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かくてありけり
41 硫黄島の星条旗
2006年8月31日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 8月21日朝、自宅で朝刊を開いた私の目を引いたのは死亡欄のわずか1段の写真であった。それは第二次大戦で日米両軍が死闘を繰り広げた硫黄島の摺鉢山に星条旗を掲げる米海兵隊員らの写真であった。撮影者のジョー・ローゼンソール元AP通信社カメラマン(94歳)の死去を報じるのに本人の顔写真ではなく、作品そのものが掲載されたのだ。

 旗のポールが画面の左上から右下に斜めに走り、上部では旗が翻り、下部では分解写真のように少しずつ傾き具合が異なる海兵隊員ら6人の輪郭が流動感を出している。画面は裏返したZの字のようで、安定感と躍動感を感じさせる完ぺきな構図である。全米の新聞と雑誌の一面や表紙を飾ったこの写真はその年のピュリツアー賞を受賞し、その後もあまたの教科書や歴史書に引用され、米郵政公社の切手にも2度にわたって登場している。まさに歴史的な写真と言って良い。

 この資料写真は残念ながらわが社からは出稿されなかった。ニュースのキャッチが遅く、深夜になって記事が出たが、写真は間に合わなかった。写真は前日午後4時すぎにはAP通信から入電していた。それに気付かなかったのは、歴史的な出来事に対する編集者の感度が鈍いためではないかと懸念する。
 この写真には報道写真に携わる人なら常識としてわきまえていて欲しい幾つかのドラマがある。この場を借りておさらいしてみよう。参考にしたのはAPの記事と、星条旗の掲揚に加わった兵隊の1人の息子、ジェイムズ・ブラッドリーが書いた「硫黄島の星条旗」(文春文庫)である。
 ※写真は下記サイトで閲覧できる http://www.iwojima.com/raising/raisingb.htm

▽ローゼンソールの撮ったのは2回目の掲揚
 硫黄島への攻略開始から5日目の1945年2月23日午前10時半過ぎ、米海兵隊は摺鉢山の頂上に137センチ×71センチの星条旗を掲げた。ここに居合わせたカメラマンは海兵隊のルイス・ロワリー二等軍曹。ロワリー軍曹は隊員にポーズを付け何枚か撮った。

 その旗が午後に別の旗に替えられたのは、記念すべき旗を大隊で保存するためと、島のどこからでも、また周囲の海上の艦船からも見えるようにもっと大きな旗が必要とされたためだ。島の周辺に待機するLST(戦車揚陸艦)から調達された旗は、日本軍の真珠湾奇襲攻撃で沈没した駆逐艦から回収されたものと言われ、244センチ×142センチの大きさであった。

 新たに編成されたチームが旗を持って山頂に向かった。そんなこととは知らないままAPの従軍カメラマン、ローゼンソールは海兵隊のカメラマンのボブ・キャンベル一等兵とムービーカメラマンのビル・ジェノースト軍曹と一緒に山頂を目指した。途中、下りてきたロワリー軍曹と出会った。ロワリー軍曹は旗の掲揚は終わったと伝えた。がっかりするローゼンソールらに、上からは港がよく見えるので登った方がよいと勧めた。

 3人が正午すぎに山頂に着くと、確かに星条旗がはためいていた。その近くで海兵隊員が大きな旗をポール代わりの古い配水管に結んで掲揚の準備をしているのに気付いた。ローゼンソールは最初の旗が下ろされるところと2枚目の旗を絡めた写真を狙おうとしたが、キャンベル一等兵がそのカットを撮ったため、あきらめて別の場所に移った。

 位置を決め、高さを稼ぐため(彼は身長165造半柄だった)石や砂袋を60センチの高さに積み上げ足場とし、愛用のスピグラ(米グラフレックス社製スピードグラフィックカメラ)をシャッタースピード400分の1、絞りをF8と11の間にセットした。後から来たジェノースト軍曹が右脇に立ち「邪魔にならないかい?」と尋ねた。「大丈夫だ!」と応えるのと同時に視野の片隅でポールが上がり始めたのに気づいた。「始まるぞ!」と叫びながらあわててスピグラを構えファインダーを覗かずにシャッターを押した。ヨコ位置で撮られた原画の左と上にスペースが空いて、下が窮屈なのはそのせいであろう。彼自身、ちゃんと写っているかどうか自信が持てなかった。
 旗の掲揚後、押さえのカットとして背景に島の海岸線を入れ星条旗の前に隊員を配置して、ヘルメットや銃を掲げ手を振ったり歓呼の声を上げるおきまりの集合写真を撮った。
下山して時計を見たら午後1時5分であった。

▽撮影から配信までの奇跡的な速さ
 取材を終えたローゼンソールは司令船に戻り、説明を付けたフィルムを軍の郵便物輸送機に託した。フィルムは翌日にはグアムの軍のプレスセンターに運ばれ、共同現像所で処理されプリントされた。一連のプリントの中にこの写真を見つけたAPの写真デスクは「いまだかってない写真だ」と声を上げて、直ちにニューヨークのAP本社に無線電送した。
 
 現地時間23日午後1時前に撮影して送信完了は24日夜(米東部標準時24日午前7時すぎ)。所要30余時間。戦場、それも拠点のグアムからでも1000前幣緡イ譴薪腓僚侏荵であることを考慮すると、当時としては奇跡的な速さである(ちなみにサイパン戦の写真は戦闘が終わってからたっぷり8日経ってから本国に届いたという)。結果としてローゼンソールの写真は、ロワリー軍曹の撮った最初の星条旗の写真より早く本国に届き、25日付け日曜朝刊各紙に大きく掲載され大反響を呼んだ。

▽「やらせ写真」との中傷
 ローゼンソールの撮った星条旗は「代わりの旗」であり、当事者には意義は薄いものだ。しかしその写真が本国へ先に届いたことと、写真的なインパクトの両方があいまって、あっという間に国内外に広まり、読者の目に焼き付けられた。その結果、これが最初に掲げられた星条旗という誤解を生んでしまった。ただ、彼は司令船に戻った際、APの同僚記者に旗は2回掲揚されたことと、その2回目を撮影したことを伝え、記者はそれを記事にして打電している。

 グアムに戻った彼にある記者が尋ねた。「あの写真はポーズをつけたのかい?」。記者のいう写真とは星条旗を掲げる場面を意味したのに、現像結果をまだ見てなかったローゼンソールは、てっきり集合写真のことと思って「そうだ」と答えた。これを聞いたタイムの記者がNYの編集者にローゼンソールは星条旗掲揚の撮影でやらせをやったと報告した。それを基にタイムのラジオ番組が告発した。後日、ローゼンソールの抗議にタイムは内容を撤回し謝罪文書を出したが、一旦流布したものはなかなか消えず、やらせカメラマンとの中傷がずーっとついて回った。現場に居合わせた当事者の証言と、隣で撮影したジェノースト軍曹の映像からもやらせでないことは証明された。

 彼は後に「一生に一度だけとてつもない大仕事に恵まれた」と幸運を喜ぶとともに「もしポーズを付けたらダメにしただろう。私なら人数を減らしたり、全員を識別できるように顔をカメラに向けさせたりしてしまい、結果としてあのような写真にはならなかっただろう」と語っていた。

 ローゼンソールの仕事を振り返りながら、私は報道写真における決定的瞬間と記念撮影的集合写真の峻別の大切さを再確認した。
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