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143 忘れられない写真
2014年8月15日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
























今日は8月15日です。69年前の1945年、日本が連合国に無条件降伏した日です。戦争の記憶が風化しただけでなく、それに乗じた権力人(びと)達が、日本をまた危険な方向に向けているとしか私には思えない今、どうしてもこの日に書かなくてはいけないものが私にはあります。戦争の記憶と反省です。

上の写真をご覧ください。これはかなり有名な写真ですので、過去にどこかでご覧になったことがある方もおられることと存じます。

この写真は、Joe O’Donnell(ジョー・オダネル、ジョー・オドネル、またはジョー・オドンネル)というアメリカ海兵隊の従軍カメラマンだった人物が、1945年(昭和20年)9月に日本で撮影したものです。場所は原爆被爆直後の長崎でした。

O’Donnell という名前からして、彼はおそらくアイルランド系のアメリカ人だと思われますが、亡くなった時の奥さんは日本人です。坂井貴美子さんという方だそうです。氏は7年前の2007年8月にテネシー州ナッシュビルで亡くなりました。享年85歳で、死因は脳出血だったとのことです。

氏が亡くなった後、妻の坂井さんがこの写真を長崎市に寄贈し、長崎市ではそれを原爆資料館に展示することに決定したということが当時話題になったことがありました。坂井さんと長崎市の決断に私はあらためて拍手を送りたいと思います。

写真では、裸足で粗末な服装をした少年が直立不動の姿勢で幼児をおぶっています。かつての日本の町や村では、こうして弟や妹を背負った子供達の存在というのは、ごくありふれた風景でした。

少年が背負っている幼児は、ぐっすりと眠り込んでいるかのように見えなくもありませんが、実はそうではないのです。少年は、原爆症なのか、他の病気、あるいは栄養失調なのか、ともかく亡くなってしまった弟(たぶん)を背負って、焼き場に来て、多くの遺体を焼却している現場で、じっと自分の番を待っているところなのです。

以下は、オドンネル氏がこの写真をアメリカ空爆調査団のカメラマンとして撮影したときの回想インタビューからの引用です。

<引用開始>

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもを、たすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本ではよく目にする光景でした。

しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。

その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。

<引用終了>

何度見ても涙が出てくる写真と回想ですが、あなたはどうお感じですか? 

これを撮影した氏は、1946年にアメリカに帰国後、1968年まではホワイトハウス付のカメラマンとしてトルーマン大統領を始め、歴代の大統領に仕えました。そして、この写真を含めて軍や政府の意図にそぐわない写真の多くを、ネガのままで自宅のカバンにしまい込んで封印していたのだそうです。

この1枚をはじめ、戦争の悲惨さを伝える写真の多くの封印を解いたのは、氏が1989年に米国内の反核運動に触発されて、そのカバンを開けた時でした。1990年、アメリカで原爆写真展を開催しましたが、ワシントンのスミソニアン博物館での展示は、アメリカ在郷軍人会の圧力に遭って中止になったと聞きます。いかにもありそうなことです。

その後、1995年に、封印を解いた写真を使った写真集、「トランクの中の日本」(小学館)を日本で出版しました。でもその時は、アメリカではまだ出版はできませんでした。

現在の日本では、国家主義的なイデオロギーを声高に唱えている人達が、とてつもなく危険な方向に国民を引っ張っていこうとしていますが、こういう人々は、戦争に不可避のこうした面を思いやる感性と想像力を持っていないのでしょうか? 自分達の利益追求のためには、そんなことを気にしてはいられないのでしょうね。

日本の至宝である日本国憲法を無理矢理変えてまで、戦争を堂々とやることができるような体制を作るということは、この写真のような少年をまた無数に作り出す可能性があるということなのです。

私の世代は、こうした悲惨を伝聞ではありますが、自分達の直前の世代が体験せざるを得なかったこととして捉えることが、かろうじてできた世代です。それだけに、こうしたことと全く縁遠い、後に続く世代の人々に、そのことを如何に伝えるかという大きな責任を負っています。私もその責任を持つ世代として、残された人生の中で、微力ながらできることをしたいと思っております。

戦争が持った加害性と被害性の内、加害性を自虐史観と罵倒して削除したり無視し、被害性のみを強調する風潮がいつの間にか日本社会に蔓延しています。こんなことをしていたら、また戦前のような人間の尊厳や自由を奪われた社会が到来することは間違いないと私は確信していますので、これからも反戦については言い続け、書き続ける覚悟をあらためてしています。

写真の中の、足に浮腫がみられ、自身の健康状態も決してよいとは思えなかった兄の少年は、その後どんな人生を歩んだのか、氏は手を尽くして再会を望んだのですが、ついに果たせなかったと聞きます。あらためて皆さんのご冥福を祈ると共に、この写真を歴史から消さないための努力をされた氏の奥様、坂井貴美子さんに心からの敬意を表します。



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