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縁の下のバイオリン弾き
119 コンニャク問答
2015年10月17日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ カリフォルニア州政庁にかかっているジェリー・ブラウン知事の肖像。かれは40年前にも州知事だったことがあり、これはその時のものです。他の知事たちはいかめしい理想化された肖像をかかげているのに、ブラウンだけは人間味のあるポートレートなので、私は感銘を受けました。
10月8日にカリフォルニア州のジェリー・ブラウン知事がビューティーケア関連の商品にマイクロビーズの使用を禁ずる法案に署名したということが報じられた。

マイクロビーズっておわかりですか。私はこの記事の数日前にラジオのニュースではじめて耳にした。それまでそんなことばは聞いたことがなかった。

そのニュースでは歯磨きのことを例に出していた。マイクロビーズというのは「歯を白くさせる」ことをうたった歯磨きにはいっている小さなプラスチックの粒子なのだそうだ。小さな、といっても1ミリ弱のものからもっとずっと小さいものまである。なぜ歯磨きにこれがはいっているかというと、これで歯の汚れを落とし、白くさせるためだ。

歯磨きだけではない、洗顔剤、美容液、ボディソープなどに入っている。その目的は皮膚の古い角質を落とすことだ。肌がツルツルになり白くなるという。

要するに美しくなるためにこの微小な粒子が使われているわけだ。

けれど、この粒子は目に入ると目の表面をきずつけることもあるそうだ。目の不調になやんでいる私にはひとごとではない。しかも、世界中で毎年何百万トンというマイクロビーズが川や海に流れ込んでいる。あまりに小さいので、どんなフィルターも通り抜けてしまうのである。

何百万トンですよ。すさまじい環境汚染ではないか。それがスポンジのように悪質な化学物質を吸収する。卵だとかんちがいした魚がこれを食べる。そのために病気になったり餓死したりする。その魚をまた大きい魚が食べ、という具合に結局は回り回って我々人間が食べることになり、健康に大きな影響を与える。

だからカリフォルニア州は規制するのである。もっともこの法案が実効力を持つのは2020年のことだというから悠長な話であるが、なにもしないよりはいい。

日本ではこのことが知られているにもかかわらず、化粧品会社などがビーズを使い、事実上野放し状態なのだという。

私が最初に考えたことは「なんだってそんなに歯を白くしなけりゃならないんだ」ということだった。早い話、歯の表面をけずっているわけで、そんなことまでして歯を白く見せなければならないとはふしぎな現象ではないか。歯医者はなにもいわないのか。エナメルをけずってしまっては取り返しがつかない、ということはないのか。それとも歯磨きの会社に金でいいようにあやつられているのか。

私の使う安物の歯磨きにははいっていないようだけれど、漂白効果をうたっている高級歯磨きの場合は、歯をみがいてペッと吐き出すたびに環境を汚染しているわけだ。

歯を健康にし、いやがうえにも白く見せることは現代人の身だしなみなのだろう。日本でも同じなのかもしれないが、アメリカでは子供の歯を健康にたもつことには驚くべき努力が払われているし、歯列矯正も盛んだ。虫歯なんか過去のものなのかもしれない。

でも歯は要するに骨である。象牙色ということばがあるように、うっすらと黄色がかっているのが本来のすがたではないだろうか。

昭和初年に谷崎潤一郎は、「あまり色の真っ白な歯がズラリと綺麗に並んでいるのは」日本では冷たい感じがするとされている、と書いた。「(アメリカ人の)あの白い汚れ目のない歯列を見ると、何となく西洋便所のタイル張りの床を想い出すのである」とまで書いた(「懶惰(らんだ)の説」1930)。

そこまで言わないまでも、歯はある程度の健康を保ってさえいたらそれで十分ではないか。なぜ白さを競争しなければならないのだろう。それにそんなに白くしたいのなら、歯をけずるよりは歯に白い色をつければすむことではないか。

むかしハリウッドでは、たぶん誰もがたばこをすっていたからだと思うが、撮影の時だけ歯を白くする塗料を塗りつけたそうである。ところがこれがひどいにおいがするので、キスをするのが一苦労だったと女優が書いているのを読んだことがある。今ならもっとすすんだ、においのしない塗料をあたらしいビューティー・ケア商品として売り出せるのではないだろうか。どこかにそういう勇気のあるベンチャー起業家はいないだろうか。

しかしことはマイクロビーズだけではおさまらないのだ。環境汚染はなにもマイクロビーズに限ったことではない。すべて化学的に合成されたもの、すべてのプラスチックが環境汚染の元凶なのだ。

たとえば化学繊維は自然繊維とちがって腐らないから永久に消滅しない。ちぎれて小さくなって、マイクロビーズのようになってしまっても、だからといってなくなるわけではない。

プラスチック製品、例えば車や冷蔵庫などの部品、合成皮革、包装時のつめもの、スーパーの袋、ギターのナイロン弦など、これはいま頭に思いついたものをあげてみたのだが、ともかくすべてがなくならないのだ。しょうがないから地面に埋めているけれど、それで永久におさらばしたつもりになるのはちょっと早い。

