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縁の下のバイオリン弾き
107 宗教と女性
2015年1月10日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ブルカを着たアフガニスタンの女性
(以下にのせる文章は去年12月、いずれアップロードする予定で書いた草稿です。結論が出せないまま、もう少し考えるつもりで発表を見合わせていました。ところがまさにここでとりあげた問題のためにパリでシャルリー・エブド襲撃事件がおきてしまいました。未熟な考察ではありますが、ご参考になればと思いアップします)。


最近「フィロミナ」(2013年)という映画を見た(邦題は「あなたを抱きしめる日まで」)。ジュディ・デンチ主演。洋画が好きな人でジュディ・デンチを知らない人はあるまいが、念のために付け加えておくと、近年の007映画でジェームズ・ボンドの上司Mを演じた英国女優だ。彼女は映画に対する長年の貢献によって「デイム」(男の「サー」にあたる)に叙爵されている。

この映画は批評家に絶賛され、国際的な映画賞をいろいろ受賞した。でも日本ではヒットしそうもない映画だなと私は思う。それは宗教がモチーフになっているからだ。

デンチはアイルランド人の老婆を演じている。彼女は若いときに未婚の母となったのだが、それはカトリックのアイルランドでは許されない罪だった。そういう女性は強制的に修道院に入れられ労働に従事させられる。そして生まれた男の子が3歳になった時に、母の許可なくアメリカ人に養子に出されてしまう。修道院はその手数料を稼いでいるのだ。彼女は悲嘆のどん底に叩き込まれる。

それから50年。彼女は別れた息子のことをいっときも忘れたことがない。同居している娘のあっせんでイギリス人の新聞記者と知り合った彼女はこのことを記事にするという彼とアメリカに息子探しの旅に旅立つ。

この話は実話で、その新聞記者の著書をもとにしている。「フィロミナ」というのは彼女の名前だ。邦題は子供を思う母心をあらわしているわけだが、映画の主題はむしろ別のところにあるので私の考えでは適切な題名ではないと思う。

ではその主題とはなにか。それは宗教の不合理だ。

そもそも未婚の母を罪人として責めたてるカトリック教会は非人間的であるし、生まれた子供を売り飛ばしてしまう行為を正当化するすべはない。その後もあっけにとられるような展開がいろいろあって、修道院がフィロミナに対していかに残酷に接したかということがこれでもかというぐらい描写される。キリスト教ではセックスは罪なのだ。

新聞記者は「いったい神様というのは何を考えているのだ。退屈しのぎに人間をいじめてるんじゃないのか。抵抗できないような誘惑を人間に与えておいて、それに負けたら罪人だなんて。罪人は教会のほうではないか」と嘆息する。

クライマックスに子供を売り飛ばした当のシスター(尼僧)が登場して新聞記者と対決する。「謝ったらどうだ」と言う新聞記者に対して彼女は「私は生涯貞潔の誓いをたて、それを守ってきました。ふしだらなおんなたちといっしょにしないで。私をさばけるのはキリスト様だけ。あなたごときにかれこれ言われる筋合いはない」と言い放つ。

まったくあっぱれな敵役(かたきやく)ぶりだ。いやがうえにも「教会憎し」の心を観客に抱かせる。そのシスターをフィロミナは許すという。彼女は自分に対して行われた非道は非道としてカトリック教会を責めるつもりはない。深く神を信じているからだ。

この信心深い老女と無神論者の新聞記者の対比がいかにもおもしろく、上質なコメディになっている。

私は映画を見てこの憎たらしいシスターの言い分にも五分(ごぶ)の理があることを思わないわけにはいかなかった。宗教を信ずれば信ずるほど神の掟(おきて)は絶対になる。社会の法律はしょせん人間の間の取り決めにすぎない。日本ではこういう考え方は「狂信」と言われるが、宗教の側から見たらすべての人が狂信者になってこそ本来の使命が果たせるというものだ。


