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かくてありけり
44 標準温度計
2007年5月3日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
 先日、実家の甥からメールが来た。「叔父さんの大学の同級生と名乗るOさんという方から電話があって、同級会のお知らせをしたいので連絡先をとお尋ねがありました。叔父から連絡させる旨答えました」と。O君と聞いてすぐ学生時代の彼の顔を思い浮かべた。翌朝、甥が聞いてくれた住所へ、お礼と近況報告と連絡先を書いた手紙を出した。数日後、彼からメールが届いた。入学時の名簿にあった私の帰省先の住所と私の姓(今や旧姓であるが)をインターネットで検索したら甥の家と電話番号がヒットしたので電話したという。

 大学を卒業して37年余り、還暦に差し掛かり、あるいは定年を迎えている人も多いだろう。時間的な余裕ができて同級会の機運も高まるわけで、世話役が名簿整備を買って出たのだ。40人の名簿には空欄の人が数人いて、その内の1人が私であった。学科の同窓会名簿では私は「行方不明」と書かれているという。でも大学卒業後2年ほどは同級生との往来があった。現に私が名古屋支社勤務のころ大学院生の彼が来訪し、一緒に酒を飲み、私の6畳一間の安アパートに泊ったこともあったのだ(このことはすっかり忘れていた。今回、彼が「名古屋で一宿一飯の恩義」云々と書いてあったので当時の手帳を見て確認した)。

 しかし、その後は転勤4往復、引越し10回、その間に結婚もし子供も生まれ、もちろん仕事も忙しく、気づいたときには同級会との縁は途絶えてしまっていたのが実情だ。私の職業と母校との結びつきがさほど強くなかったことも影響しているだろう。フィルムやカメラのメーカー、コピー機や印刷関係の会社に就職した人は、学会を通じて大学とのつながりは維持するし、同業者として接触は保たれる。私の場合は例外的な存在だ。

 O君とのメールのやり取りを重ねていくうちに、昔のことを思い出したり、新発見があったりで、わくわくしている。それにしても日記をひっくり返すと、ろくすっぽ勉強していなかった自分の学生時代が見えてきて、いまさらながら赤面の至りだ。

 そんな私が大学で身に着けたことは何だったろうか?専門課程で学んだことの細部は私の頭からとっくに雲散霧消しているが、一つ言えるのは、方法論を立てることの重要性だ。フィールド調査や実験でデータを集め、それを分析して傾向を見いだす。推論し仮説を立てて、それに基づいて再び実験や調査をする。結果を絞り込んで理論化し、体系付ける。さらに追試し検証する。その道筋と手段、調べるべき文献、当たるべき専門家のリストも含めて身に着ける場が大学なのだと思う。こんなことは在学時に認識すべきことなのだが、私が意識したのは、社会人になって大分経ってからで、実にお粗末な話だ。

 もう一つ鮮明に覚えているのは化学の実験の初日のことだ。実験内容は忘れたが、始める前に助手が温度計を配った。そして見るからに特別製と分かる温度計を1本取り出し、説明した。温度計には誤差が付き物であり、精度の高い標準温度計と比較して修正するのだと。使用する温度計を標準温度計と一緒に液体に浸け、低温、常温、高温で測定してずれを把握し、対照グラフを描いて補正するのだ。最初から標準温度計を使えたらよいのだが、当時の実験室には、全員分の標準温度計はそろってなかった。実験結果は論文に使われる。その値がいいかげんでは、学会で信用されない。スポーツの世界でも陸上競技場のトラックや水泳のプールなど検査で認められてこそ、その記録も公認される。研究者の卵にイロハのイを教えてくれたのだ。

 自らの方法論を持つことと標準温度計を目指すことは、就職して仕事をこなして行く中で次第に形となって、折りにつけ自覚するようになった。職場には色々な人がいたが、標準温度計に相当する人を無意識のうちに探して、そのやり方を真似するようにしていたと思う。そういう人が何人か見つかった。しかし、この人こそ職場の標準温度計と尊敬していた先輩でも、実は満遍なく正しい温度を表示するとはいえないことに後年気づいた。ある領域では誤差が多いのである。そんなことをいうのは、私にも少しは見る目が備わってきた証かもしれないが、それでも自らは弱点が多いので標準温度計たりえない。でもその隔たりを把握していたおかげで、時間をかければ修正はできた。その繰り返しでどうにか今までやってこれたのだと思う。
越し方を振り返りながら、大学へ行ったことはまんざら無駄ではなかったかなと考えた。

 後日、O君から同級生の最近の名簿が送られてきた。なるほど私の欄は空白になっている。住所が無く「×」印が付いているのが2人。どうやら故人のようだ。還暦という年を考えると不思議はない数字だが、寂しいことだ。
 ほかの空欄の中にI君の名があった。彼とは教養課程だけの付き合いだった。パイロットになる夢を持っていた彼は、航空会社の受験資格の「教養課程修了」と同時に大学から去った。今回、ネットで検索したら、1年前に某テレビ局の番組で、団塊世代の技術継承問題の特集に全日空のキャプテンの1人として出演していることが分かった。希望を実現したのだと確信した。何とか彼とコンタクトを取ろうと思う。秋に予定されている同級会で、彼をはじめ旧友の皆さんと是非再会したいものだ。
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