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かくてありけり
43 続・硫黄島の星条旗
2007年1月1日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 エッセイの第41回で「硫黄島の星条旗」にまつわるやらせの誤解について書いた。続編として、私のもう一つの関心事である写真送信の早さについて書きたい。またその後の調べで分かった修正点や補足事項も記しておきたい。

▽撮影からの所要時間に疑念
 1945年2月23日の昼(現地時間。米東部標準時では22日の深夜)、AP通信のカメラマン、ジョー・ローゼンソールは硫黄島の摺鉢山に翻った星条旗を撮影した。この写真は全米の25日付日曜朝刊一面に大きく掲載された。私の職業上の関心事は、写真撮影から米本土に届くまでの所要時間であった。
 この件をウェブで検索すると有象無象の記事がヒットする。その中で比較的まともなものとして戦後50年の節目で書かれたAPの硫黄島報道の回顧記事、ローゼンソール死去時のNPPA(全米報道写真家協会)の追悼記事、米国版Wikipediaの硫黄島の星条旗特集の3つを選び比較検討したが、いずれも17時間半説をとっている。しかし写真送信が何時に終了したか具体的な記述はなく、いらいらが募る。
 もし17時間半なら、東部標準時23日夕方に届いたことになり、24日付け朝刊に間に合ったはずだ。一方でジェイムズ・ブラッドリーの「硫黄島の星条旗」では、米東部標準時24日朝、APがこの写真を全国に配信する場面が出てくる。これだと30数時間要したことになる。一体どちらが正しいのか?

▽元AP写真部長がまとめた硫黄島の写真集
 その後、ハル・ビュール(Hal Buell)元AP写真部長が、硫黄島の戦いを記録した写真集を2006年5月に出版していることを知り、取り寄せた。「Uncommon Valor, Common Virtue」と題したこの本の巻頭に「偉大なるアメリカ国民、ジョー・ローゼンソール氏に捧ぐ」とあるように、ローゼンソール本人に取材し、彼の写真を中心にまとめたもので、その記述は信頼がおけると思う。
 この写真集に書かれた情報をつなぎ合わせ、一部推測も混じえて得た結論は「17時間半」はグアムから米本土に届くまでの時間であり、APの電送ラインに載った時間ではないということだ。
 当時の事情を知らないと、グアムから本土のAP本社や支社局、ひいては各新聞社に直接写真が送信されたと思い込みがちであるが、途中でワンクッション置いている。どの記事も舌足らずで、そのことに触れていないため、読者に誤解を与えている。現地と本国の時差の存在も話をややこしくしている一因だ。

▽受信地はサンフランシスコ
 ハル・ビュール氏の著書によると、ローゼンソールは午後1時過ぎに摺鉢山から下りてきて、沖合に停泊する旗艦エルドラドに急いで戻った。近くに待機していた水上飛行機に報道陣のフィルムや原稿が渡される。飛行機は毎日1便飛んでおり、この日も夜にはグアムに到着した。フィルムは軍民合同の戦時報道本部に運ばれ、共同現像所で処理された。夜のうちにラボマンがめぼしいものをプリントする。本部に詰めていたAPの写真デスク、ボドキンがローゼンソールの写真に目を留め「いまだかつてない写真だ!」と唸り、直ちに送信準備に入った。
 これがグアム時間で24日未明のことと思われる。報道本部には写真電送機があり、海軍の無線回線で本国に送信され、米東部標準時23日夕刻に届いた。受信地はサンフランシスコ。多分、海軍の施設と思われる。ジェームズ・ブラッドリーの著書をはじめネット上に出回っている記事では、「ニューヨークで受信した」となっており、私も前回そのように書いたが、元AP写真部長の記述の方が信頼できると思う。東海岸のニューヨークより西海岸のサンフランシスコがグアムに近いので、無線電送受信の条件が良いのは言うまでもない。

▽全国配信まで一晩待ちぼうけ
 そこから先、APへの転送、そしてAPから全国の新聞社への配信までには半日余りのロスがある。その理由は、夜になってAPの電送ラインの休止時間帯にかかったのではないかと想像する。戦時中とはいえ、APの全支社局が24時間体制で稼働していたわけではなく、電送ラインの始動は東部標準時の朝7時。つまり、写真は一晩サンフランシスコで眠っていたことになる。24日朝の始動前点呼の際、ニューヨーク本社の機報担当者は米国内各地のオペレーターに、硫黄島に掲げられた星条旗の写真をサンフランシスコから送信すると告げている。

