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かくてありけり
38 百科事典
2006年1月15日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
▲ 廃棄の札が貼られた平凡社の世界大百科事典。老兵は消え去るしかない。
▲ 電子版の世界大百科事典。インストールディスク(上)と検索デスクの2枚構成。
 大阪に勤務していたときのことだから、もう1年も前の話だ。支社のエレベーターホールにスクラップブックなどと並んで大部の書籍の束が「廃棄」の札を張られて積んであるのに気づいた。一瞬目を疑ったが、それは見覚えのある平凡社の世界大百科事典だった。

 春に支社の各部レイアウト変更が予定されていて、その工事開始を前に「不要物整理!」の号令が掛かった。それを受けての廃棄資料の山である。「それにしても百科事典をねー」と思った。通りかかった当該部の年配の記者に、なぜ廃棄するのか尋ねた。「古くなって役に立たない。これを置いとくと間違いのもとです」との言葉が返ってきた。確かにこの事典は1972年刊行だから、彼が担当する考古学の分野でも高松塚古墳、藤ノ木古墳、山内丸山遺跡、間脇遺跡、吉野ケ里遺跡、法隆寺の再建論争など、この30年余りの成果は盛られていない。なるほど。

 同じセットは我が家にもある。74年初夏、1回目の地方勤務を終え東京へ戻ったとき、転勤旅費がいくらか残ったので、それを頭金にしてローンで買ったものだ。酒を喰らってばかりではいけないと思ったのかもしれない。独身で余裕もあったのだろう。中山俊明さんの知人のつてで購入したが、それでも30万円近くしたような気がする。縦長の専用書架に納まった74年版は全32巻と補遺1巻、それに地図帳が付いていた。総重量ざっと60キロ。

 写真部の仕事は間口が広い。カメラマンは日替わりで政治、経済、社会、外信、文化、科学、運動の全ての部に付き合い、それぞれの分野のニュースを写真で表現しなくてはならない。取材テーマについて一通りの理解が必要だ。浅くてもよい、広く知っていた方がよい。新聞を熟読する一方で、知らないことはいつでも、自宅でも調べられるようにしておきたい。百科事典で全ての用が足りるとは思えないが、取っ掛かりにはなるだろうと考えた。

 “大百科”を使い始めてしばらくして気づいた。下世話なものは取り上げていないのだ。あるとき「空飛ぶ円盤」を引いたが載っていない。「UFO」でも「未確認飛行物体」でも見当たらない。UFO目撃の歴史やタイプ別分類などがあればと期待したがダメだった。購読者アンケートにそのことを感想として書いて出したのを覚えている。百科事典は各分野の専門家を集めて編集した膨大な知の体系であり、その基本姿勢はアカデミズムであることを知った。したがって空飛ぶ円盤など得体の知れない際物的なもの、いまだ学問として認知されていないものは扱っていないのだ。当然、新しい流れや時事ネタも反映していない。

 それから四半世紀後の2000年秋、私は日立デジタル平凡社の電子版世界大百科事典(プロフェッショナル版)を約3万円で買った。これは85年ごろに新しく刊行した紙版の内容を98年に電子化した第2版だ。内容的には97年までの時事ネタを追補している。CD1枚に収めたベーシック版なら2万円弱で、紙版が28万3500円(税込み)だから約14分の1。重量比では4000分の1という。出版物の価格に占める紙代、印刷・製本代、配送費の比重の大きさがよく分かる。

 電子版を使ってみると、検索性は凄い。内容もその後の変化や進歩を反映している。74年版には無かった「インターネット」がある。「UFO」も載っていた(私の声が届いたのか?)。しかし全般に図版の貧弱なのは残念だ。紙版では別刷りのカラー写真やイラストを見るのが楽しみであったが、それが採録されてない。テキストに特化した印象がある。同じ電子版の小学館の「日本大百科全書」がマルチメディア指向であるのと対照的である。

 後日、大百科を廃棄した編集部の副部長に、紙版の百科事典の購入予定を尋ねたら「もう買いません。個人で電子版を購入している部員も多いですし」との返事だった。いまどき2万円なら、記者たるものは自分のパソコンに身銭で百科事典をインストールしておくのは至極当たり前なことなのだ。時代は変わった。

 時間とともに内容が古くなってしまうのは書物の宿命である。我が家の百科事典は私も子供たちも親しんできたが、20年も経過すると、それ自体がタイムカプセルになりつつあるように感じていた。そんなとき、山根一真氏が「ある時代のことを調べるには、まずその時代に出版された百科事典を調べることだ」と父に教えられたと書いていて、我が意を得たりと思った。

 「百科事典は永久に修理中だ(バートランド・ラッセル)」の言葉が示すように、辞書にはこれで完成ということがない。古びないよう、持続的な改訂が不可欠だ。大百科も年鑑という体裁で補遺が毎年発行されていた。私も数年間は購入していたが、専用書架が満杯になった時点で打ち切った。時事物は「現代用語辞典」や「世界年鑑」の方がはるかに使い勝手がよい。ともかく紙ベースの改訂は出版社にとって負担が大きい。それを救うのが電子化であり、インターネットへの展開であったが、平凡社は立ち遅れたようだ。現在、紙版はこれまで通り平凡社で、電子版・インターネット版は日立システムアンドサービス社が扱っている。

 後者の運営する「ネットで百科@Home」  http://ds.hbi.ne.jp/netencyhome/は便利である。基本的には有料なのだが、お試しコーナーがあり、無料で検索ができる。ただし時間は3分間のみ。3分過ぎるとデータベースとのつながりは切れてしまう。さらに調べたいなら再びアクセスしなくてはならない。適切なキーワードを選べば結構使える。

 いずれにしろ今は過渡期なのだと思う。その中で私が注目しているのは、利用者がネット上に作るフリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」である。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/
成立から運営までインターネットならではの発想と方法で行われている。試しに「姫路城」を引いて、その詳細な記述に驚いた。情報量は平凡社の電子版百科事典の数十倍もあるし、写真や図解も入っている。日に日に成長しているようで、今後の発展が大いに期待される。

 さて我が家の紙版の大百科の運命はどうなっただろうか?今のところお払い箱にしていない。プロフェッショナル版には1930年版大百科事典(全27巻)を収めたCDが付いてきた。これで私は3つの時代の百科事典を手にしているわけで、比較する楽しみに紙版も残しておくつもりだ。
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