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縁の下のバイオリン弾き
118 安岡力也の生涯
2015年10月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ジョン・レノン 自画像
安岡力也という名前を聞いてすぐだれだかわかる人はあまりいないと思う。かれはもともと「シャープ・ホークス」というグループサウンズのメンバーだった。グループサウンズ花盛りの60年代の話である。

「シャープ・ホークス」というのはグループサウンズといっても初期のものだったのだろう。楽器をひかず、歌だけ歌う4人組だった。しかもちゃんとハーモニーを重視して一人一人が別々のパートを歌うようになっていた。安岡力也はバスで野太い声で歌っていたが、歌が下手だからそれがばれないように目立たないバスを歌っているのだろうと私はかんぐっていた。

大きな男でなかなかハンサムだったが、踊っているところなどは鈍重な感じでお世辞にもうまいとはいえなかった。

私は多分横浜駅ビルにあったジャズ喫茶(というのが当時の呼び方だった)で彼らの歌を聴いたのだったと思う。生身のシャープ・ホークスを見たのはその一度だけだった。彼らを見にいったのではなく、当時人気があった「ワイルド・ワンズ」の前座として出演したのを見たのだったと記憶している。

なぜ安岡力也の名前だけ覚えたのかわからない。それから20年もたって伊丹十三の映画「タンポポ」(1985)に出演しているのを見て驚いた。 土建屋かなんかの役であぶらぎった中年男になっていた。これがあの安岡力也か、と感無量だった。

どうして感無量だったかといえば、私は23歳で日本を離れてから日本の芸能界にはまったくうとくなって、たまに紅白歌合戦のビデオを見ても知らない人ばかり、という情けないことになっていたからだった。いよっ、おひさしぶり、という感じだった。

彼が映画やテレビでどのような活躍をしていたのか、まったく知らない。私にとってはシャープ・ホークスのひとり、という思い出の中の存在だった。そのくせ、シャープ・ホークスの他のメンバーについてはそのころから興味がなく、名前も知らなかった。

2012年にガンでなくなった。私と同年輩だからまだ死ぬ歳でもなかったのになあ、と思う。


そのショーの本命だったワイルド・ワンズは加山雄三が名付け親だった。加山はそのころ日本で一番人気のあった歌手で、ビートルズが来日した時ただひとりホテルに彼らを訪ねることができた。かれは英語ができたので会話にはこまらなかったようだ。その時にビートルズがインストルメンタルの曲を演奏したかテープをまわしたかして、どういう題名にしようかと相談していたそうだ。加山は「ワイルド・ワン」という題名が頭に浮かんだのだけれど、気後れして言い出せなかった、と自分で書いていたのを私は雑誌で読んだ。それからしばらくして加山の後輩の加瀬邦彦がバンドを作ったときに「ワイルド・ワンズ」という名前を贈ったのである。

その加瀬邦彦が今年自殺した。咽喉ガンだったそうだ。名付け親の加山雄三は80近くになってまだ元気で活躍しているのに、加瀬がそんなに悲観したのはかわいそうだ。74歳だった。

奇しくも今年は元ビートルズのポール・マッカートニーが来日して4月21日に京セラドーム大阪で公演している。加瀬はその前日にみずから命を絶った。半世紀前のビートルズの来日が加瀬のバンドの名前に関係があるなどとはポールは知らないだろう。

ビートルズの来日は1966年のことで、ワイルド・ワンズはまだ結成されていなかった。彼もメンバーの一人だった「寺内タケシとブルージーンズ」がビートルズの前座をつとめることになっていたのに、厳戒態勢のもと、前座バンドはかんじんのビートルズの演奏を見られないことがわかり、加瀬はブルージーンズをその場で脱退して念願のビートルズのショーを見たそうだ。

彼はヤマハのカスタム・メードの12弦のエレキ・ギターをひいて独特のサウンドを出した。12弦ギターはアコースティック・ギターとしてはよくあるものだけれど、エレキではめずらしい(と思う)。

私がワイルド・ワンズを見たのはたぶん1967年ごろのことだったろう。ただ一度だけだった。


自殺といえば2009年には加藤和彦が自殺した。私が知っているのは「フォーク•クルセダーズ」のころの彼だ。でもその後の彼の活躍はなんとなく耳にしていた。あれだけ才能がある人でも鬱(うつ)病で自殺しなければならないところまで追い詰められていたのか、とびっくりした。

その前年にはゴールデン・カップスのリーダー、デイヴ平尾がなくなっている。私は同じ横浜のジャズ喫茶でゴールデン・カップスをやはり一度だけ見たことがある。彼の死因もガンで63歳だったそうだ。

そのときの前座はモップスでサイケデリックな服(といってもわからないと思いますが)を着た鈴木ヒロミツがボックス・トップスの「ザ・レター」なんかを歌っていた。

その後いつごろだったか、日本に帰ってテレビでバラエティ番組を見ていたらいいおじさんになった鈴木ヒロミツが「あぶら、おいしいですよねー」などと言っていた。すぐにモップスのボーカルだとわかったけれど、その変貌ぶりに驚いた。

私はあぶらがおいしいなんて思ったことはない。なんのことかと思ったら、あぶらそのものではなく、油脂を使った料理、つまりからだにわるい料理をひかえることはなかなかできない、といった話をしていたのであった。