▽ニューヨークがコントロール
 当時の写真電送は回転式ドラムに写真プリントを巻き付け、光を当てその反射光の強弱を電気信号に置き換え端から端まで走査していく方式。受信側は遮光された同じ規格のドラムに感光材料を巻き、受信信号の強弱に応じた光を当てスキャンし、終了後現像する。送り手と受け手が送信機と受信機を回線につなげ、信号レベルやドラムの回転の同期調整、スタート、スキャン、終了の手順を踏む。通信社の配信では送り手1に対し受信側は多数になる。受信漏れがないよう、送り手と全受信者に手順に沿って音声で指示する人が必要だ。APの場合はニューヨーク本社がリードした。「ニューヨークで受信した」という誤解はこの辺から生じたのではないか。

▽データの蓄積装置はなし
 受信は印画紙か大判のネガフィルムを使う。ネガ受けはその後の大量コピーを作るのに向いている。電送機があまり普及していなかったので、通信社から各新聞社には焼き増ししたプリントを車や鉄道便で輸送した。当時はバックアップするデータ蓄積装置は実用化されてなかった。印画紙やネガフィルム自体が蓄積物なのだ。しかもアナログデータなので、コピーや転送を繰り返せば信号は減衰し、画質はどんどん劣化する。デジタル化されオリジナルと寸分変わらないデータをいくらでもコピーできる現在からは想像も付かないことだ。

▽やらせ説の起こり
 この写真集には、ほかにも色々と興味深い事実が紹介されている。前回も言及したが、3月4日、ローゼンソールが硫黄島からグアムに戻り、記者とカメラマンにとり囲まれて「あの写真はすばらしい。やらせたのかい」と聞かれた。彼は集合写真のことと思い「そうだ」と答えた。タイムのシェロッド記者はこれを聞いていた。しばらくして、写真のコピーを見せられたローゼンソールが「いい写真だ」と言った後「これはやらせじゃない」と答えた。そのときシェロッドはすでにその場を離れていた。
 一方、記念すべき最初の旗の掲揚を撮影した海兵隊カメラマンのロワリー軍曹は、旗が取り替えられた事情を知らなかった。しかも彼のフィルムは、手違いで1週間遅れてグアムに運ばれた。その間にローゼンソールの写真が流れたことで、彼は、ローゼンソールがやらせをしたに違いないと思い込み、3月13日にシェロッドに話した。ロワリーの話を受けてシェロッドは「あの写真はやらせだった」と本国に打電し、それが3月14日にタイムのラジオ番組で放送された。

▽誹謗と中傷
 タイムはやらせの話を特ダネと考え、雑誌「ライフ」に載せる予定だった。前触れのラジオ番組でやらせと決め付けた。APは抗議し、もしライフに掲載したら100万ドルの賠償訴訟を起こすと警告した。3月17日、ワシントンの海兵隊司令部は硫黄島の報道担当官を呼び寄せ、事実関係を調査した。結果は潔白が証明された。同日、タイムは同じラジオ番組で訂正し、ローゼンソールとAPに謝罪した。
 しかし、その後もやらせの噂がときどきくすぶった。同業者からのやっかみもあったのだろう。ひどいのは、ローゼンソールが、星条旗掲揚場面を撮った後死亡した軍のカメラマンのカメラからフィルムを抜き取り自分のものにしたという誹謗であった。これは、軍はコダックのフィルムを採用し、一方APはアグファ・アンスコのフィルムを使っていたという事実で直ちに論破された。
 ローゼンソールの「やらせるなら、全員の顔が見えるようにする。そのためには人数を減らす。そうしたらあの写真をだめにしていただろう」との述懐が何よりも彼の潔白を表している。星条旗を掲げたのは5人の海兵隊と1人の海軍衛生兵なのに、写真を一見すると4人にしか見えない。2人は向こう側で身体が隠れ、わずかに手が見えるだけ。しかも顔が見えるのは中央の1人だけ。元カメラマンの私には「顔が見えるようにする」というカメラマン心理が実によく理解できるので、それをしていない写真はあるがままに撮ったものだと確信する。

▽その他
 ところでローゼンソールが極度の近眼だったことをご存じだろうか?彼のポートレート写真を見るとコーラ瓶の底のような度の強い眼鏡をかけている。真珠湾攻撃の日を期して彼は軍隊を志願したが、近眼のため検査ではねられた。それでも戦争遂行に何らかの形で貢献したいと願っていたところ、縁あって民間の報道カメラマンとして戦場に行くことになった。歴史に残る写真を撮ったカメラマンが目が悪かったなんて、世の中というのは面白いものだと思う。
 2006年11月10日、バージニア州クアンティコに海兵隊の博物館がオープンした。ここにローゼンソールが撮った因縁の星条旗が展示された。摺鉢山の強風にはためいて端がちぎれているが、ほぼ原形をとどめている。http://www.ogpress.com/2p/topix/A-10.16seijyouki.html
 ローゼンソールの死から4カ月余り、硫黄島の星条旗にまつわる話を調べてきたが、つくづく感じたのは、報道分野の兵站一つを取っても日米の国力の差は歴然としていたことだ。
  
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