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縁の下のバイオリン弾き
158 こがねのぼたん
2019年2月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 若き日の森鴎外
まだ日本の兄の手元にあるはずだが、我が家には祖母の書いた森鴎外の詩の掛け軸が伝わっている。それというのも父が鴎外のファンだったからで、彼はその詩を字の上手だった祖母に書いてもらったのだった。そして祖母の命日には必ずその軸を床の間に掛けた。

その詩は鴎外が日露戦争に従軍した時に書いた詩や俳句を集めた「うた日記」からとったものだ。

扣鈕(ぼたん)

南山の たたかひの日に
袖口の こがねのぼたん
ひとつおとしつ
その扣鈕惜し

べるりんの 都大路の
ぱつさあじゅ 電燈あをき
店にて買ひぬ
はたとせまへに

えぽれつと かがやきし友
こがね髪 ゆらぎし少女(をとめ)
はや老いにけん
死にもやしけん

はたとせの 身のうきしづみ
よろこびも かなしびも知る
袖のぼたんよ
かたはとなりぬ

ますらをの 玉と砕けし
ももち(百千)たり それも惜しけど
こも惜し扣鈕
身に添ふ扣鈕


[訳]「南山(中国の遼東半島の地名)での戦闘のさなかに袖口の金のボタンをひとつ落としてしまった。そのボタンが惜しい。

ベルリンの大通りの横丁、電灯が青い色で照らしている店でそれを買ったのだった。20年前に。

(あのころ)金色の肩章を輝かせていた友人も、金髪をゆらしていた少女も、もう老いただろう。死んだかもしれない。

この20年の私の人生の浮き沈み、喜びも悲しみも知っている両袖のぼたんが、一つきりになってしまった。

激戦で命を失った兵士は千で数える人数、とりかえしがつかない損失だ。でもボタンもそれに劣らず惜しくてならない。我が身の一部になってしまっていたボタンが」


南山の戦いは1日で終わったが、激戦だった。日本軍は4万人近い兵力だったのに、4300名という10%以上の死傷者を出した 。これが1904年のことで、「うた日記」は1907年に刊行されている。鴎外は出征当時42歳、軍医部長だった。

父が頼んだので祖母は一生懸命書いたのだろう。軸になっているもののほか、同じ詩を書いたものが何枚も残っている。当時もう目が悪くて、「えぽれっと](épaulette, 肩章のこと)とか「ぱっさあじゅ」(passage, 大通りの間をつなぐ横丁のこと)とかいう耳慣れないフランス語がよく読めなかったのだろう、えぼれっととかばっさあじゅとか書き誤っているものがある。

父がなぜこの詩を選んだのか知らない。でも私は毎年祖母の命日にこの詩を読んだから、小さい頃から覚えてしまった。鴎外は若い時にドイツに留学している。その時買ったカフスボタンに託して過ぎ去った青春を惜しんでいる詩だということはおぼろげながら分かった。

ところがいつだったか、インターネットでこの詩のことを読んで、思いがけないことを知った。詩の中にある「こがね髪ゆらぎしをとめ」はドイツ滞在中、鴎外が恋したドイツ女性、例の「舞姫」に登場するエリス(のモデル)を指すのではないか、というのだ。

「舞姫」は教科書にも載っているからご存知の方も多いだろう。鴎外の分身と言っていい太田豊太郎が国家の命令で法律を学ぶためにドイツに留学するが、だんだんに自分の使命に疑問を持ちだし、文学や美術に心を寄せるようになっていく。そのために留学生の資格を失い、アルバイトで日を過ごすようになる。

ふとしたことからダンサーのエリスを助け、恋仲となって彼女は妊娠する。ところが友人の相沢謙吉のすすめでヨーロッパ外遊中の大臣の通訳を務めたことから日本に帰る機運が熟する。立身出世を遂げるのは今だ、という思いから、大臣の言葉にしたがってエリスのことを隠したまま帰国を承諾する。しかしエリスを裏切った自責の念に狂乱して雪の中をさまよい、重病を得て人事不省におちいる。

