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縁の下のバイオリン弾き
114 ふし穴
2015年6月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ カメラ・ルシーダ
▲ 歌麿「花」
▲ ブロンズィーノ「エレオノーラ」(部分)
今の人には縁のない話かもしれないが私がこどものころはどこの家にも木でできた雨戸というものがあった。その名からわかるとおり、雨が降った時にこれを閉める。我が家では日が暮れると雨戸を立てるのが常だった。

夏は暑いから障子やガラス戸を閉めずに雨戸だけ立てた。朝起きてみるとふし穴から光がさして暗い室内に光の束が差し込んでいた。ふし穴というのは雨戸を作る板にあるふし(枝が生えていたところ)が抜け落ちて穴になっているものをいう。

小さな穴だからそこに入った光が対面の壁などに映像を作った。外の風景が上下逆になっている。けっこうはっきりした映像でおさない私はその画像に魅了された。

これがカメラの原理だ。アナログのカメラではふし穴にあたるところにレンズを入れ、壁にあたるところにフィルムをあてて外の景色を定着させた。

現在では板はすべて合板でふし穴なんかないし、カメラがデジタルになってフィルムなど誰も使わないから、この原理が忘れ去られるのも時間の問題だろう。

ふし穴そのものはなくなっても、「お前の目はふし穴か!」などとは今でも言うのではないだろうか。映像が映る目のようなものなのに何にもわかっていない、というふうに考えれば実にうまい表現だと思う。


カメラという言葉はもともとラテン語で部屋のことだった。スペイン語では今でも部屋のことをカマラ(camara)という。フランス語でシャンブル(chambre)、それが英語に入ってチェンバー(chamber)になった。チェンバー・ミュージック(室内楽)のチェンバーだ。

私が寝ていた部屋は暗くなくては映像が見えないから、このような部屋のことをカメラ・オブスクラという。暗い部屋、つまり暗室という意味だ。カメラという言葉はこのカメラ・オブスクラを省略したものだ。カメラという小さい箱が暗室だったのだ。

西洋ではこのカメラ・オブスクラが絵を描くのに使われた。最初は文字通り暗くした部屋に画家が入って、小さな穴から入ってくる風景の映像を鉛筆で紙に写した。上下を逆さまにすれば写真と同じようなイメージの定着だ。これを下絵にして拡大して油絵を描く。そのうちに部屋のかわりに箱を使うようになった。レオナルド・ダ・ヴィンチもこれについて書き残しているそうだからおよそ15世紀ごろから使われていたということになる。

カメラ・オブスクラに対してカメラ・ルシーダ(明るい部屋)という光学器械もあった。これは一つの面を鏡にしたプリズムを使う。部屋を暗くする必要もなく、そもそも部屋が必要というものでもない。机の上に紙をのせ、この器械を目の前に置いてプリズムをのぞきこむと紙の上に対象のイメージが浮かび上がる。それを鉛筆でたどれば下絵ができあがる。たとえば肖像画を描くとすると、モデルの体の各部の寸法とその割合が正確になるし、色彩も現実とつきくらべてかぎりなく近い色を使うことができる。


カメラ・オブスクラというとかならず引き合いに出されるのがヨハネス・フェルメール(1632−1675)だ。オランダ絵画の黄金期をレンブラントとともに代表する画家だけれど、かれが有名なのはその「ほんものそっくり」の精密な人物像のためだ。代表作の「真珠の耳飾りの少女」はごらんになった方も多いだろう。

フェルメールはほぼ確実にカメラ・オブスクラを使ったとされている。スカーレット・ヨハンソン主演の映画「真珠の耳飾りの少女」にもこの装置があらわれる。

かれの絵を見た者はだれでも「目分量」だけであんなにじょうずに描けるはずがない、と思わないわけにはいかない。しかし人物をじょうずに描くようになったのはべつにフェルメールに始まったことではない。デヴィッド・ホックニーという現代の画家はルネサンス以後の絵画の技術がそれ以前にくらべて格段に進歩したという事実をとらえてそれはカメラ・オブスクラやカメラ・ルシーダを使うようになったからだという説をたて、それを「秘密の知識―巨匠ももちいた知られざる技術の解明―」(2001)という本にまとめた。

これは刺激的な本ですよ。絵の中に証拠がみつかる。たとえば机の上にのせてある敷物の直線の模様が途中でごくわずかずれている。あるいは手前に置いてあるものがちょっと見にはそれとわからないほどわずかに焦点があっていない。これらはカメラ・ルシーダのせいだ、というのだ。

着物のもようがひだのところでほんものそっくりに微妙なカーブを描いている。たとえ目で見たとおりに描いたとしてもすべてのもようを同じカーブにそってたわませることはむずかしい。光学器械を使ったとしなければこれは説明できない。

このホックニーの理論を応用して、それでは絵なんか描いたことがない自分が名画にいどんでみようじゃないか、という人物が現れた。その経過がドキュメンタリー映画になった。「フェルメールの謎〜ティムの名画再現プロジェクト」というのがその映画だ。日本で公開されたのかどうか知らないがDVDにはなっているようだから興味がある向きはぜひごらんになったらいいと思う。

テキサス州在住のティム・ジェニソンという発明家がフェルメールの「音楽のけいこ」という絵を、画家が使ったであろうと思われる光学器械を使って自分で描いた、というすごいプロジェクトだ。

