちろんのこと、するほうも自分を傷つけずにはおかない非人間的な行為だ。それは「いじめ」ということを考えてみればよくわかる。

私は外国に暮らしているということで自分が被害者になる場合しか考えられないけれど、日本に暮らしている日本人には自分が人種差別の対象になるという意識はうすいのではないだろうか。


そんなことを考えさせられたのはネットで曾野綾子の文章を読んだためだった。彼女のコラムは産経新聞に載ったのだけれど電子版を読んでも見つけることができない(削除されたのだろう)。それを批判するブログの記事からその存在を知ったのだった。

その大意は「日本も高齢化して老人たちのめんどうをみるために移民をうけいれなければならない。それにともなって語学だ医療上の知識だときびしい条件をつけることは必要ない。やさしい心根さえもっていれば介護をさせるには十分だ。しかし彼らには移民の地位をはっきり認識させなければならない。彼らには別のところに住んでもらおう。昔南アフリカで人種差別制度が撤廃されると白人ばかりのマンションに黒人が多数乗り込んできて結局白人は逃げ出さざるをえなかった。このことからも異文化が同居するのは無理だ、ということがわかる」というものだ。

これがネットでは「炎上」といわれる集中攻撃を受けているのに、メジャーの新聞では全然取り上げられず、たまりかねた南アフリカの大使が産経新聞に抗議するに及んでその「抗議」がやっとニュースになる、というあきれた話だ。

南アの大使が怒るのも無理はない。はじめての黒人大統領、ネルソン・マンデラは27年という長い歳月を獄中で送った。人種差別の撤廃は血であがなった革命の成果なのに、遠い日本でアパルトヘイトを推奨するような文章を書かれてはたまらない。この文章が発表された2月11日という日はマンデラが牢獄から解放されて25年目の記念日だった。

老作家のタワゴトとかたづけてしまうのはやさしい。でもこんな文章が新聞にのるからにはその背後にこれに賛成する層があることがうかがわれる。私にはそのことがおそろしい。

短い文章なのに句句まちがいがあるといってもいいすぎではないが、その批判はすでにネット上にあふれているのでここでくりかえすまでもない。私はしかし外国に住む日本人としての立場から考えたいことがあるのでそれをとりあげたい。

この文章が「上から目線」で書かれていることは先の要約からも十分読み取れると思う。それは単純な傲慢(ごうまん)だとしても、私にとって見過ごすことができないのは最後の南アフリカの話だ。曾野綾子が自分をマンションから逃げ出す白人と同一視していることはあきらかだ。

「縁の下のバイオリン弾き(52)玉米」で書いたように、外国に住むと自分を白人と同一視する日本人に時々ぶつかる。しかし日本に住んでいる人がこんなことをいうとは思わなかった。

なぜそんなことになるのかが私には長らくわからなかった。この人たちは20世紀のはじめにアメリカで通称「排日法案」と呼ばれる法律ができたことを知らないのだろうか。第二次世界大戦中に日系人が強制収容所に入れられたことを忘れているのだろうか。

大災害や戦争のために生まれ住んだ土地を離れ、他国に難民として移住しなければならないということが絶対に起こらないとは誰にも言えない。その時に少数民族として偏見や差別にさらされることはじゅうぶんあり得ることだ。じっさいに移民として北米や南米に移住した日本人はひとかたならぬ苦労をした。しかし大多数の日本人はそんなことが自分の身に起こるとは夢にも思ったことがないだろう。なにごとも経験してみなければほんとうにはわからない。だからこのことを考える上で外国に住んだ経験のある人の書いたものは参考になる。

水村美苗という作家は12歳からアメリカで育った人だ。彼女が書いた「私小説 from left to right」という小説を2年前に読んで私は感心した。残酷なくらい正直に自分をさらけ出している。しかも日本人がアメリカで直面する問題の種々相を的確にあぶり出している。自分が東洋人でありながら白人と同一化して他の東洋人を見下す機微もうまく描かれている。

ほとんど白人ばかりの学校で自分が中国人の同級生とまちがえられた時のことを彼女はこう書く。

「実際、金持の多い学校で彼女(中国人の同級生)の貧乏は目立った。目立ったというより目ざわりであったーーと私は思っていた。だがこうして私と間違えられるということはアメリカの級友にとってCathy Tangを特徴づけるものは彼女の貧乏よりも、彼女が東洋人だということにほかならなかった。中国人と間違えられて屈辱に耳たぶを赤く染めた私は、果たして東洋人ではないとでもいうのだろうか…(中略)

自分が東洋人であるのを知る驚きとは、それは西洋人から、あなたは向こう側の人間です、と私から見ても向こう側の人間と一緒くたにされてしまう驚きであった。しかも、私自身彼らではないことを幸せの一つとひそかに考えている人間と一緒くたにされてしまうことに対する驚きーーそして屈辱であった」