回復した時にはエリスは相沢の言葉によってすべてを知り、狂っていた。

という話だ。小説だけど、鴎外の実際の体験が反映しているのは確かだ。


「舞姫」は鴎外の処女作だ。40を過ぎた彼が20年前を回顧した詩に彼女が登場するのは自然なことだ、と一応は考えられよう。

鴎外の子供である森 於菟(おと)や小堀安奴(あんぬ)もそう書いている。あるいは彼らが言い出しっぺなのかもしれない。

中にはベルリンの電灯青き店で「二人で」買ったのではないか、だからそのボタンをこんなに惜しんでいるのだろう、という推測を述べる人もある。

でも私はそんな風に考えたことはない。鴎外がドイツ各地で(ベルリンだけでなく、彼はライプチヒ、ミュンヘンにも滞在した)出会った友人たちのことを漠然と指すのだと思っていた。

なぜならこの「エポレット輝きし友、こがね髪ゆらぎし少女」は対句(ついく)だからだ。対句は第38回「天使も踏むをおそれるところ」で書いたように、中国の詩の技法で、2句が対照的になるように作る。

鴎外は自分で漢詩をつくるほど、中国文学の手法には熟達していた。「ぼたん」は漢詩ではないが、過ぎ去った自分の青春の頂点、うま酒に酔ったような男女との熱い友情が忘れがたく、詩の眼目を強調するこの技法が自然に出てきたのではないかと思う。

鴎外がベルリンにいたのは明治20年だ。封建の気風そのままのその頃の日本で、年齢、階級や性別に関係なく友情が成立することはまずあり得ないことだったろう。ドイツに来て鴎外は初めて男とも女とも成立する友情を知ったのだと思う。

私にも経験があるが、敬語・性別を考えることなく、誰とでも同じ口調で話せる外国語というものがいかに自由の感覚を与えるか、当時の日本では想像することさえできなかっただろう。

ことさら鴎外はドイツ語に堪能(たんのう)だったから友人はたくさんできた。その中に女性もいたことは想像に難くない。



彼は軍医だったので、まわりの男はたいてい軍人だった。エポレットは軍服の肩章のことで、金色だった。金糸の「ふさ」がついているものも多い。これが「こがね髪」に対応する。

伝統的な中国・日本の文学では「友」と言えば男に決まっていた。男にとって女の友というものはない。だからここの友は「男」で、それが「少女」に対応する。

本当は「こがね髪輝きし少女」と書きたかったのだろうけど、それではエポレットの形容がなくなってしまう。だから「輝きし」はエポレットに譲り、こがね髪は「ゆらぎし」になったのだと思う。

などと技巧的なことをグズグズ言っているとあきれられてしまいそうだけど、対句というのはそういうものなのだ。うまく対照的になるように、ああだこうだと言葉をいじくりまわして作る。

それほど対照が大事なのに、一方の男の方はまるっきりどこかに置き忘れてしまって、こがね髪の少女だけを取り上げ、これこそエリスだ、というような詮索(せんさく)は、鴎外の生まれ育った文学環境をまるで無視している。

第一もしそうなら、次に続く「はや老いにけん、死にもやしけん」をどう解釈するのか。一生の恋を歌うのはいいが、彼女との甘い思い出はさておいて、「年取っただろうなあ、死んだかもね」などとうそぶくのはあまりといえばあまりではないか。

鴎外がドイツから日本に帰ってきた後、エリスのモデルだとされるドイツ女性が彼のあとを追って来日した。外国からやっと長男林太郎(鴎外の本名)が帰ってきて、さあこれから一家をおこしてもらわねば、と期待していた森家には一大事だ。親孝行な鴎外を説き伏せて会わせもせず、弟が交渉して彼女には帰ってもらった。

