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縁の下のバイオリン弾き
120 果実の皮
2015年11月22日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「ゴッドファーザー」のアル・パチーノ
先ごろサンディエゴにある日本のスーパーに行った。日本のぶどう「巨峰」が山盛りになっていた。サンプルも出ていて、だれでも試食できるようになっていた。

はじめて巨峰を食べたのはもうずいぶん前、リンダといっしょに日本に帰ったときだった。母が出してくれたそれのうまさを絶賛したところ、最後に帰る日になってその巨峰を一箱渡してくれた。しかし生ものをアメリカに持ち込むことはできない。それでしかたなく成田空港で飛行機を待っている間に食べた。そのときの記憶は今でも舌に残っている。

この店の巨峰はカリフォルニア産だけど、でもそのおいしさに変わりなく、私たちも一粒ずつ口に入れた。

その時、7歳ぐらいの日本人の女の子がそのサンプルに手を伸ばした。すると若いお母さんが「あなたは種のあるぶどうはきらいでしょ」といって食べさせなかった。私はあんなにおいしいぶどうを食べられないのはかわいそうだと思ったけれど、ひょっとしたらこの若い母親自身が種のあるぶどうは苦手なのかもしれないと思い返した。

今たいていのぶどうは種なしぶどうになっている。でも巨峰はそうではない。だから食べるにはちょっとした修練が必要だ。粒の中心にかみついては種をかみあてて収拾がとれなくなる。わずかに中心からずらして舌で種をさぐりあてるようにしないとうまく食べられない。このご時世にそんな練習はしていないだろうから、あの母親だって種のあるぶどうは敬遠するのかもしれない。

私が子供の頃は種なしぶどうなんかなかった。そのころテレビでぶどうの産地山梨県で農家のおじいさんが棚の下でぶどうを食べるところを映したシーンを見た。おじいさんは小粒のぶどうの一房をとりあげて口をあんぐり開け、一房全部を口の中に押し込んだ。そして唇をとじると枝をずるずると引き出した。口の中に残ったぶどうをもぐもぐやっている。

私は子供だったからびっくりした。種はどうするんだ、種は?という疑問が頭の中をかけめぐった。おじいさんは別に種を吐き出すでもなく、全部のみこんでしまった。

テレビだからというので特別のパフォーマンスをしたのかもしれないけれど、その食べ方は思いがけないものだった。種をのみこんでもべつに害はないのだ、ということがわかったものの、なんとなく納得のいかない思いだった。

そのころは種だけではなく、皮も食べなかった。指で中身を押し出すようにして口に入れ、皮は捨てるのが習慣だった。どんぶりいっぱいに溜まったぶどうの皮を、母は当時飼っていた鶏にやった。「鶏がよろこんで、夢中になって食べるのよ」と母は言っていた。

そのことを思い出すと、どういうわけか「にんじん」という当時読んだフランスの小説が頭に浮かぶ。これは作者ルナールの自伝的な作品で、赤毛だったことから「にんじん」というあだ名の主人公の少年が母親にいじめられるかなしい話だ。母親はまま母ではなく、実の母親なのに、兄や姉とは差別して「にんじん」につらくあたる。ある時メロンがテーブルにのったので「にんじん」が心をおどらせていると、母は「にんじん、あんたは私といっしょでメロンはきらいだったよね」といって食べさせてくれない。みんなが食べたあとの皮を庭の兎小屋に捨てにやらされた「にんじん」はかくれてその皮にむしゃぶりつく。「ああ、おいしい。ぶどうのおつゆみたいだ」というのが「にんじん」の感想なのである。

私は「にんじん」がかわいそうでならなかった。ぶどうがでてくるのでかれと我が家の鶏がダブって見えたのかもしれない。

なんでぶどうの皮は捨てなければならないと思い込んでいたのか、よくわからない。今からかんがえると皮にこそ栄養があったのに、と思う。

当時は女性がみかんを食べるにも小袋にわけて白い筋をとって、おちょぼ口にいれて中身を吸い出し、皮を手に吐き出す、などということをやっていた。


今から20年前にトム・ハンクス主演の「めぐり逢えたら」(1993)という映画があった。妻に死なれた男がおさない息子の画策で新しい恋人にめぐり逢う、というのが筋だ。彼がなくなった妻のことを息子を相手に回想するシーンがある。

「おかあさんはね、りんごの皮をむくのがじょうずだった。ほそいリボンのように、しかもそのリボンがぜったい切れないようにうまく皮をむくんだ」と言う。

この脚本を書いたのは監督のノーラ・エフロンで、こういうきめ細やかなセリフを出演者に言わせるのは女性監督ならでは、と思わせたけれど、それと同時に私はびっくりした。というのはアメリカでりんごの皮をむくところをただの一度も見たことがなかったからだ。

アメリカではりんごは皮ごと食べる。四つ割にしようが丸ごとかじろうが、皮はむかない。アメリカだけではない。西洋ではどこでもそのようなのだ。

欧米の映画を見るとテーブルのかごかなんかに入れてあるりんごをひとつとりあげて、背広の布地にこすりつけてからかじり出す男、というのがよく出てくる。

つまりそのためにテーブルに出してあるのであって、だれにでも食べられるようになっている。日本のようにりんごは皮をむかなけりゃ、という共通観念がないからナイフなんかない。

皮ごと食べる、ということが前提になっていなければテーブルに出すだけむだなのだ。

それをすなおに描いたのがセザンヌなんかの静物画だ。りんごがテーブルに出ていなければあんな絵は発達しなかったにちがいない。

ところが日本では「静物画を描く」ということになってはじめてりんごをわざわざ器に入れ、テーブルに置く。それは西洋をまねしているのだけれど、そのもとになる「丸ごとかじる」という発想がないからいかにもとってつけたようでわざとらしい。