地下鉄サリン事件の犯人がオウム真理教だと確定していなかった頃、新聞につぎのような投書がのった。「『社会に有害な宗教は真の宗教ではない』という考えが大手をふりはじめている」「社会が宗教の基準を決めるようなことになれば、それは宗教が宗教であることの放棄であり、社会が健全性を放棄すること」「旧憲法の『安寧秩序(あんねいちつじょ)を妨げず、臣民たるの義務に背(そむ)かざる限りにおいて信教の自由を有す』という考えが息を吹き返すこととなる」しかし、「『信教の自由』を堅持することは過去と未来への責任である」。書いた人は牧師さんだった。

それに対してすぐに反対の投書がのった。「宗教も法を守ることが当然」「どこの世界に安寧秩序を妨げ、国民の義務に背く宗教を許す国家があろうか」「信者の信仰は、非信者の寛容の上に成り立っているのである」と書いてあった。

この二通の投書の間にある壁を超えることは容易ではない。日本では後者のような考え方がほぼ絶対の力を持つが、世界の大勢はかならずしもそうではない。 


映画を見たと同じ頃、「アムステルダムの殺人」(イアン・ブルマ著、2007年)という本を読んだ。題名だけみると推理小説みたいだけど、実は宗教と政治をあつかった重厚なドキュメンタリーだ。邦訳はまだない。

2005年にオランダ、アムステルダムの路上で中年男が暗殺された。被害者はテオ・ファン・ゴッホ。だれでも知っている画家ゴッホの弟、同名のテオ・ファン・ゴッホのひ孫にあたる。

殺されたテオは映画製作者で大向こうをねらう派手な言動で知られていた。この人がソマリア出身の女性アヤーン・ヒルシ・アリと協力してとった映画がイスラム教の女性観を批判したというのでアムステルダム出身のモロッコ系の若者に白昼銃殺された。

この事件はヨーロッパに大きな衝撃を与えた。被害者が有名だからというだけではなく、表現の自由に対する攻撃だととらえられたからだ。

オランダといえばヨーロッパの中でももっとも進歩的で寛容だということを誇りにしている国だ。尊厳死も同性婚も大麻も売春も合法だ。移民の受け入れにも積極的でむかしの植民地からだけではなく、モロッコやトルコなどイスラム諸国からも大量の移民を受け入れていた。

犯人の若者はアラビア語もあやしいきっすいのアムステルダム育ちだ。殺したゴッホの体にヒルシ・アリにあてて「次はおまえだ」と書いた手紙をナイフでつきたてた。もっとも本人は警官との銃撃戦によって死ぬつもりだったようだが、脚を射抜かれて逮捕され、殉教者(じゅんきょうしゃ)になるというもくろみは実現しなかった。

暗殺を予告されたヒルシ・アリはイスラムに対する徹底的な批判で知られる。イスラムでは女性の権利が認められず、肉体的・精神的虐待(ぎゃくたい)が日常茶飯事(にちじょうさはんじ)だということを自身身をもって経験したのでオランダに来てからその非人間性を攻撃するようになった。イスラム教における女性の扱いに抗議するのではなく、イスラム教そのものを否定するところに特徴がある。

ヒルシ・アリはイスラム教の被害者かもしれないが、殺されたゴッホは白人でキリスト教文化圏で育った人だ。その彼がイスラム教を批判する映画をとったということはオランダの多文化主義に反するだけではなく、反移民の人種差別だと受け取られかねない。

しかしここに現在のヨーロッパが直面する問題がある。オランダだけでなく、他の国でもイスラム移民の増加がいちじるしい。その文化がホスト国の風習とあいいれず、あつれきを生むのがふつうになった。フランスでイスラム女学生のスカーフ着用が禁止されたのは記憶にあたらしい。

一世だけならともかく、移民した国で生まれた子弟がどんどん増える。彼らは経済的・文化的にはじめからハンディを背負っている。スラム街で生まれ育ち、将来の展望はない。母語はアラビア語ではなく、現地の言葉だ。不満が鬱積(うっせき)して反ヨーロッパ、反キリスト教の過激なイスラム主義に走る。