生分解するプラスチックも作られてはいるけれど、その比重はまだまだ小さい。

すでに太平洋の真ん中には日本の4倍の広さをもつゴミの山が浮かんでいる。他の海域にも同じようなものができつつあるようだ。

そんな時に歯磨きにマイクロビーズをわざわざ入れるとはなにごとか!といいたいわけだけど、それは私がまともな歯もろくにない老人だから言えることだろう。美しくなりたい、人よりも見かけをよくしたいという人類の欲望はとどまるところを知らず、将来の地球の環境保全を犠牲にしてかえりみないのだろう。

星新一の「おーい、でてこーい」というショート・ショートがたんなる空想ではなく、迫真の現実性をもって頭によみがえるのはこういう時だ。

よく知られた小説だからお読みになった方も多いと思う。ある時台風にやられた神社のあとに穴が発見された。これがとほうもなく深い穴で、どれだけ深いかわからない。だれかが「おーい、でてこーい」と穴にむかって叫び、石ころをひとつ投げ込むのだがなんの手応えもない。それでこの穴にいらないものをどんどん投げ込むようになり、ついには原子力発電の廃棄物まで捨ててしまう。

その穴の一帯はこのために発展し、高層ビルが林立するようになった。その工事現場で働いている人がある時「おーい、でてこーい」という声をかすかに聞いた。そして、そのあと小石がひとつ落ちてきた。

いやあ、こわい話ですねえ。星新一の時代は今ほど環境に対する脅威が実感されていなかったと思われるが、さすがSF作家だ。「自然が芸術を模倣する」とはこのことだ。この小説は1958年に書かれた。

それから10年たって、アメリカのマイク・ニコルズ監督が「卒業」(1967)という映画をとった。こちらの方はサイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」が主題歌に使われたこともあって大ヒットした。

私と同年輩の方は先刻ご承知だろう。大学を卒業して帰郷したダスティン・ホフマンのために両親がパーティーを開く。ホフマンは卒業はしたものの、実は将来何するべきかについてなにもしっかりした考えをもっていないのでゆううつな気分でいる。

すると親戚のおじさんだか父親の友人だかの中年男がホフマンに忠告を与える。

「これからは何だかわかるかね?」と反語的に質問し、「プラスチックだよ、プラスチック!」と断言する。

この映画ができたころはほんとうにプラスチックこそが将来性のある産業だったのだろうなあと今になって思う。

私がこの映画を見たのはもちろんホフマンとアン・バンクロフト、キャサリン・ロス(ダッフルコートを着てブーツをはいた姿が魅力的だった)の三角関係を見るためであって、プラスチックがどうのこうのなんて場面はあってもなくてもいい、どうでもいいシーンにすぎなかった。だいたいなぜ監督がこの場面を映画に入れたのか、原作の小説にそういう場面があったのか、私には今でもわからない。でもその予言性は「おーい、でてこーい」とおなじように衝撃的だ。

世界はその後この中年男の言った通り、プラスチックの製造につきすすんだ。その結果が太平洋のゴミの山だ。

このゴミをエネルギーに変えるというアイディアもあるそうだけれど、それは盗人を捕まえてから縄をなうのに似ている。やはりどちらかといえばゴミはつくらないほうがよかった、といえるだろう。

そのためにもマイクロビーズの規制は絶対に必要だと思う。そこで耳寄りな話はコンニャクでビーズができるということだ。コンニャクを乾燥させた粉末がビーズと同じ働きをする。自然のものだからビーズより環境にもお肌にもずっといい。すでに美容製品に使われている。

コンニャクの繊維を使ったコンニャクスポンジを使うと角質をこそげ落とすことができる。コンニャクビーズを使ったスクラブ洗顔フォームもできている。歯磨きにまで使えるのかどうかはわからないが。

コンニャクこそは日本の特産じゃないですか。どんどん生産して売り出したらいいと思う。コンニャクはコンニャク芋という芋からとれる。ダイエット食品として有名だが、料理となるとおでんとか筑前煮ぐらいしか使い道がない食物だ。

そのコンニャクがお肌にもいいということになれば世界的な需要が見込まれるのではないだろうか。

コンニャクは英語でdevil’s tongueという。英語で言う必要があるときだけ使われる言葉で、海外ではなにしろコンニャクそのものが知られていないのだからふつう使われることはないし、使っても誰にもわからない。意味は「悪魔の舌」ということだ。あのぷるぷる、ぐにゃぐにゃしたようすが悪魔の舌だったらこうもあろうかという連想を呼び起こしたものだろう。

それで結構、悪魔の舌になめさせて肌を白くしようじゃないですか。

プラスチックのマイクロビーズこそが悪魔の製品だ。これを使って美しくなろうというのは、「おーい、でてこーい」の穴だ。穴が見つかったあとの社会はゴミがなくなって一時美しい環境を存分に楽しむことができた。しかしそれは長続きしなかった。それと同じように、マイクロビーズを使ったむくいはきっと来る。
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