それがテレビで鈴木ヒロミツを見たただ一度の経験である。ところがこの人は2007年に60歳でなくなった。美食家だったそうで、それで番組であんなことを言っていたのだろう、となっとくがいった。彼の死因もガンだった。60歳はちょっと早すぎる。

なんでこんなになくなったミュージシャンの話ばかり書いているのかというと、それにはわけがある。加藤和彦は見たことがないけれど、他の人々はただ一度だけ見たことがある、というところに注目していただきたい。

なぜただ一度だけだったか、というと私はこれら草創期の日本のロック・ミュージシャンをまともに受け止めていなかったからだ。彼らを軽く見ていた。ジャズ喫茶に行ったのだって、片手で数えられる回数だっただろう。

もちろん当時日本の音楽界を席巻したこれらグループサウンズは、私といえども影響を受けないわけにはいかなかった。

うちの父はロックなんか何にもわからない人間だったが、テレビでタイガースが歌っているのを見て、「きっとずいぶんかせぐんだろうなあ。親にいい目を見させているんだろうなあ」とうらやましがっていた。高校生だった私は不満で「ふん、歌って踊るのがそんなにいいのなら明日にでも学校をやめてやる」と思ったが口にはださなかった。学校をやめるなんてことを親が許すはずはないと思ったからだ。

私にしてもタイガースがうらやましくないわけはなかった。それはそうだろう、勉強なんかやめて好きな音楽にうちこんだ結果、大変な人気をほこるアイドル・グループになった。10代の男の子にとって、これ以上はない夢の実現だった。自分もそうなりたいと思わないほうがどうかしている。

私はロックミュージシャンというガラではなかったし、声変わりのあと、歌は歌えないものだと思いこんでいた。しかしロックに美声は必要ない。当時人気絶頂だったモンキーズのデイヴィ・ジョーンズ(この人もなくなりましたね)は小柄で私ぐらいの背格好だったから、まったく希望がないわけでもなかったのだ。

私は自分が不甲斐(ふがい)なかった。タイガースは親の束縛なんかどこ吹く風と学校をやめている。そういう勇気がない自分に腹が立った。


ところが私はひねくれてもいて、どこかでこのブームは一過性のものにすぎないと冷ややかに見ているところがあった。こんな栄華が長くつづくはずがない、いずれは人気もしぼんであいつらはもとのもくあみになるにきまっている、と一人できめつけていた。

彼らの歌う曲というのが欧米のロックとは似ても似つかない日本的な音楽でそれには幻滅した。ロックは前衛的であるはずだった。革命的でなければならなかった。それなのにグループサウンズはどうだ。「みずうみに君は身を投げた / 花のしずくが落ちるように…」(テンプターズ「エメラルドの伝説」)なんていいかげんにしてくれ、というようなものだった。

第一私はロックというものは若者の音楽だと心底信じ込んでいた。だからこれらグループサウンズの若者たちが中年になっても同じような音楽をやっているところを想像することができなかった。腰痛に悩むじいさんになってまで長髪をふりみだして歌うわけにはいかないではないか。

そして私は「すっぱいぶどう」よろしく、歌う音楽を失い、人気がなくなっていく彼らの没落を予見していたのだ。

私は知らなかった。音楽に年齢はないということを。

ジョン・レノンが生きていれば今年で75歳になる。ポールが一人で武道館をいっぱいにするのだもの、ジョンが生きていたらもっともっとすごいことをやったにちがいないと思う。

ミック・ジャガーなんか、あれはカツラなんだろうか、それともただ染めているだけなんだろうか、70歳をすぎても細身のままで、いまだに髪ふりみだして「(アイ・ドント・ゲット・ノー)サティスファクション」を歌っている。腰痛なんかあるようには見えない。

知らなかった…。

私の考えは嫉妬そのものだった。彼らミュージシャンがああいう「自分好みの」生活をして、それがずうっとつづくなんて許せなかった。

そして私はといえば、何をするのかわからないけれど、いずれは「ひとかどの」人物になって彼ら彼女らを見返してやるつもりだった。まるでイソップの「アリとキリギリス」じゃないか。今から考えればお笑いである。

グループサウンズそのものは退潮したけれど、そのメンバーたちのかなりの部分はいろいろな変身をとげて芸能界でしぶとく生き延びたのだった。私の硬直したオヤジ思考をあざ笑うかのように。


でも、そのグループサウンズの連中にしたところで、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)のときばかりではなかっただろう。みなそれぞれ人生の挫折を経験し、人間関係のあつれきにまよい、この世のしがらみに耐えきれない思いをしたこともあっただろう。

そういう顔も名前も知らない人々に対して今の私は同志的な感情を持つようになった。「おたがい大変だったね」とエールを送りたいような気持ちになっている。さあ、これからはゆっくりして…と言いたい矢先、先に述べたような人たちがすでに鬼籍に入ってしまった。私とおなじころに青春を送った人が先に行ってしまうのを見るのはつらい。


私がもし日本にずっといて、毎年何百と出現する新しいスターたちをテレビで見ていたら、とてもとてもこんな感慨は持てなかっただろう。「応接に暇(いとま)がない」とはこのことだ。昨日のアイドルは今日の「過去の人」。「あの人はいま」というような番組にでてこなければ名前も顔も忘れられてしまう。

私は40年もの歳月を他国で送ったから、こんな細かいことまで覚えているのだ。グループサウンズの音楽ははじめから拒否反応だったけれど、それもひっくるめてすべてなつかしい。
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