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縁の下のバイオリン弾き
121 レッツ・リヴ・ア・リトル
2016年1月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 我が家の近くの風景
年末に猫に脚をかまれて負傷してしまった。猫にかまれるなんてめったにあることじゃないが、クリスマスも近いある朝、うちの猫がガラス戸ごしによその猫とうなりあっているのをドアから引き離そうとして、たけり狂った猫にガブリとやられてしまったのだ。

猫の歯は皮膚をやぶって深くつきささった。あわてて救急病院に行くと「猫の歯は80%ぐらいの割合で炎症を引き起こす。すぐに手当てしないとあぶない」といわれた。抗生物質を打ってもらったけど、それでも脚ははれ、歩くこともできなくなって2、3日はベッドの上でごろごろしていた。

退屈のあまりiPadをいじっていたら(私はスマートフォンをもっていない)新しい機能にめざめた。iTune Radioにきまぐれで「ハンク・ウィリアムス」と打ち込むと、ハンクおよびその同世代のカントリー・ミュージックが切れ目なくストリーミングで聴けるようになった。1950年代から60年代までの古いやつだ。

一日中流しているんだろうからもう手当たり次第という感じで曲が取り上げられていて、ふだんならぜったい聴けないようなめずらしい(というか忘れられた)歌が入っている。

その中にカール・スミスという歌手の「レッツ・リヴ・ア・リトル」(1951)という歌があった。

「さあ、キスをしておくれ、ぎゅっと抱きしめて。
少しは人生を楽しもうじゃないか。さよならをいう前に」

という感じのノーテンキな歌で、いかにも50年代らしい。

Live a littleというのは直訳すれば「少しは生きる」ということだが「人生を楽しむ」という意味で使われる。つまり朝起きて仕事にいってうちに帰って寝るばかり、なんてのは死んだも同然のつまらん人生であって、少しは生きなきゃ意味がない。生きたあかしを感じられるような、ハメをはずした行動をとったらいいじゃないか、というのが「レッツ・リヴ・ア・リトル」ということだ。

友達が沈んでいる、「おい、どうしたんだ。元気をだせよ。ほら一杯やって」なんてときに「リヴ・ア・リトル!」という。

その「リヴ」だけど、「生きる」といってもまっとうな、ひとみに星がかがやいているような生き方ではない。明日のジョーや星飛雄馬みたいな連中はおよびでない。そうではなく、ちょっとよからぬことをそそのかすのがこの「少しは生きてみろよ」だ。酒を飲むとか身分不相応なぜいたくをするとか浮気をするとか。

カール・スミスのこの歌はその昔ヒットしたらしいのだが、どうしてだろうと思わせるほど歌詞にはほとんど内容がない。でも、

「二人はしあわせなふりをしてるけど、それは本当じゃないんだよね。
だから楽しもうじゃないか。さよならをいう前に」

という歌詞があるからたぶん不倫の関係をいっているんだな、ということはわかる。「さよならをいう前に」は今夜のこととも、別れの予感ともとれる。なかなか意味深長だ。

それにつづけて、

「いつか白髪になったとき、
今夜のことを思い出すかもしれない。
だから楽しもうよ、さよならをいう前に」

となると、もうこの世におさらばする前に、という意味かもしれないと思ってしまう。

そうだよなあ、私なんかもうすでに白髪になってしまったが、本当に「生きた」という実感が持てた瞬間が何度あっただろうか、とおもわず自分に問いかけてしまった。


「熱中症」ということばがありますね。普通は異常な暑さにやられてしまうことをいうが、私は別の意味で「熱中症」である。なにごとにも熱中してしまって歯止めがかからない、という意味での熱中症だ。

マカオで賭博をやってそれに気がついた。全然もうからないのにやめることができないのだ。要するに中毒症状だ。

カジノに行く人はさまざまな賭博に手をだすのだろうけれど、私ははじめからルーレット一本やりだった。ルーレットというのはごぞんじのようにナンバーを書いた円盤がゆるくまわっていて、そこに小さなボールを入れていっしょにまわす。そのボールが落ちたナンバーが「あたり」という単純なゲームだ。

