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「血の月」を追いかけて |
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2014年4月19日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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1年以上もエッセイをお休みしてしまいました。すみません。そのもともとの原因は2007年の山火事にあるのですが、それから農園を復旧させ、生活を立て直すことで、必死の作業をし、そのためにストレスが頂点に達したままの日々が続いたのです。
でもようやくなんとかそこから抜け出せる目処がついてきました。それでエッセイ執筆に復帰しようと胸を膨らませたのですが、焦るばかりでなかなか書き出せません。書きたいことは山ほどあるのですが、頭と時間の調整がまだうまくできないのです。なんだか歌を忘れたカナリアのようです。でも、とにかく取りかかることにしました。たいへんにぎこちない文章ですが、復帰第1号として大目に見てください。
* * *
今月14日から15日にかけて、月食がありました。それもただの月食ではない。皆既月食なのですが、ただの皆既月食でもない。なんと、月が赤く見えるようになる月食なのです。その赤とは、ブラッド・オレンジのような深い赤で、Blood Moonと呼ばれます。(それを日本語では「ブラッド・ムーン」とカタカナ英語で呼ぶそうですね。どうして「血の月」と日本語で言わないのでしょう?)
まだ若かった頃、一人でローマへ行ったときに泊まったペンジオーネの食堂で、生まれて初めてブラッド・オレンジなるものを見て、その毒々しいほどの深く濃い赤にびっくりしたものです。月食の際に、月がそれと同じような色になると、ラジオやテレビでさかんに宣伝(?)されていました。そんな珍しい月食を見逃すのは惜しい気がします。
でも、心配なのはお天気。何しろ我が家は海のすぐ近くにありますから、いまごろは霧が空を覆うことが多いのです。夜の11時半ごろ、2階のパティオに出て空を見上げると、大丈夫、空は晴れています。再び午前12時過ぎに出てみると、月食が半分ほど始まっているのが見えます。でも月はあんまり赤くはありません。赤くなるのはもっともっと遅くなってから、とラジオで言っていましたから、ちょっと一眠りしておこう、と思って長椅子に横になりました。
ふと、目が覚めると、3時半近くです。あら、たいへん、と起き上がってパティオに飛び出すと、霧が張り込めていて、月はおろか、すぐ近くの外灯もくすんでしか見えません。なんと残念な…
でも、霧は海岸から遠ざかれば遠ざかるほど薄くなっていきますから、内陸のほうへ行ったら、晴れているかもしれません。さいわいにも、我が家のすぐ近くには、まっすぐ東に(つまり内陸のほうへ)向かう高速道路があります。ちょっと内陸のほうへ行ったらブラッド・ムーンが見えるかもしれません。
「ちょっと月食を見に行ってくるわ」と連れ合いに声をかけていこうかとも思いましたが、彼はぐっすり眠っています。こんなことで起こすのも可愛そうなので、そのまま何も言わずに出かけることにしました。
時間が時間ですし、霧が出ているので、辺りはシ〜ンとしています。見通しが悪いので、スピードは出せませんし、ほかにどのくらいの車が走っているのかもよくわかりません。私は制限速度以下のスピードで、緊張しながら東へ向かって車を走らせました。
これよりもっともっとひどい霧の中を運転したことがあります。映画と夕食を済ませた帰りで、高速道路に乗った途端、霧が深くなったのです。文字通り、一寸先も見えません。それで窓を開けて頭を出し、脇の車線のマークを見ながらのろのろ、のろのろ、何マイルも運転しました。高速の出口も、直前まで行かないと見えないほど、深い霧でした。こわかったですよぉ…
月食の夜の霧はそれほど深くはありませんでしたが、やはりこわいです。霧の中でもスピードを出して無謀に運転する人がいるからです。5マイルほど行きましたが、ゆっくり運転して来たので、もっと遠くへ来たようなきがしました。でも、霧はさほど薄くなっていません。かなり奥まで霧が出ているのかもしれません。それなら諦めよう。
次の出口から高速道路を下りて道路の上を渡り、帰る方向に向かおうとしたとき、そこは地面から少し高くなっているからでしょう、霧が薄くなっていて空が見えました。見上げると、月も見えるではありませんか。でも月食は終っていて、色もいつもの白っちょい普通の色でした。
がっかりしただろう、って? いえ、それがそうでもなかったのです。夜明け前のこんな時間に、霧の中を車で走って血の色の月を見ようと一生懸命になった自分が、おかしくもあり、いとおしくさえ感じられたのです。そしてこんなことができるというのは、それだけストレスから解消された証拠。そのことにとてもうれしくなりました。
私が見逃しても、ブラッド・ムーン現象はちゃんと起きたのだから、なにも問題はない――そう思うと、すっきりしました。
ロサンジェルスに住んでいる友人は、月食を見に、グリフィス天文台まで行ったそうです。天文台は混雑していたとか。上には上がいるものですね。
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