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僕の偏見紀行
209 なぜかベトナム(7)ホイアン旅愁
2016年7月19日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 小雨降るホイアン、トゥボン川のほとりで。カナダから来たという女の子二人連れと互いに記念写真を撮りあった。
▲ ホテルの庭で郷土料理のサービス。ベトナム風アフタヌーンティ。
▲ 旧市街を流れるトゥボン川。観光客の集るところ。
ホイアンは南シナ海に面したトゥボン川の河口に位置し、古くから海上交易の拠点として栄えた。かつては日本からも多くの商人が渡来し、盛んに交易を行なった。今も旧市街に残る「日本橋」は、当時の日本人が建設したといわれている。

頑丈な屋根付木造のこの橋は、彩色された彫刻が施され、中央部に廟が祀られている。歳月を経て床板は磨り減っているものの、今も多くの観光客の通行を支えている。これほどの橋を建造したとは、当時の日本商人の財力は大したもんだ。

商人の中には、幕府の鎖国令によって帰国を余儀なくされたものの、残した愛人に会うために再び戻り、そのままホイアンに骨を埋めた者もいた。郊外にその日本人のお墓が今も残っている。

ホイアンが近づくと車は国道から田園地帯へ入った。田植えが済んだ田んぼの緑が美しい。遠くのあぜ道に水牛に乗った農夫の姿が見えている。どこか懐かしい風景だ。

旧市街は車が進入禁止、そのため大きく迂回しなければならない。ホテルはトゥボン川の中州にあるので、旧市街のはずれの橋を渡らねばならない。ウロウロするうちにメーターがどんどん上がる。

ケチで小心な僕は心中穏やかではない。いっそ以前のように乗る前に交渉して料金を決めるやり方だったら、こんな心配はないのだが。

内心焦りながら、僕が知ったかぶりをしてドライバーに道を教えた。すると見事に迷子になり、余計な恥をかいてしまった。

ようやくホテルが見えて来た。ホテル前のランドリーショップが変わりない姿を見せている。アイソのいいママさんは元気だろうか。

ホテルの中へ入ると雰囲気がちょっと違う。フロントのそばに若い黒服が立ち、チェックイン中の僕らを見守っていた。彼は、流暢な英語でホテル内の説明をした後、ゆっくり楽しんでほしいと、にこやかに告げた。以前はこんなスタッフはいなかった。

この男、若いがいかにもやりてのホテルマンのようだ。これでは2年前にいたような中年スタッフはやりにくいことだろう。僕はどこかのんびりした、人の良さそうな中年男を思い出していた。

ホテルの部屋からは、広い芝生の庭の向こうを流れるトゥボン川がよく見えた。川面を漁師の小船やバイクを満載した渡船が行き交っている。いかにもアジア的な、心が晴々と広がるようなその風景が僕はとても気に入っている。

そこで今回は多少高くついたが、川がよく見えるリバービューの部屋を指定した。高くつくといっても、朝食付きツイン1泊1万円だから一人5千円、日本なら格安プラン並み。

部屋に荷物を置いて町歩きに出る。ホテル前のランドリーに顔見知りのママさんがいた、良かった!いつも僕らが通る度に、マダム!マダム!と大声で挨拶してくれる商売熱心なママさん。仕事が速く仕上がりがきれい、それで1キロ1ドルだからあり難い。

2年ぶりのママさんはちょっと年老いた感じがした。店にはママさんの他に手伝いの若夫婦がいた。見たところ娘さん夫婦のようで、店の後継者かもしれない。2年の歳月は短いようだが、それなりの変化に気付いてハッとすることも多かった。

旧市街の食堂や両替ショップでも、オーナーの息子や娘と思しき若者たちがテキパキと仕事を仕切り、そのかたわらでオーナーは老け込んで見えた。やはり2年という時間は短くなかった。

僕は今年、10年間使用したパスポートを更新した。その準備中、何気なく申請用の写真と古いパスポートの写真を比べて愕然とした。そして僕はあらためて過ぎ去った10年という時の長さを思い知った。歳月は情け容赦なく僕を通り過ぎていた。

旅先で、人は普段より感傷的になりやすいものだ。たった2年の変化をことさらに感じるのもその為だろうか。そんなことを忘れたくて旅に出たのに、他人の老いに自分を重ねてしまうとは、難儀なことだ。

ただ、ホイアンの街はこんな心の旅行者にやさしかった。乾期の終わり、もうすぐ春という時期のホイアンは雨が多い。散歩していると、曇り空からいつの間にか静かに雨が降ってくる。しかしたいていはカサをさすほどではない。絹糸のような雨が音を立てることもなくひっそりと降る。

雨にけむる旧市街の黄色い土壁、灰色のトゥボン川、その中を行き交う旅行者達の鮮やかな雨具の色が美しい。時おり雲間からもれる日差しに街路樹の緑が輝く。これはまるで「奥の細道」、小雨に煙る象潟。

   「象潟や 雨に西施が ねぶの花」 芭蕉

雨のホイアンは、旅人のもの憂い心を静かに包み込んでくれた。

ある日の午後、僕らはホテルの庭でふるまわれるホイアン郷土料理を楽しんでいた。アフターヌーンティといった趣のものが毎日無料で客に提供される。そのスタッフの中に、黒シャツに菅笠の、農夫のかっこうをした中年男がいる。どこかで見たような、そうだ2年前の彼だ、バレンタインの夜にこのホテルで出会った。

2年前のたまたまバレンタインの夜、僕らはここに泊っていた。その日はホテルで夕食をとることにしたが、その時レストランで、スタッフ手作りのバレンタインケーキを僕らにすすめた中年男だ。

その夜は、ホイアンにしては珍しく冷え込んでとても寒かった。そのせいかレストランに客の姿は少なかった。そんな中で、自分達で考えて造ったから、とお世辞にも出来がいいとはいえないケーキを、必死で僕らにすすめる彼に同情して注文した。

やっとケーキが売れた彼は大いに喜び、その後すっかり僕らになついてしまった。中年のオッサンになつかれてもあまり嬉しくなかったが、彼の人柄にほだされ、ついつい話がはずんだ。日本語の勉強中という彼にいくつかの言葉も教えてあげた。

今回のチェックインの時、やり手の若者に出会って気になったのがこの男だった。いかにも好人物のおっとりした彼、どこからかスカウトされたと思われるやり手について行けるだろうか、仕事のやり方も従来とは大きく変わったことだろう、そう思って秘かに心配していた。

しかし彼は業務改革の荒波を乗り越えて生き延びていた。中年になっての変化は大変だ。日本のサラリーマンも幾度となくその試練にさらされてきた。勿論僕の身近にもその波は押し寄せた。彼もいろいろと大変だったことだろう。もっともこれは僕の勝手な思い込みかもしれないが。

挨拶すると彼もちゃんと僕らのことを憶えていた。人懐っこい笑顔で再会を喜ぶ彼を見て僕も嬉しかった。世の中には、時の流れとともに、変わるものもあれば変わらぬものもある。

日本語はうまくなったか?そう彼に尋ねるとキョトンとしていた。どうも日本語の勉強はあまり進んでいないようだ。まあ、そんなことはどうでもいい、人生イロイロだ。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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37 知床の秋(1)、鮭遡上
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35 白神山地「ブナの学校」
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33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
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30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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