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かくてありけり
39 ホケマクイ
2006年2月15日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 昨年12月17日付朝日新聞の投書欄「声」に佐賀県の方言「ホケマクイ」が載っていた。その言葉が表す風習が他の地域にはない独特なもので、近来になく面白かった。投書欄の編集長も月ごとの総括の中で、驚いたとコメントを寄せている。投書主は神奈川県寒川町に住む飛石さんという61歳の男性で、町議会副議長も務めた人だ。以下に引用する。

 「昭和20年代後半、農家の我が家では、正月用の餅をついた。餅つきは早朝から夕方までかかる大行事。親類が集まり、土間で4人がかりで石臼でついた。子どもたちも手伝いをしたかったが、石臼の周りは4本の杵(きね)が振り下ろされ、極めて危険。そこで「ホケマクイ」の登場となる。

 祖母が幼い私に言う。「隣に行ってホケマクイを借りてきて」。私は役立つことがうれしくて、いそいそと隣の家へ借りに行く。私の郷里・佐賀では、ホケとは湯気、ホケマクイとは湯気を絡め取る器具のこと。まだ見たことがない。「ホケマクイ貸して下さい」。おばさんが出てきて、「隣に貸したままになっている」。次の家に借りに行く。しかし次の家も同様だ。こうして私はホケマクイを求め近所を一巡する。

 つまりホケマクイとは、餅つきの危険から子どもを守るために先人が考え出した幻の器具だった。子どもを餅つきから排除するのではなく、手伝っていると思わせる先人の知恵だった。もうすぐホケマクイの季節がやってくる」

 読み終えて私は唸った。何とも浮世離れした、民話の世界のような話ではないか。想像が膨らむ。疑問も湧く。昭和20年代後半の農村では、たとえ小学校1〜2年でも家の中で役割分担があり、お使いは慣れていることだろう。それが手ぶらで帰らざるを得なかったとき子どもは何と言い、大人は何と声を掛けて迎えるのだろうか。出来たての餅をぱくつくころには子どもはホケマクイのことなど忘れてしまうだろうか。
 子どもたちはホケマクイがこの世に存在しないものだといつ気付くのだろうか?サンタさんの正体がパパやママであることに気付くように、ホケマクイの正体を知るときがいつかやってくる。一度経験した年長の子が年少の子に“真実”をばらすことはないのか?ホケマクイを借りに行かせられるのは一度きりなのか、それとも子どもが感づくまでは毎年続けられるのか?時代は変わって今でも受け継がれているのだろうか?

 昔から子どもを危険から遠ざける仕掛けはあった。たいていは「それをしないと恐ろしい目に遭うよ」とがんぜない子どもを脅すのである。私が小学校1年のとき、校長先生はまじめな顔で訓示した。「戦前まで信濃川には河童が住んでいて悪さをしました。皆さんも深いところや、流れの速い危険なところに近づいてはいけません」と。水の事故の原因を河童という妖怪のせいにするのである。夏、裸ん坊の子どもに服を着せる口実として「雷さまにへそを盗られないように」と言うのも同様である。
 
 小さい頃、夜8時を過ぎても寝たがらない私に母は言った「早く寝ないと“もんもんじー”がくるよ」と。それを聞いて私がすぐ布団に入ったかどうかは定かでない。もんもんじーの正体も分からないままだった。後年、広辞苑に「ももんじい」を見つけて、「ああ、これだったか」と直感した。例文に式亭三馬の浮世風呂の「早くねんねしな、ももんじが来るよ」とあって、正に母の口ぶりと同じであった。一義的には、ももんじいは「モモンガア」のことで、リス科のムササビを小さくしたような夜行性のほ乳類だ。それが転じて、夜に出没する毛むくじゃらの妖怪「百々爺」となり、子どもを早く寝かしつける脅しの道具になったようだ。
 
 ホケマクイでは子どもは狂言回しのネタにされるが、脅しの気配はない。この風習は一種の通過儀礼である。「ボーッとしている人」や「お馬鹿さん」を「ホケマクイ」とも呼ぶそうだが、ホケマクイの存在を信じている善良な人なのだろう。

 この風習には合理性だけでは割り切れない生活の知恵がうかがえる。これが存在する背景に地域共同体の一体感があることが想像できる。子どもたちが大人になって故郷を離れても、思い出すたびにほのぼのとした温かいものが込み上げてくることだろう。
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