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葉山日記
88 東京タワー
2007年7月28日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
城山三郎さんがことし3月に亡くなっていらい、図書館から彼の全集を借り出し、全作品を読みふけった。そういえば、吉村昭氏が亡くなったのが、昨年の7月。その後、集中的に彼の作品を読みまくった。10年前、藤沢周平さんが亡くなったあとも、どうようだった。この3方のあいつぐ訃報はこたえた。

世のなかには、ひっそりとでもいいから、とにかく生きていて欲しいという人物がいる。小説家としてはこの3方が、ここ10数年、僕にとっては精神的な拠りどころだった。彼らの作品をほぼ読み終えてみると、さてこれといって読みたい小説がもうない。若手の作品は、自分自身が時代に遅れだしたのか、それとも彼らの力量が未熟なのか、最初の数ページで投げ出してしまうものがほとんどだ。はたまた、良い作品があるのに、それに気づいていないだけなのか。

そんな、エアポケット状態のなかで、「東京タワー」という小説を読んだ。「オカンとボクと、時々オトン」という副題がついている。作者名「リリー・フランキー」から想像して、東京に長く住んで日本語が流暢になった、混血外国人の書いた東京日記、と勝手に思い込んでしまって、200万部売れた、映画化されたという情報だけは耳にしていても読む気持ちにはならなかった。娘が図書館から借りてきて「お父さん、これ面白いですよぉ」と薦めてくれたので、たまたま読み始めたのだが、これけっこう読ませた。

リリー・フランキーという著者名は単なる芸名というかペンネームで、ご本人は純然たる日本人。生まれ育った北九州から始まり、青春以降の東京の生活をバックに進む母と子の実話愛情物語、といったところか。全編を軽い会話体で通しているが、この九州弁がとてもいい。方言の表現力の強さだろう。

登場人物のなかで僕が興味をもったのは、「時々」登場するオトンだ。どういうわけか、著者の両親、つまりオトンとオカンはずっと別居状態で、オトンはたまにしか著者の前に現れない。ヤクザかまたはそれに限りなく近いところで商売をやっているようだが、最後までなにを生業としているのかは、読者にもわからないし、著者にもよくわからない。

「オトン」に興味が湧いたのは、オトンの話し方、生き方が僕自身の父親とオーバーラップするところが多かったせいだろう。父は8年前に亡くなった。生涯職と職場、それに住居を転々とすること10数回。母と僕ら3人の子供たちは、父の「流浪」にあわせ、けして平凡ではない人生を余儀なくされた。

母に聞いた、僕がまだ小学校にもあがらない頃の話。父の帰りを母子が玄関前で待っていると(多分2歳違いの弟は生まれていただろう)、向こうから夕陽を背に(この情景は僕のあとからの想像がはいっているかもしれない)、リヤカーを引いた父が近づいてくる。父は僕らの姿を認めると、「おーい、これから引越しじゃあ。会社辞めたぞ」。たぶん当時住んでいた家は社宅だったのだろう。上司を「あんた」と呼ぶ父であったから、会社勤めがつとまるはずもない。父の生き方は、その後も無計画かつ出たとこ勝負の、本人には波乱万丈で面白かったかもしれないが、付き合う家族にはたまったもんじゃない人生だった。東京タワーのオトンと違うのは、父は酒は飲まず、賭け事もいっさいしなかった。

東京タワーの話に戻る。ボクと東京暮らしを数年続けたオカンが病気になり、入院したとき、オトンが九州から見舞いにやってくる。オトンの羽振りもよくないようで、すっかり往年の元気をなくしている。見舞いを終えたあと、「ボク」の仲間たちと酒を飲む。オトンが仲間にマージャンの勝ち方を伝授するシーン。

「麻雀もやなぁ、六十すぎてからやのぉ。負けんようになったんは。どうやったら勝てるかがやっとわかったごとあるのぉ」。オトンがたどり着いたマージャンの極意は「負けないこと」。つまり大きな役満を狙わず、こつこつとした勝ちを積み上げることなんだ、という。「ボク」はその言葉をきいてがっくりする。以下、引用。

「人生、常に役満を狙って生きてきた人が、今になって千点の積み重ねこそに勝利があるのだと知ったところで、それは果たして勝ちなのだろうか。役満を目指したからこそ生じる犠牲がある。しかし、遠くを見たからこそ、その犠牲に存在の意味があり価値があるのだ。そこに置き去りにされた犠牲が結果的に平和(ぴんふ)を和了るためにのものだったとわかった時に、その物語の陳腐さと味気なさは異物感がある。」

見事な文章ではないか。僕はここを読んだとき、自分の父のことを思い出した。いまから20年前、会社を辞める決心がつきかねず悶々として僕は、九州から両親を呼び、谷川の温泉に連れていった。親子3人で露天風呂に浸かりながら、「会社を辞めるかどうか、悩んでいる。辞めてアメリカに行きたい」と打ち明けた。

「男ならやってみらんか。その気になれば人生はなんとかなるもんじゃ」―そういう言葉が父の口から出るのを期待していた。しかし、出てきたのは・・・。「大きな会社辞めたら、きつかぞう」。

おい、おい、おい、おい、おい。あんたからそんな言葉は聞きたくなかった。自分はやりたい放題、好き勝手にやってきて、晩年になってたどりついた結論が、「大きな傘の下で生きろ」かよ。それはないだろう。

「俊明、戦争が起きんかなあ。ワシャ、こんな平和な落ち着いた時代はすかん。戦後のあのドサクサ時代は楽しかったのお。ああいう時代がまた来んかのう」と遠くを見るような目でぼやくたびに、子供たちの大顰蹙をかいつつ、一緒に温泉につかってから10年後、父は朝飯を食いながらとつぜん、ことんと死んだ。

父が残したのは、ひと噛みだけした目玉焼きだった。
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