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僕の偏見紀行
248 神々の棲む島(5)ウブドの日々の始まり
2019年1月19日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホテルレストランそばの祭壇へのお供え風景。毎朝定例の行事だった。
▲ ホテルの庭で出会ったオバサン。運んでいたのは祭壇へのお供えのようだ。
▲ 夕暮れ時、部屋のテラスからの眺め。
ホテルのロビーを心地よい風が通り抜けていた。ロビーから緑の木々の下の小道を奥へ進むと、小さなプール脇にレストランがあった。さらに進むと周囲に点在するコテージが見えて来た。僕らの部屋は奥まったあたりのもう一つのプールに近いコテージの2階だった。

部屋の広いテラスからは一面に広がる水田が見えた。おりしも田植えの時期らしく、一人で代かきをする農夫の姿が見えた。その先の田圃では牛にひかせた鋤で田起こしをしている。九州育ちの僕には懐かしい風景だが、畔道にはヤシの木が生い茂り、いかにもバリ島らしい。

僕らは暇な時は殆どこのテラスで過ごした。真昼の暑いさかりには大きなすだれを降ろし、夕暮れになるとすだれを巻き上げた。昼下がりにここで本を読み、眠くなるとそのまま昼寝をした。夕暮れ時には遠い森の向こうに夕陽が沈み、田圃の水面にヤシの木のシルエットが映った。

旅先で暇な時間に好きな作家の本を読む、これも僕にとって旅する楽しみの一つだ。特にこのテラスでの読書は僕にとって贅沢で幸せなひと時だった。僕は今度の旅に3冊の文庫本を持参した。

野坂昭如の「文壇」、近藤紘一の「サイゴンのいちばん長い日」、宮脇俊三の「台湾鉄路千公里」、いずれも以前読んだものだが、本棚でホコリをかぶっていた中から適当に選んだ。やはり好きな作家の作品はいつ読み返してもいいなあ。

いつの頃からか、僕は今の時代の作家たちになじめなくなった。最近の芥川賞や直木賞の作品でも最後まで読み通すのが辛くなった。やたら長いだけで個性に乏しい文体、何を言いたいのか主題が理解できないことが多い。

どうしてこうなったか理由はよく分からない。もしかしたら僕が時代に取り残されたのかもしれない。あるいは僕の感性が老いたのかもしれない。しかし今読み返しても、僕の好きな作家たちはそれぞれに独特の文体を持ち、生き生きとした表現で訴えるものが明確だ。しかし彼らの殆どが逝ってしまった。

なんの脈絡もないまま持参した3冊だったが、あらためて読み返すとやはり面白い。野坂昭如の、切れ目のない饒舌体ともいわれた文体は、なじんでみるとやはりこれでなくては彼の世界は描けない。彼は本物の文士だった、と今でも僕は思っている。晩年、要介護状態になった彼は元タカラジェンヌである奥様の指揮のもと、真面目にリハビリに励んだ。

ジャーナリストだった近藤紘一は、サイゴン陥落という修羅場で、本社の帰国命令を無視して取材を続けた。そしてホテル住まいがままならなくなった彼は、たまたま見つけた下宿先の子持ちの中年女と恋仲になる。彼女は女の細腕一本で飲み屋を営み、数十人の親族を食わせる女傑だった。後日彼らは彼女の娘も一緒に日本で所帯をもった。

宮脇俊三は大手出版社の重役と鉄道紀行作家の2足の草鞋を履いた人で、彼の淡々とした紀行文の中にはえもいわれぬ上質のユーモアが溢れている。退職後は世界へと活躍の場が広がり、シベリアやインドをはじめ世界中の鉄道を乗り歩いた。彼は北杜夫の隣人でもあり、北のエッセイにも登場する。   

簡素で広々とした部屋は居心地がよかった。そしてなぜか天蓋付きのキングサイズベッドの他にシングルベッドが一つあった。天蓋があると鬱陶しいので僕はシングルベッドを使うことにした。

コンパクトなそのベッドは入り口脇の片隅にあって寝心地が良かった。眠る前のひと時、持参した本をこのベッドで読むのも楽しみだった。簡素でコンパクトなこのベッド、もしかしたら従者用だったかもしれない。