ね、すごいでしょう。どこをどう押したらここまで白人のような気持で暮らせるのか、というようなものである。

しかし子供の時からアメリカで生活していればその生活様式になれてしまって、自分が東洋人であることを思い知らされる場面に出会わずにすむのかもしれない。そうして都合のいいときだけ日本人になり、そうでないときは白人になったつもりで「目ざわりな」中国人などは見ないようにして時をやり過ごしていたのかもしれない。

「私自身彼らではないことを幸せの一つとひそかに考えている」ということは日本人は中国人より上だ、と考えていた、ということだ。実はこれが曾野綾子に対する批判の中でも特に問題となる点だ。いったい何を根拠にあんな思い上がった、あたかも移民させてやるといわんばかりの態度がとれるのか、ということだ。


水村美苗を読んだあとに米谷ふみ子の「なんや、これ?アメリカと日本」という本を読んだ。米谷ふみ子はアメリカ在住の小説家だが、この本は小説ではなくエッセイ集である。

私はこれを読んでうなった。というのは「なぜ日本人は国外に出ると自分を白人と同一視するのか」という私の長年の疑問に明確な答えを出していたからだ。

その答えとは「日本で今まで自分が差別されたことがないから必然的に差別する側の人間、つまり白人に心情移入してしまう」ということだ。

なるほど日本で差別された経験がある人なら確かに白人と自分を同一視することはないだろう。

言葉をかえていえば、海外のある種の日本人は差別しようと思って差別するのではなく(そういう人間ももちろんいるだろうが)、差別がどういうものかわからないから差別してしまうのだ。それがなんの罪ほろぼしにもならないことは当然だけど。


今日(2月17日)になって曾野綾子は朝日新聞の質問に対してつぎのように答えた。

「私は、アパルトヘイトを称揚したことなどありませんが、チャイナ・タウンやリトル・東京の存在はいいものでしょう」(引用終わり)

「移民としての法的身分は厳重に守るように制度を作らねばならない」「居住区だけは白人、アジア人、黒人というふうに分けて住む方がいい」と書く人が自然発生的なチャイナタウンを話のよりどころにすることはできない。

曾野綾子のもとの文章を読むと彼女のいう「居住区」というものが永続的な移民の住所なのではなく、労働者を収容する一時的なものと想定されているのがわかる。なぜかというと曾野綾子は「移民」と「出稼ぎ」を(たぶん意図的に)混同しているからだ。移民といいながら実は出稼ぎの年季奉公(ねんきぼうこう)がすんだら彼らには故国に帰ってもらいたいのだ。老人のめんどうを見る「外国人の娘さん」は必要でも、その娘がふてぶてしい中年女になって養老院の主(ぬし)のようになるのは見たくない。まして結婚して子供を生んでもらっては困る。さらにその結婚相手が日本人だったら居住区を分かつ基準はどうしたらいいのだ。

「白人、アジア人、黒人」という「アジア人」の中に日本人は入っていない。そう解釈しなければ話が通じない。

というわけで、移民移民といいながらあの文章は結局のところ「移民永住お断り」の主張なのだ。いいわけの口実に使われるチャイナタウンこそいい迷惑だ。


話はかわるがつい先日「セルマ」という映画を見た。これはマーティン・ルーサー・キング博士が主人公で、1965年に行われたアメリカ南部アラバマ州のセルマから州都モンゴメリーまでの公民権運動の大行進を主題にしている。人種差別に対する彼の闘いを描いた感動的な映画だ。私は自分の小ささと勇気のなさを思い知らされ、流れる涙をとどめられなかった。

その感動とは別に、印象深かったのは役者である。舞台がアラバマ州であるにもかかわらず、この映画の主役4人を演じた俳優はみな英国人なのである。キング博士とその妻、ジョンソン米大統領、ウォーレス・アラバマ州知事がその4人だが、全員みごとに南部なまりで話している(ジョンソンはテキサス州出身)。

とくにキングを演じたデヴィッド・オイェロウォは絶品で、南部なまりだけでなくアメリカ黒人特有の話しぶりをかんぺきにものにしている。そしてキングのあの圧倒的な演説の迫力をあますところなく再現している。

デヴィッド・オイェロウォは英国人だが、キングを演ずるのだからもちろん黒人だ。両親はナイジェリアからの移民だった。つまり彼は移民2世なのだ。

その国に骨をうずめるつもりで移住し、国籍をとり、結婚して子供をもつ。それが移民だ。その子供のなかから社会に貢献するりっぱな仕事をする人物が出てくる。すべての移民に対してけっしてあたたかくはなかったアメリカが今になってその移民の成果を社会の活力にしているのがいい例だ。

私ならオイェロウォのような名優が同国人だということになれば誇りで胸がいっぱいになるだろう。居住だけは別にした方がいい? 冗談じゃない。


(注) 曾野綾子のコラムの原文はここで読めます。
   http://gohoo.org/15021801/
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