なにしろ絵の中に描かれている部屋から家具から絵の具から、数年かけてすべて自分で作った。その中にモデルをいれて、カメラ・ルシーダを見つつ7ヶ月かけて絵を描いた。それがオリジナルと寸分たがわぬといっていいほどの結果になったのだ。

しかしそれが実現したからといってフェルメールの絵の価値にきずがつくわけではない。どんなによくできていてもティムの絵はにせものだ。フェルメールの原画はかれの天才があったから存在しているわけだし、それを描くのに卓越した技術があったことはいうまでもない。

しかしフェルメールが器械をつかってまでリアリズムを追求したということは西洋絵画の存在価値がどこにあったかをよくあらわしている。


日本古来の絵で写実的なのはいうまでもなく浮世絵だ。中に現れる人物の着物の柄を精密に描くことは画家の腕のみせどころだったにちがいない。それでもここにのせた歌麿(1753−1806)とブロンズィーノ(イタリア、1503−1572)の対比でわかるように、着物のしわのところの描写はその200年以上も前に描かれた西洋の絵の精密さにはとうてい及ばない。

歌麿にとっては「着物の柄」が何か、ということだけが大切で、それがどのようにたわんでいるか、ということははじめから関心の外にあったのだと私は考える。その絵を買った人が、「ああ、こんな着物が今流行なんだ。今度私も同じ柄を注文しよう」と思う、というところにねらいがあったのだ。

それにくらべるとブロンズィーノの絵は写真のような写実、写実のための写実を追求している。カメラ(写真機)が西洋で発明されたわけだ。



「日本に帰る楽しみのひとつは美術館に行く事だ。サンディエゴは実際の位置からいってもイメージからいってもアメリカの片田舎。めぼしい展覧会が来たためしがない」

かつて私はそう書いた。日本ではいながらにして世界の名品が見られるとし、「サンディエゴにいたら100年たっても見られないものばかりだ」とつけくわえた。

ところがそのサンディエゴに異変が起きた。フェルメールがやって来たのだ。

サンディエゴにティムケン美術館という小さな美術館がある。ここにサンディエゴで公開されている唯一のレンブラントがある。「聖バルトロメオ」という聖人の絵だ。

サンディエゴにレンブラントがあるということからして奇跡のようなことなのに、ことしアムステルダムで開催される大々的なレンブラント展のためにこの絵が貸し出されることになった。その見返りとしてフェルメールの「手紙を読む青衣の女」がティムケンに来たのだ。9月まで公開される。

私はとるものもとりあえず見に行った。そしてほとんどだれもいない閑散としたギャラリーでこころゆくまでフェルメールを鑑賞できた。

最近の日本の美術館ではフェルメールなどの著名画家だと黒山の人だかりで、みなヘッドフォンの解説にじっと耳をかたむけているから列が動かない。私のような自分勝手な見方をする者には割り込むすきもなにもありゃしない。そこで遠くからおがんで、「見た」という満足だけをみやげに帰ってくることになる。

サンディエゴでは一応宣伝してはいるのだが、全然効果がないらしい。ティムケン美術館は創立者の遺言で入場が無料である。ただですよ! 世界に36枚だか37枚しかないフェルメールのほんものがただで見られるのはここしかないだろう。

それなのにほとんど見る人がいない。いてもフェルメールのことを知ってやってきた人は少なく、偶然ティムケンに入ってフェルメールをみつけた、という感じなのだ。フェルメールを見るためならいくら高い金をはらっても惜しくはないと思っている私のような人間はここでは例外らしい。フェルメールが来た、ということよりも見る人がろくにいない、ということのほうが大きな驚きだった。

私はこの絵をまぢかで見てその色彩と描写に感嘆した。やっぱり鼻がくっつくような距離から見るのでなければわからないことってあるものだ。ことに去年以来目が悪くなったので近くで見られるのはありがたい。

絵は小さなものでたて46.5センチ、よこ39センチだ。その小さい画面にたいへんな精密さで、というかむしろ偏執狂的なこだわりで情景をうめている。そのエネルギーはただごとではない。椅子に張った皮をとめる釘の頭までひとつひとつ迫真の技術で描いている。そこまでしなければならない必然性があるのか。

ホックニーの主張が正しいのではないかと感じられるのはそこだ。ひょっとしたらカメラ・ルシーダを使って描いているためにすべてがはっきりと観察でき、その観察から逃れられなくなった結果がこの絵なのではないだろうか。フェルメールは器械に使われてしまっているのではないだろうか。 

いっしょに見に行ったリンダは「フォアショートニング」がない、という。デッサンの勉強をした人ならごぞんじだと思うが、とくに人体を描くときには画家のほうにつきだしている部分をことさら大きく描くのが習慣だ。そうしないとかえって不自然に見えてしまう。この誇張を「フォアショートニング」という。写真をそのまま絵にした場合、フォアショートニングがないために絵にめりはりがなくなってしまうことが多い。

画中の青い服を来た婦人は窓から入る光で手紙を読んでいるのだが、その手紙を持っている両の手が同じ大きさだ。フォアショートニングの理論にしたがうなら見る者に近い位置の左手が右手より大きく描かれなければならない。でもそうなっていないところを見るとこれは写真と同じようなしくみで描かれたものだ、と考えざるを得なくなる。


私はフェルメールのすべての絵を集めた画集を持っている。でも何度となく眺めたにもかかわらず、今までこんなことには気づかなかった。やっぱり私の目はふし穴だったのだろうか。
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