しかし鴎外はその後も彼女と文通していた。死が迫ったある日、妻に命じて彼女の写真と手紙を全部焼かせたという。手紙をとっておくほど、彼女を愛していたのだ。「死にもやしけん」などというはずがないではないか。

ここは漠然とある一群の人々をさして「死んだ者も(中には)いるかもしれない」という意味だと思う。


技巧のことをいうと反感を持つ人が多いと思う。詩は人の真情をそのまま述べるものだと思われているからだ。でも技巧と真情は矛盾しない。真情を述べるために技巧を凝らすのが昔の「詩」だった。

そういえば、この「ぼたん」の詩全体がある技巧によって作られている、と私は考えている。

このボタンがカフスボタンであることは疑いを容れない。先に触れた長男の森於菟が鴎外に「このぼたんは昔伯林(ベルリン)で買ったのだが戦争の時片方なくしてしまった。とっておけ」と言われて喜んだ、と書いている。それは「銀の星と金の三日月をつないだ」ボタンであったそうだ。

でも戦場でカフスボタンなんかつけるものだろうか。カフスボタンは礼装のドレス・シャツにつけるもので、ただのシャツにはつけることができない。 鴎外は軍医部長で少将だったから、軍服の下にドレス・シャツを着ることもあるいはあったかもしれない。

しかしその戦いの日、彼は後方の野戦病院(テントだっただろう)で猛烈に働いていたはずだ。4000人からの死傷者があったという激戦だから、他の軍医や看護兵を叱咤激励しながら、自身も手術に次ぐ手術を施していたに違いない。軍服など着ているはずがなく、もちろんドレス・シャツを着ているはずがなく、作業衣ともいうべき手術着を着ていたと思う。そんな修羅場(しゅらば)に「こがねのボタン」の出番はなかっただろう。

「こがねのボタン」は後に出てくる「ますらお(兵士)が玉と砕けし」との対比のためにわざわざ戦いの日になくしたことにされているのだ。この日、「こがね」をなくし、それと同時に「玉」は砕け散った。比べ物にならない両方を並べて二つとも「惜しい」と言いたいのだ。それは彼の「惜しい」という気持ちをいやが上にも際立たせるテクニックであり、惜しんでいるのは自分の青春だ。

彼がボタンをなくしたことは事実だけど、それが南山の戦いの日であったとは限らない。


鴎外の子供たちはこういう文章上の技巧を少しもかえりみなかった。彼らは父親の恋愛を尊ぶあまり、いわば「青春詩」とでもいうべき過去を追憶する詩に「恋愛詩」をまぎれ込ませずにはいられなかった。

彼らのその態度は一面で西洋文学がいかにその頃の日本に影響したか、ということの証明になるだろう。それは恋愛至上主義とでも呼ぶほかはない、ロマンチックな文学観だ。

ところが作者の鴎外はそんな風には思っていなかった。自身でヨーロッパの地を踏み、ネイティブのエリスのドイツ語の誤りを正し(と「舞姫」に書いている)、膨大な翻訳を残した鴎外が、つまりその頃の誰よりもヨーロッパを理解していた鴎外が、この詩では恋愛のことを書こうとは思っていなかったのだ。

もし鴎外が恋愛詩を書こうと思っていたならば、こんな片言隻語(へんげんせきご)で彼女を語るはずがない。

鴎外の有名な「即興詩人」はもともとアンデルセンの作品だけど、彼の訳によって全く新しい息吹を吹き込まれ、ほかならぬ恋愛至上主義を日本にもたらしたのである。彼はいわば恋愛の輸入元、恋愛の本家だったのだ。

対句という文学上の技巧が忘れられてしまったために、後世の読者によって痛くもない腹を探られる結果になってしまったのだ、と私は思う。


ひょっとしたら死んだ父も「こがね髪ゆらぎしをとめ」をエリスのことだと思って、そのロマンにうっとりしてこの詩を愛読したのだったかもしれない。今ごろになって気がついても遅いが。
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