ホテルのスタッフは皆若かったがサービスは行き届いていた。顔を合わす度にきちんと挨拶をするし、何か頼んでも気持ちよくやってくれた。清掃後部屋に所定のタオルが足りないことがあった。電話するとすぐに若者がニコニコしながら持ってきた。

ところが翌日も同じことが起き、それは何度も続いた。同じミスをして悪びれることなくにニコニコしている彼らに僕は違和感を感じた。多分彼らにとって、小さなタオルを置き忘れるくらい大したことではないのだろう。大袈裟に言えばこれは文化の違いなんだろう。そう考えると途端に気持ちが楽になった。

ホテルの小道から通りへ出ると、沢山の車が行き交い、両側には食堂や両替店、コンビニ・旅小さな旅行などが並んでいる。その先には大型のスーパーもあるようだ。

さらによく見るといろんな店の合間にランドリーの看板も見えている。良かった、これでホテル滞在に必要なコンビニ・両替店・ランドリー等の生活インフラが揃った。

このホテルにはお客の送迎用の車が常時数台待機していた。フロントで頼めば市街地内であればどこでも送迎してくれるのでとても便利だ。市街地の外については若干の料金を払うことで同じサービスを受けることが出来た。

ウブドの中心にある王宮や市場はホテルから約1kmあり、歩くと15分ほどかかるので僕らもこのサービスを利用した。行きたいのはバリ伝統の音楽や舞踊鑑賞、市場の買い物だったが便利で助かった。

勿論、車のリクエストが多い時や、出先で迎えを頼むときなどタイミングが悪いと待たされることもあった。しかしウブドには個人の白タクしかないため、しばらく待ってでもホテルの車を利用することが多かった。

買い物を済ませ市場から戻る時、ホテルの車では待ち時間が長かったので付近にいたタクシーと交渉した。しかしが値段交渉が大変だった。第一どれがタクシーかよく見分けがつかないし、ドライバーがどこにいるかも分かりにくい。足元を見られとんでもない金額を吹っ掛けらる心配もあった。その時は市場から少し離れた場所にいたタクシーと交渉してなんとかホテルへ戻った。

またある夜のこと、伝統舞踊のショーの後、一斉に観光客がホテルへ戻るため会場前は混雑していた。ホテルへ迎えを頼むと15分待ちといわれ、なんとか少しでも早くと頼んだ。聞こえにくい電話で大声で話していたら、それを見ていたオバサンが日本語で、どうしたのか、何かトラブルか?、と寄って来た。

日本人のようだったが、見知らぬ国ではこんな時うかつに相手するとひどい目に合う。だから無視するに限る。もしかしたらホントに親切な人だったかもしれないが、年よりの2人旅、安全第一だ。

僕はウブドのバリ伝統音楽や舞踊に興味があった。音楽について僕は無知であるが、日本の太鼓や三味線などのように、直接心に響いてくるようで好きだ。バリの音楽もそんな感じがした。

ホテルのフロントで貰った観光案内によると、ウブドでは毎晩5〜8か所でそれらのパフォーマンスが催されている。それは寺院の中庭や王宮の舞台、集落の広場などで開かれていた。ガムランとよばれる伝統音楽と舞踊の様々な組み合わせがある。

10日間滞在するから時間はたっぷりある。まず名前だけはよく聞くケチャの会場へ行くことにした。スケジュール表によると会場はウブドでも高名な寺院の中庭。テーマは「ケチャ・ファイアー&トランスダンス」とある。なに、ファイアー&トランス、これは凄いぞ。(続く)
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94 ベトナム紀行(4)タイを追い出した町
93 ベトナム紀行(3)メコンデルタの森へ
92 ベトナム紀行(2)暑い!ホーチミン町歩き
91 ベトナム紀行(1)「僕の1号線」はどこに?
90 マイ・センチメンタル・ジャーニー
89 シルクロードの旅(12)風の城、アヤズ・カラ
88 シルクロードの旅(11)「博物館都市」イチャン・カラ、ヒワ
87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
86 シルクロードの旅(9)「愛の町」アシュハバード
85 シルクロードの旅(8)中央アジア最大の世界遺産メルブ遺跡
84 シルクロードの旅(7)未知の国へ
83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
80 シルクロードの旅(3)アレキサンダー大王が来た街
79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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