だから私はトム・ハンクスのセリフにおどろいたのだ。あのセリフは日本映画でこそ光るセリフだ。たとえアメリカでりんごをむくことがあったにしたところで、ほそ長いリボンのようにそれをとぎれさせずにむくなんて、そんな器用なひとがそうそういるとは思われない。


アメリカには「1日にりんごひとつで医者いらず」ということわざがある。りんごがいかに健康的か、ということをうたったものだが、アメリカに来る前それを聞いて私はなんとぜいたくなことを言うんだろうと思っていた。というのも日本の果実店にあるような大きくてりっぱなりんごを想像していたからで、そりゃ毎日1個ずつ食べりゃ健康にもなるだろうよ、でも払いのほうはどうするのだ、というのが疑問だった。

ボストンに来てはじめてこのことわざの意味が理解できた。ニューイングランド地方はアメリカの北東部にあって冬は長く寒い。りんご栽培には適した土地だ。そのため、裏庭にりんごの木が植わっている家が多く、時期になるとたわわに実をみのらせる。そのりんごというのが間引きも何もしないものだからピンポン球をすこし大きくしたぐらいの大きさで甘みも足りない。でも数だけはたくさんある。なるほど、「くさるほどある」というのはあれのことだな、と思わせた。

裏庭の木からもぎとってくればただだし、たとえ買ったとしても安い。それを皮のままかじる。毎日それを続ければ健康になるわけだ。

私は感心のあまり、このことを大学のクラスでよく話題にした。まず大きな日本のりんごの絵を黒板に描く。ピカッと光らせる。そのとなりにちいさなアメリカのりんごを描く。

「これが日本のりんごです。ものすごく高い。でもおいしい。これを4つ割にして家族がかしこまって食べる。こちらはアメリカのりんごです。あまりおいしくないし大きくもない。でも食べほうだいだ。どっちがいいと思う?」

学生はいろいろなことをいうけれど、私自身の意見は「小さくてもうまくなくてもりんごを毎日食べる生活のほうが断然いい」ということにつきた。果物が生活の中に溶け込んでいるのがうらやましかった。

ところがある年、この話をクラスでしたら、学生の一人が手を上げて、「先生、それはまちがっています。その日本の高いりんごはみんなアメリカから送られているんですよ。僕はワシントン州(りんごの産地)の出身で、うちがりんごの果樹園だからよく知っている。いいのはみんな日本に行ってしまう」

そんなこととは知らなかった。「日本のりんご、アメリカのりんご」なんて知ったかぶりをするんじゃなかった。私はアメリカのりんごをくさしたことをその学生にあやまった。でも、私の言いたかったことは商業主義のりんご栽培のことではない。アメリカのただ同然のりんごがいかに大地の恵みなのか、ということだ。


1931年(昭和6年)に二人のアメリカ青年が青森県の三沢から飛行機で飛びたって、はじめて太平洋横断の飛行に成功した。この時二人の水分の補給に村の少女から贈られた地元のりんごが大変役に立った、ということを私は子供のころ、少年雑誌で読んだ。飛行中の彼らはもちろん皮ごとかじったのだろう。

二人はワシントン州の出身だったのでお礼にりんごの木を三沢に贈った。それが青森産デリシャスのはじめだったそうだ。


マーク・トゥウェインの代表作に「トム・ソーヤーの冒険」がある。トムはいたずら盛りのわんぱく坊主だ。親代わりのポリーおばさんに塀のペンキ塗りを命じられる。トムにはこんな仕事は苦行以外のなにものでもないし、遊び仲間にそれを目撃されるのがことにつらい。

そこにいじめっ子のベンがりんごをかじりながらやってくる。トムは自身の尊厳を守ろうとして、「いやいややっている」のではなく、「ペンキ塗りを楽しんでいる」ふりをする。最初は「やーい、ペンキ塗りやらされてらあ」とからかっていたベンだが、トムが芸術家きどりでためつすがめつ塗っているのをみるとなんだか自分もやってみたくなる。「おい、このりんごの芯(しん)をやるからぼくにもやらせてくれよ」と言い出す。それでもトムはなんだかだと言って断ってしまう。最後にはりんごを全部ものにして仕事をベンに押し付ける。

アメリカではりんごの芯まで食べるのか、と子供だった私はえらく感銘を受けた。その驚きに比べたら、皮ごと丸かじりなんてべつにどうってことない。


丸かじりということではりんごではないけれどもぜひともここに書いておきたいことが私にはある。それは「ゴッドファーザーPART II」でアル・パチーノがオレンジを食べる場面だ。

彼は立ってなにかしゃべっているのだが、テーブルの上のオレンジを手にとって、いきなりガリッと皮のままかじる。そうして口の中でくちゃくちゃやったかと思うと残った皮を勢いよく吐き出す。私はそんなオレンジの食べ方を見たことも聞いたこともなかったから、あきれてしまった。

その後気をつけて見ているがそんなことをするアメリカ人は一人もいない。いったいどこからこんな演技がでてきたのだろう、とふしぎに思う。

伊丹十三によると柑橘類の理想的条件とは1.甘い、2.皮が簡単に手でむける、3. 種がない、ということだそうだ。オレンジは甘さで群を抜いているし、種も少ない。でも皮が簡単にむけない、というのが難だった。

アル・パチーノ式の食べ方ならその問題は解決されるように見えるが、私はまだやったことはない。やろうとも思わない。「ゴッドファーザー」はテレビで見る機会の多い映画だから、皆さんも今度気をつけてご覧になってください。たまげることうけあいです。

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