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僕の偏見紀行
19 やさしかったチェジュの人たち
2005年2月20日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
 チェジュド(済州島)は美しいところだった。司馬遼太郎「街道をゆく、耽羅紀行」によれば、日本書紀に出てくる「常世の国、神仙の秘境」はチェジュドではなかったかという説もあるらしい。つまり昔から我国にとって憧れの地であった。

 訪れたのは春の終り、明るい日差しと爽やかな風の心地よい時期であった。出会った人々もまた、春風のようにやさしかった。

 チェジュ市からソギッポ(西帰浦)へ向かった時のこと、身振り手振りの悪戦苦闘の末手にいれたキップを握り締めバスに乗り込んだ。チェジュ市とソギッポは島の北と南に位置し、バスは海岸線を一周するローカル線と、ハンラ山の裾野を横切る横断高速バスとがあるが、できるだけその土地人々の生活を感じたい僕は迷わずローカル線を選んだ。

 「・・・!」突然バスの乗客が僕に話しかけてきた。年配の男性で真剣な面持ちで話している。申し訳ないがさっぱり分からない、もともと韓国語については何の知識も持っていないのだ。

 もしかして、過去の不幸な歴史に関する抗議なのだろうか、それなら僕自身は心中大いに負い目を感じてはいるのだが。しかしそれをどう伝えるべきか、進退窮まるとはこんな状況か、などと狼狽しながらもよく聞いているとどうも抗議ではないように思えてきた。

 突然「ONE TIME」という言葉が聞こえた。彼なりに持てるボキャブラリーを総動員して、この分かりの悪い日本のおっさんに何かを訴えている。「1回?何だろうか、あそうか1時間か」ようやく判明したのは「このバスはローカル線だから時間がかかるが、横断高速バスなら1時間でソギッポに行けるぞ」ということを必死で教えてくれていたのだ。彼の意図は理解できたが、今度は僕の思いを伝えるのも大変だった。結果を書けば簡単であるが、紆余曲折、幾多の困難を越えて僕と彼はやっと理解し合えた。そしてそれは本当に嬉しかった。見ず知らずの外国人に真剣に教えてくれた彼の好意が有難かった。また彼も目的を達して嬉しそうであった。

 次の日、チェジュ市内を散策した。李朝の頃の練武館である「観徳亭」はじめいろんな歴史的建造物も多い。ハングルが読めず、バス停で立ち往生していたら、親切に教えてくれたのは国文学を専攻するという女子学生であった。
 
 彼女は自分のバイト先と違う方向の僕に、バスで途中まで同行してくれ、別れ際には僕の片言英語が分かり易いなどとお世辞まで言ってくれた。

 街中をあてもなく歩くうちに昔風の民家の立ち並ぶ一画に入り込んだ。静かなたたずまいの通りを歩きつつ、先ほどから、実は深刻な事態が僕の体内で発生しつつあった。いわゆる生理的欲求により早急にトイレを探さねばならぬという状況に陥ってしまったのだ。

 ビジネス街や繁華街ならなんの苦労もないが、見知らぬ国の、普通の住宅街でのトイレ探しは至難の業だ。そういえば香港やオアフ島の田舎でも苦労した。いずれもスーパーを探しだせてことなきを得たのだが。

 切羽詰りながら、漸くのこと雑貨屋らしき店を発見し,喜び勇んで入って行った。中年の上品な女性が店番をしており、お菓子・飲料水・雑貨等が並んでいる。

 いきなりトイレの話題も問題があるような雰囲気で仕方なくミネラルウオターなど購入する。トイレに困ってるのに水を買うとは何たることか。

 その間も事態は緊迫の度を加えるのだが、ことばが通じない。まさか外国のご婦人に対して、トイレのことで露骨な身振り手振りという訳にもいかない。万事休す、諦めた僕はよろめきつつ店を出た。

 こうなったら交番か警察署を探して駆け込もうと考えつつ歩いていると、何たる幸運、天は我を見捨てず、向こうから婦人警官が歩いてくるではないか。

 必死の形相で事態を訴える僕に、彼女も当初ぎょっとしたようだが、聞き終えるとにっこり笑って、見事なキングスイングリッシュで答えてくれた。

 「通りを2つほど越えて曲がると大通りにでるから、そこからすぐに地下街への入り口が見えるからそこへ行きなさい。階段おりたあたりにトイレがあります。」

 行ってみるとその通りであった。こうして僕は見知らぬ土地での窮地を脱することが出来たのだ。大きなめがねをかけた金太郎さんみたいな若い婦人警官であったが、僕の七転八倒イングリッシュを聞き取り,たちどころに明快な回答をしてくれた彼女の才能は只者ではない。

 チェジュの街を歩きながら、人々のやさしさ、礼儀正しさ、知性の高さに改めて韓国という国の素晴らしさを思った。
 
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64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
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52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
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40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
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33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
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30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
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25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
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15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
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8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
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