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ボーダーを越えて
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
2011年12月25日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 2005年のキャロルとエド。
クリスマスイブの前日、馴染み深い箱の配達があった。ウィスカンスン州ラシーン(Racine)からのクリングル(Kringle)で、注文人は「スティカ夫婦の子どもたち」とある。馴染み深いのは、スティカ夫人であるキャロルが毎年私たちに届けてくれたからだ。

なんということか… その前日に、私たちはキャロルの哀悼式に出たばかりだった。

キャロルの連れあいのエドは、その8ヵ月前に他界している。それでクリングルの配達はもうおしまいだと思っていた。

クリングルというのはデンマーク系のペイストリーで、アーモンドやピーカンのナッツをつぶしたものが詰まっているリッチなものだ。ラシーンで生まれ育ったデンマーク系人のキャロルが、私たちに毎年クリングルを届けるようになったのはいつのことだったか、はっきり覚えてはいないけれど、夫のエドがラシーンで大腸癌の治療を受けているとき、我が連れ合いが毎日ファックスでアボカド状況を知らせて励ましたときからだったような気がする。それは15年ぐらい前のことだったと思う。とすると、15年間もクリングルを頂戴し続けてきたのだ。

スティカ夫妻との出会いは、それよりさらに5年ほどさかのぼって、アボカド世界会議の一環として、メキシコとグアテマラへアボカド視察に出かけたときだ。どこを視察しても、スティカ夫婦はバスに乗り込むのが一番最後で、必ずその場のホストたちに丁寧にお礼を言っていた。そういう仕草がごく自然に彼らから溢れ出るのだった。そういうエドとキャロルの姿を見ていて、謙虚で感謝の気持を持つことのすばらしさ、そしてそれを表現することの大切さを、私は教えられた。

エドはウィスカンスンの大病院の病院長も務めた泌尿科の医師で、キャロルは看護師でもあり、エドが個人医院を開業したときには、経営を受け持った。彼女は、健康保険を持たず、医療費を払えない患者には特別措置を施して、少しずつ払えるだけの料金の分割払いを考慮したという。エドは自分の年齢を感じ始めたとき、きっぱり退職した。「ヘンな誇りに固執して、いつまでも手術に関わったりしていたら、患者を殺してしまうような事故を起こしかねないから」と、私に説明してくれたことがある。退職してアメリカのアボカドの都といわれるカリフォルニア州フォールブルック(Fallbrook)に住居を構え、アボカドの栽培に手がけるようになり、我が連れ合いと仲良くなった。我が連れ合いが交通事故で大怪我をし、大変な思いをしたときには、私たちはどんなにエドに助けられたことか。そのことは一生忘れられない。

哀悼式や葬儀のことを、アメリカではよく celebration of life という。亡くなった人の人生を称えよう、という意味なのだろう。だから、教会で式が行われても、お祈りや神父さんのお話だけでなく、家族や友人たちが自由にその人について語る。だから、こういう言い方はおかしいかもしれないけれど、亡くなった人の人柄や生き方がわかっておもしろい。キャロルの長女が、「死によって生について学ぶことができる」と言ったけれど、ほんとうにそのとおりなのだ。

エドの哀悼式の日、私は大火事後の状況や年老いていく連れ合いのことで不安で愚痴っぽい気分になっていたのだが、エドがどんな人に対してもやさしい好奇心を発揮した話を聞き、彼の思い出に私の心は温められ、不安にとりつかれていることがばかばかしく感じられてきた。そして哀悼式が終わったときには、私は幸せな気分になっていた。

エドの哀悼式で、出席者の心が和むように心配りをしているキャロルが、最後に私が見た彼女の姿だった。彼女の哀悼式で私が流した涙は、悲しみというより、彼女の人柄に触れることができた感動のためだったような気がする。

キャロルは亡くなる前、5人の子どもたちひとりひとりの顔を両手で包んで、“I love you”と言ったのだそうだ。私はそんなふうに平穏にこの世を去ることができるだろうか… 

数ヶ月前、遠い親類が亡くなった。もともとむずかしい人だったが、最期が近づいたころには、最愛の一人息子も手に負えないほど意地悪で、ときには凶暴にすらなったそうだ。彼女が亡くなってから、身の回りの後始末をした息子夫婦は、彼女があちこちに怒りや不満の殴り書きしたのをみつけて、唖然としたという。そういう人が、平穏にこの世を去るなんて、できるはずがない。

いい死に方をするには、普段、やさしさを持っていい生き方をしていなければならないのだろう。キャロルの哀悼式でつくずくそう思った。

哀悼式の翌日に届いたクリングルは、エドとキャロルの生き方が子どもたちにも続いていることの証しだ。

メリークリスマス!

私たちが箱を開けたとき、エドとキャロルがそう言ってくれたような気がした。


[追記]エドのことは、以前、この欄で、61「思わぬ道草(15)もつれた糸」で触れたことがあります。
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