ヨーロッパはこれに対処できない。

イギリスのインド系小説家サルマン・ラシュディはイスラムに批判的な小説を書いた、ということでイランの宗教指導者から死刑を宣告された。イスラム教徒ならだれでも彼を殺していいのである。懸賞金までかけられた。その結果日本では彼の著書を翻訳した大学教授が殺された。

デンマークの新聞にマホメットをからかった漫画がのるとイスラム諸国から猛烈な抗議が殺到した。

これらの事例はなにも移民がうみだしたものではない。ごくふつうのイスラム国在住のイスラム教徒が憤激するのだ。

著者のブルマが指摘するのはオランダがいくら違う文化を尊重し、理解を深めても、イスラム移民のほうにはそのような態度がまったく見られない(ように見える)という問題だ。

彼はこれをイスラムには「政教分離」という考えがないことによるものだ、と説く。政治と宗教の分離は信教の自由を保障する大切な考えだ。一つの宗教が他の宗教に優越しているとして国教とされる、ということがなくなった。

この考えが近代のヨーロッパで確立されたことにより、国家は神の権威によらない法律をもうけることができるようになった。戦前の日本はともかく、現在の日本がこの系列に属していることはいうまでもない。

ところが神の掟を絶対とするイスラム諸国ではすべて「神様のおぼしめし」だ。それをそっくり西洋に移し替えた移民社会が現地の文化とはまったく異質の集団になるのは当然だ。

移民社会はホスト国にたいする反発から本国にいる同胞よりもさらに先鋭的になる。過激なイスラム軍事政権「イスラム国」にヨーロッパの移民社会から志願者が大挙して参加しているのはこのような事情による。

私はこのような視点からのイスラム批判を今まで聞いたことがなかった。西洋に暮らしていても、熱烈なイスラム教徒の男性は女性蔑視(べっし)がしみついているので白人の女性と握手することすらこばむそうだ。

病院の看護婦がスカーフをしている、ということはイスラム教徒以外の患者の世話を拒否する、という意思表示だし、たとえそうでなくても患者の方がそう解釈する。スカーフが問題になるのはこのような葛藤(かっとう)があるからだ。

私は原則的にオランダの多文化主義に賛同している。たとえどんなに異様に見えようともイスラム女性が肌をみせない顔を隠す服装をしているのを差別することは許されないと思う。しかしそれがイスラム社会での女性抑圧の象徴ならば彼女たちを解放しなければならないとも思う。

ナイジェリアのボコ・ハラムという組織が200人以上の女子学生を誘拐(ゆうかい)した。彼女たちは今も解放されておらず、奴隷として売り飛ばされているらしい。

多くのイスラム教国で「名誉殺人」があとをたたない。これは婚前/婚外交渉を持った、あるいはそのうたがいを持たれた女性を「家名にきずがついた」という理由で家族の男性、父親や兄弟が殺すことをいう。社会がそれを容認しているから裁判沙汰になっても軽い罪ですんでしまうことが多い。レイプの犠牲者でも殺されてしまう。(もっとも、こういう殺人はイスラム教以前からあるそうだ)。

現代の世界でそんなことが、と驚くけれど、「フィロミナ」で描かれた修道院は1996年まで養子縁組で金をもうけていた。こうなると洋の東西を問わず、宗教そのものが邪悪な存在に思われてくる。

こういう苛烈な状況に生きる女性たちの犠牲を少しでも減らそうというのがヒルシ・アリの活動だ。彼女の主張によると、多文化主義などと甘いことを言っているからイスラム教の女性の地位は向上しないのだ、ということになる。



注:イスラム教国の女性の地位については次のような本があります。

アヤーン・ヒルシ・アリ著、矢羽野薫訳「もう、服従しない」(エクスナレッジ)
ワリス・ディリー著、武者圭子訳「砂漠の女ディリー」(草思社文庫)
ワリス・ディリー著、武者圭子訳「ディリー砂漠に帰る」(草思社)
アイシェ・ヨナル著、安東健訳「名誉の殺人」(朝日選書)
キャディ著、松本百合子訳「切除されて」(ヴィレッジブックス)
ノジュオド・アリ著、鳥取絹子訳「私はノジュオド、10歳で離婚」(河出書房新社)
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