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137 シュール・リー (sur lie)
2014年4月26日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
フランス語には「シュール (sur)」という、たいへん使い途の多い前置詞があります。英語で言うと、「on」、「upon」、「above」に相当するようなのですが、辞書によると、主な意味は、おおよそこんなことなります。

1)(位置)の上に、に載って
2)(近接)に面して
3)(方向)に向かって
4)(主題)について
5)(範囲)にわたって
6)(根拠)に基づいて
7)(調子)に合わせて
8)(電波などの媒体)に乗って
9)(時間)と同時に、の直後に

その他に、接頭語として使われると、「超えた」とか、「過剰」なんていう意味もあります。

19世紀の後期印象派の画家、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが、1890年に37歳で生涯を終えたのは、パリ郊外の、オーヴェール・シュール・オワーズ (Auvers-sur-Oise) という村でした。この名前は、オワーズ川に面した、オーヴェール村という意味でして、上記前置詞 2)のシュールの意味が使われています。フランスには、こんなふうに、「○○川」に面したという意味で、「シュール」が使われている地名が、たくさんあります。

また日本語で「超現実主義」と訳されている、シュールレアリスム (Surréalisme) は、surréel = 超現実と、isme = 主義が、くっついてできた語ですが、さらに見てみると、「reel」は、「現実の」という意味の形容詞、または「現実」という名詞ですから、ここでは「超えた」という接頭語のシュールが使われていることがわかります。

ではこの記事のタイトル、「シュール・リー」とは何でしょうかというのが、今回のおしゃべりのテーマです。

リー = lie は、フランス語で酒の澱(おり)という意味です。lie-de-vin でワインの澱という意味になります。そうすると、シュール・リーとは、「澱の上」とか、「澱に面した」という意味になりそうです。

フランスのロワール地方を流れるロワール川河口近くの、ナント地域ではミュスカデという種類の白ワインが古くから造られています。

通常、白ワインは発酵が終わった後は、主に酵母菌の死骸などからできるワインの澱を「澱引き作業」によって、早期に取り除きます。これは澱の持つ匂いや硫化水素臭などがワインに移るのを防ぐためです。

ところがロワールのこの地域では、昔から澱引きをすぐにはしないで、ブドウ収穫の翌年春まで、最長では翌年6月末頃まで、澱とワインをタンク(樽)の中で接触させておきます。透明な白ワインを樽の中で、澱の上にある状態で半年以上静置しておくわけです。まさに「シュール・リー = 澱の上」という状態です。

これはそうすることによって、澱の主成分である酵母の死骸が分解して、アミノ酸やペプチドとしてワインに溶け込み、ワインの味に深みや幅を与えるからなのだそうです。結局、酵母の死骸はたんぱく質を成分としていますので、このたんぱく質が分解し、アミノ酸やペプチドになり、それが旨み成分としてワインに溶け込んでいくというプロセスのようです。

この製法は明らかに長所と短所がありそうですが、このフルーティなブドウの場合は、長所が短所に勝るということなのだと思います。

そう言えば、シャンパーニュも2次発酵の過程で澱と接触していますから、ロワールのシュール・リーと同様な製法です。

シュール・リー製法で造られたワインには発酵で生じた炭酸ガスが少し溶け込んでいますので、微発泡もよく見られます。グラスに注いだとき良く見ると、グラスの底や縁に細かい泡が付くことがあります。飲んだ時にも、この泡の刺激が爽やかな味わいをもたらします。

また、シュール・リー製法では、マロラクティック発酵(乳酸発酵)をさせないことになりますので、ワイン中のリンゴ酸の割合が高く、酸味のしっかりした、フレッシュで辛口のワインが出来上がります。これはまた、早期に澱引きをすると、ワインが否応なく空気と接触することになりますが、シュール・リーの場合は、発酵の最終段階まで澱引き作業をしませんから、空気との接触が少なく、そのために、よりフレッシュな風味がワインに残るとも考えられます。

「シュール」という言葉から始まって、長々と「シュール・リー」のおしゃべりをして参りましたのは、実は日本産白ワインには、意外とこのシュール・リー製法を採用しているものが多いと、最近気がついたからなのです。

過日、京都・丹波にあるワイナリー(ワイン製造所)を訪れたのですが、そこではピノブランというブドウ品種を使った白ワインが、シュール・リー製法で作られていました。ちょうど上質なアルザス産白ワインに似ているような気がしたのですが、丹波らしい穏やかな味でした。上の写真がそのラベルです。

これまで日本産ワインにはあまりご縁がなかったのですが、お聞きしたら、甲州ワインにも、この製法のものが多いとのこと。シャープで切れ味があるわりには、穏やかな味わいは、和食に合うのかもしれないなあ、とあらためて思いました。お酒はやはり料理の引き立て役です。お酒に関しては、「郷に入れば郷に従え」が、しっかり適用できそうです。

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