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かくてありけり
37 白魔
2006年1月7日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 暖冬の予測が大きく外れ、日本海側を中心に各地で大雪が報じられている。

 雪にロマンを感じる人は多いだろう。川端康成の「雪国」や「雪やこんこ」で始まる童謡「雪」、「雪の降る町を」の名曲など、いずれも舞台回しとして雪を肯定的に捉えている。また冬の楽しみとしてスキーを挙げる人もいるだろう。それもこれも、観光客として訪れるからよいのであって、そこで生活をするとなると話は別だ。江戸時代に鈴木牧之が「北越雪譜」で紹介したように、雪国には昔も今も変わらぬ雪との戦いがある。高校まで新潟県に住んでいた私にはその宿命的な苦労がよく理解できる。雪国に住む人たちに私が一定の敬意を抱くゆえんである。

 皆さんは、寝静まった深夜、天井や鴨居の辺りから寝床に突き刺さるように響く「ミシリッ、ミシリッ」という音を聞いた事があるだろうか?襖や戸障子の開けたてができなくなった経験はあるだろうか?降り積もった雪の重みがのしかかり、柱や梁がたわみ、きしむのである。不気味な音は木造家屋が必死になって踏ん張っている唸り声であり、さらには極限が近くなって上がった悲鳴なのだ。雪国に住むからには、この警告に従わなくてはいけない。夜が明けたら直ちに雪下ろしをしなくてはならない。いやそれまで待っていられない。未だ薄暗いうちからシャベルを手に屋根に登らなくてはいけない。
 
 私の田舎は平野部に位置していたので積雪は比較的少ない方だが、それでも数年に1回は大雪に見舞われた。中でも昭和38年(1963年)、私が中学3年生のときの大雪は後に「三八豪雪」と呼ばれ、自衛隊が災害出動し2週間近く町に駐屯したほどの記録的なものだった。

 それは猛吹雪で始まった。授業が午前中で打ち切られ、集団下校となった。隣接した小学校の生徒も一緒に、地区ごとに1本の綱につかまり、先生の先導で10メートル先が見えない吹雪の中を帰宅したのを覚えている。学校は臨時休校になったが、遊んでいられなかった。家にいた唯一の男手として、母と手分けして薄暗くなるまで雪下ろしをした。
 
 祖父の代の機織業の名残で家は大きかった。1階が8畳4部屋、10畳1部屋、それに玄関や台所、廊下、土間。そのまま総2階の造りであったから屋根の面積も相当なもんだ。大きい家は夏は涼しく快適である。しかし冬は最悪だった。寒いだけでなく、雪対策に追われる。新潟県の平野部の雪はボタン雪で、湿って重い。60センチの積雪なら上下2段に分けないとさばけない。シャベルで30センチ角に切り取って放り投げる。餅つきと同様、全身のばねを使ってリズミカルに根気よくやるしかない。次第に手足と腰が痛くなってくる。大屋根全面の雪下ろしをようやく終えたかと思うと、最初に下ろしたところは再び積もり始めている。賽の河原の石積みに似て徒労感に襲われる。降り続く鉛色の空を眺めながら、天を、そして大きな家を何度呪ったことか。

 雪は自宅の敷地内に下ろす。当時、町内会で雪を運び出すシステムはまだなかった。我が家は三方に庭や通路や畑があったので困らなかったが、そのスペースがない家はどうするか?道路に面していたらそこに放る。それもなかったら、隣家の敷地に放りこむしかない。もちろんあいさつがあるが、我が家の庭にも隣の家の雪がどすんどすんと下ろされる。折角、雪囲いしたツツジなどの植木も台無しだ。これも近所づきあいと割り切るしかない。雪下ろしが原因で不仲の隣同士を町内でいくつも見聞きした。雪国ならではの悲しい話だ。

 自然は非情である。貧しき者の上にも富める者の上にも等しく雪を降り積もらせる。どこの家でも住まいがつぶれないよう、誰かしら屋根に上がらざるを得ない。それができない家庭は親戚に助けてもらうか、最後は人夫を雇うよりほかない。雪が降り続くと人夫も奪い合いになり、ここでも喧嘩が起きる。当時は日当のほか、終了後は風呂を用意し、酒食のもてなしをした。物入りなことおびただしい。大雪になって喜ぶのは農家や建設・土木関係の冬季休業状態の人だけである。雪下ろしだけでなく、国鉄上越線の雪かき要員としても引っ張りだこであった。

 あれから43年。今では除雪の道具や機械も進歩し、町内共同作業の運営もずいぶん工夫されているようだ。ここ数年は雪下ろしのボランティアもあちこちで組織されていて、お年寄り世帯を助けている。

 三八豪雪から5年ほどして、我が家は兄の仕事の関係で千葉県は南房総に引っ越した。土地の民謡に「冬でも菜種の花が咲く」と謳われる温暖の地である。その年の冬、母に「新潟に帰りたくないかね」と問うたら言下に、「雪の苦労を思うと“ざわざわ”するわ」という答えが返ってきた。「ざわざわする」は寒気がするとか身震いするの意で、対象への嫌悪感を表す方言だ。「新潟から見たらここは極楽さ。あったかいし、毎日いい天気で、洗濯物もすぐ乾くし」と付け足した。

 大学の教養課程の人文地理で新潟の気候について教わった。冬の山間部での降雪量の多さ、打って変わった夏の暑さ。この二つが稲作に必要な水の供給と高温多湿を保証し、米どころ新潟県が成り立っているのだと言うS教授の解説は説得力があり、雪の有用性は分かった。それでも、過ぎたるは及ばざるが如しだ。今冬の大雪による死亡者は7日夕方現在、15道県で63人に上っているという。痛ましいことだ。源実朝が「時により 過ぐれば民のなげきなり 八大竜王雨やめたまへ」と歌ったように、今大雪に見舞われている人たちは冬将軍に向かって「雪やめたまへ」と言いたい心境に違いない。


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