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葉山日記
93 決定的瞬間
2008年1月15日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
▲ (写真1)2007年9月28日東京新聞朝刊
▲ (写真2)2007年9月28日朝日新聞朝刊
朝日新聞オンライン版(1月11日)によると、

「ミャンマー(ビルマ)で昨年9月、反政府デモを取材中のジャーナリスト長井健司さん(当時50)が銃撃され死亡した事件で、警視庁は11日、『1メートル以内の極めて至近距離からライフル銃に相当する小銃で射撃された』とする司法解剖の鑑定結果を発表した。」

であれば、「犯人」は間違いなく写真(1)右側に映っている治安部隊の兵士だと思われる。顔まで識別できるあきらかな証拠が残っているのに、当の兵士が捕捉されたとか、軍法会議にかけられたという情報は伝わってこない。軍事政権の指示による「狙い撃ち」であろうが、こういうケースでは事件は時間稼ぎのあげく闇に葬られ、いつの間にか忘れられていく。日本政府は妥協せず、事件の全貌をあきらかにする努力をもっと強硬に続けるべきだろう。

「カメラマン冥利に尽きるわねえ」と、新聞を見ながら妻が言った。「死んでもカメラを手放さない」。平和ボケした日本で、日々緊張感なく暮らしている元報道カメラマンとしては、なんだか「あなたぼんやりしていていいの」と皮肉を言われているような気がして内心忸怩たるものがあるが、それは僕の考えすぎだろう。妻は純粋に感動している。

たしかに写真では、長井カメラマンは昏倒しながらも、カメラを手放していない。しかしそれはあくまで、瞬間の映像であって、僕の想像では、カメラ(ビデオカメラ)はこの次の瞬間、長井さんの手を離れ、道路上を数メートル転がったはずである。ミャンマー軍事政権は、このカメラは発見されていない、としているが、現場の状況からそれはありえない。とすると間違いなく、政府の手によってカメラは隠匿されている。

それにしても不思議なのは、長井カメラマンが「死んでもカメラを手放さなかった」のか、それとも「撃たれて昏倒したあと、カメラを手放した」のか、証明する写真がないことだ。事件後、新聞各紙やテレビを注意深く見たが、長井さんの手を離れ道路を転がるカメラ(またはカメラをもったまま倒れた長井さん)の映像がない。倒れた瞬間「以後」の映像がないのだ。通信社の友人数名にきいてみたが狙撃以後の写真も動画も見ていないという。これはどういうことだろう。配信はロイターになっているから、もし彼らが狙撃以後のコマをもっていれば当然公開しているであろう。不思議な話である。

2枚目の写真をもういちど詳細にみてみよう。治安兵士の棍棒が右手で大きく振り上げられ、ロンジー(巻きスカート)の裾を翻しながら追われる男性、引きつった表情で後ろを振り返りながら逃げる女性が映っている。悲劇の映像にこういう言い方はふさわしくないが、偶然とはいえ、きわめて優れた群像写真であり、「デモに集まろうする群集を追い払う治安部隊」(朝日新聞)としてはこれ以上はない見事な構図だ。これだけでなにかの賞を受けるに十分値いする写真だと思う。

ところが、よくみると(1)と(2)の写真は同じだ。(1)の左上を大きく引き伸ばしたのが(2)ということになる。ぼくの想像はこうだ。この場面を撮影したカメラマンは、実は群集と兵士に気を取られていて、その撮影に夢中になっていた。つまりカメラマンの目はレンズを通して群集をみていた。撮影場所は、現場から数百メートル離れた橋の上。ズームアップもきかない。手前のほうで長井さんが昏倒する姿は、カメラマンが意識しないうちに偶然画面に写りこんだのではないか。そう考えれば、長井さんの「その後」の映像がない説明はつく。

ではそもそも写真に写っている長井さんは、撃たれあとそのまま昏倒したのか、それとも兵士に暴力で倒されたあと、つまりこの写真が撮影された直後撃たれたのか。冒頭記事のあとにはこうある。「組織犯罪対策2課が杏林大に鑑定を依頼し、結果が4日まとまった。それによると、銃から出る高圧ガスの熱で皮下脂肪が溶けていた。死因は肝臓損傷による失血死だった」。

失血死なら、画面には血が映っていてもよいはずだが、それはない。いや、弾が体内にはいった瞬間なら、血はこのあとから噴き出した可能性も考えられる。とにかくこのあとの数コマが死因についての重要な証拠写真となるはずなのだが、それは今日まで公表されていない。そもそもその映像は存在しないのか、それとも何らかの理由(メディアの自己規制、軍事政権の圧力または隠蔽)が別にあるのか。

この写真には別に不思議なことがある。事件の翌日9月28日の朝刊各紙をみると、長井さんが昏倒する場面を含む写真を掲載したのは「東京新聞」のみ。他紙はすべて(2)で並んだ。これはどういうわけだろう。新聞は基本的には「死体写真」を掲載しないという約束事がある。一瞬の写真では、長井さんは死んでいるのか、生きているのか、判断がつかない。東京新聞以外はこの慣例に従って掲載をやめたのだろうか。

東京新聞の写真説明には「ヤンゴンで、治安部隊がデモの民衆を排除する様子を、負傷し倒れ込みながらも写真に収めようとする男性」とある。しかし、「男性」は本当にまだ生きていて撮影を続行しようとしているのだろうか。とすると、「射殺」はこの直後ということになる。

「東京」以外が写真掲載を見送ったのは、通信社の数人の仲間の証言であきらかになった。朝刊締め切り時間までに、昏倒する男性が長井さんだという確認ができなかったのだ。長井さんが撃たれた、という情報は入った。しかし写真に写っている男性が長井さんであるかどうかは確認できない。そこで「東京」は説明をぼかし掲載に踏み切った。しかし、「逃げた」はずの説明でミスをおかした。もしかしたら長井さんはこのときすでに「即死」していた可能性も十分あるのだ。

しかし、とまた考える。

(A)兵士に押し倒された長井さんはそれでもカメラを手放さず、その直後撃たれた。
(B)撃たれた長井さんは、意識を失いながらもカメラを手から離さなかった。
(C)撃たれた直後、長井さんは昏倒し、その反動でカメラは路上を転がっていった。

もし(A)か(B)であれば、「東京」の写真説明もあながち間違いではない、ということになる。(C)であっても、長井さんの名誉が傷つくという話でもない。カメラが「発見」され、長井さんがとらえた最後のひとこまを見届けたいものだ。軍事政権が続くかぎり、それは無理な話かもしれないが。


※このエッセイをみた読者から「射撃時のTV画面があるとの連絡をいただいた。これをみると、長井さんは撃たれて転倒、そしてその直後はカメラを手放していない。この映像を僕はみていないので、文中「僕の想像では、カメラ(ビデオカメラ)はこの次の瞬間、長井さんの手を離れ、道路上を数メートル転がったはずである」というのは事実と違うかも知れない。手から離れていないとすると、カメラは行方不明というミャンマー政府の発表がますます疑わしいものになる。
http://jp.youtube.com/watch?v=DhUjdlAZ6NQ&feature=related
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