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かくてありけり
36 私は嘘を申しません
2006年1月1日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 標題のせりふは1960年、日米安保条約改定での混乱から退陣した岸信介の後任として総理大臣の座に就任した池田勇人が、総選挙に向けて放ったキャッチコピーである。池田は歯に衣着せぬ物言いで反発も受けたが、公約に掲げた所得倍増を達成し、有言実行の人として死後の評価は高い。

 池田総理にあやかるわけではないが、私も数年来、職場で接する若い人に対し「私は嘘をつきません」と言っている。自信満々に聞こえるかもしれない。「そら、もう嘘をついている!」と茶々が入りそうだ。しかしこれは決して大言壮語でもなければほら吹きでも無いのだ。齢50近くなってたどり着いた私の処世訓なのだ。

「私は嘘をつきません」には続きがある。「嘘をつくならつき通すべきだ。その自信がないなら初めから嘘はつかない方がよい。私には自信がありません」と。万一、結果として嘘をついた形になった場合は素直にわびることも申し添える。これが基本的スタンスとなった。格好を付けているのではない。なに、こうする方が疲れないのだ。長い目で見て楽なのだ。そのことにようやく気付いたというわけだ。

 嘘は必ずばれる。遅かれ早かればれる。嘘をつき通すことは実は大変難しいことを中年になって感じるようになった。嘘と本当、覚えておくことが単純に二倍になる。「嘘の上塗り」というように、虚構を維持するため嘘は拡大再生産される。一部始終を把握しておくのはエネルギーが要る。金銭が絡めば二重帳簿となる。ともすれば裏と表のどちらに居るのか忘れてしまう。脱税をもくろんだ人が、間違って裏帳簿を税務署に提出してしまうお笑いのような話が起こるのも無理はない。
 
 職場で嘘はつかないと広言するようになったのは、仕事に習熟し、自分の力量が分かってきたことも影響している。出来るかどうか分からないことで顧客にあらぬ期待をさせることが無くなった。そば屋の出前のようなその場しのぎの言い訳が減り、駄目なものは駄目と言えるようになった。

 こんな次第を同業他社との酒席で話したら、某社の部長が言った。「内には『親戚殺し』と陰で呼ばれているのがいます」。「叔父が亡くなって葬儀に行きたいので休みます」という電話をあるデスクが2年ほどの間に数回受けたという。それが1人だけでなく他のデスクも経験していることが判明した。仏さんの合計は片手できかない。肉親ではなく、叔父や叔母というところがミソである。すべてが嘘とは思いたくないが、何人かは“殺している”と思われるという。私も社内で似たような話を聞いたことがある。

 ニュースの仕事は24時間態勢。交代シフトの勤務表は1か月単位で作るので、飛び込みの休みは他の人へのしわ寄せとなり、むつかしい。勤務変更は生ニュースへの対応か、部員や家族の病気や怪我、出産、慶弔事などのっぴきならない場合に限られる。「嘘も方便」と割り切る人がいても不思議ではない。

 それでも、休みを取るための嘘など、耐震強度偽装に比べたら可愛いもので、罪がない。居住者が退去を余儀なくされたり、資産価値がゼロになるなど社会的に影響の大きいこの事件。設計士の姉歯氏が嘘をつくに至った事情、彼を取り巻く人間関係、その人たちの嘘がばれたときの対応の仕方を観察していると、人間の弱さや醜さが見えてくる。姉歯氏は偽装が公になった時点で観念して下りた気配がある。その他の人はどうか?彼らはなお虚構の上に虚構を築いていくのだろうか。

 毎年1月に各地の天神さんでは鷽(うそ)替え神事がある。菅原道真公と縁の深い鳥「鷽」の彫り物を替えることによって、前年の不幸を「うそ」にして払ってしまうとか、知らず知らずついた1年間の「嘘」を天神様に「まこと」にかえていただくものとも言われる。これで後ろめたさが払えるのならありがたい仕掛けである。

 神事は、1月7日の福岡・太宰府天満宮を皮切りに、東京の亀戸天神では1月24日〜25日、湯島天神では1月25日、大阪天満宮は1月24日〜25日、京都の北野天満宮は2月25日。私も仕事以外でついた嘘を替えてこようかと思う。
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