テーブルの上にナンバーが書かれていて、客はその上にチップをのせる。ただそれだけだ。技術もなにもない。カードゲームなら「必勝法」みたいなのがあるし、パチンコだって釘の具合がどうのとかいうらしいけれど、ルーレットにかぎってはどんな対策も立てようがない。

碁や将棋のように、限りなく広がる可能性の世界を研究してどれが一番いいか決める、というのは自分に自信がなければできない。そういう自信が私にはつねに欠けていたし、最終的な勝利までの長い面倒くさいみちのりを頭の中で組み立てる、という頭脳ははじめからない。

ただただ運がいいことを祈るばかりだ。しかし私は逆にこれが気に入っていた。これは「神との勝負」なのだ。それが賭博の本質なのだと思っていた。それで勝てればなるほど「勝負」なんだけど、残念なことにはたいていの場合神様のほうが一枚うわ手だった。

勝ち目がないのは重々わかっている。それがわかっていてやめられない。「熱中症」である。

さいわいなことに私は貧乏だったし、マカオは香港から船で時間をかけて行かなきゃならない所だったからそうたびたび神に勝負をいどむことはできなかった。それが私の生活を救ったのだと信じている。以来賭博には手を出したことがない。

ラスベガスには大学があるが、もしあんなところに職がみつかったら身の破滅だと思う。


そういう熱中症はよくよく考えてみると好きでやっているのではない。なにかあやしい力が後押しをしてやめようにもやめられないのだ。


たばこだってそうだ。私は日本にいるときはたばこを吸わなかった。香港にいっていきがって吸い出してから中毒になった。

ニコチン中毒はヘロインの中毒よりも断つのがむずかしいそうだ。そんなおそろしいこととは知らなかったけれど、そのむずかしさだけは身にしみてわかっている。「たばこをやめるなんてわけはない。私は何回もやっている」というジョークがありますね。マーク・トゥエインが言ったことになっている。これが私には全然ジョークではなかった。

たばこをやめてもう20年近くになる。さすがにこのごろではニコチンに対する渇望はなくなった。逆にまわりにたばこを吸う人がいると気になるぐらいだ。たばこは「百害あって一利なし」だからやめられて本当によかったと思う。


それが酒になると話が違う。私はアルコールに強いわけではない。しかし酒は好きだ。過去にやめたこともないではないが、まあほとんどの人生を酒とともにすごしてきた。

ところが、2年前に酒をぷっつりやめた。たった2年?と言われるかもしれないけれど、私にとっては画期的なことだった。

ごぞんじのようにカリフォルニアはワインの産地である。ものによってはフランス産をしのぐ品質をほこるワインを産出する。もちろんそんな高級なワインは私は飲まない。でも安くてうまいワインにことかかないのだ。

またこれは日本ではあまり知られていないかもしれないけれど、私の住むサンディエゴはアメリカにおけるマイクロ・ブルワリーのメッカである。マイクロ・ブルワリーというのは日本でいう地ビールのことだ。サンディエゴ市内だけで30からの醸造所があるし、郊外も入れればその数は倍増する。付属の酒場はそれぞれ特色あるビールを供する。作りたてだからそれはうまい。大きなタンクが林立するそばでビールを飲むことができる。

というわけでサンディエゴは酒飲みのラスベガスなのだ。

そんな場所に住んでいながら酒を断つとは矛盾していると自分でも感じるが、やめたのは健康上の理由も大きい。年をとってくるとどんなことがきっかけでガタが来るかわからない。ならば不安定要素をなるべく少なくしておくにこしたことはない。

などと書いていると、なんのことはない、「リヴ・ア・リトル」とは正反対の生活態度ではないか。戦々恐々、あたりさわりのない生活を送って、「沈香(じんこ)もたかず屁(へ)もひらず」一生を終えたらそれでもうけもの、などというのではまことに情けない。

ここは一番、「レッツ・リヴ・ア・リトル」と元気にいきたいところだ。そんな時に使う「リヴ・ア・リトル」を日本語でなんといったらいいだろう。「もうひとふんばり」?「死に花をさかせる」?「最後の花道」? どうもいいことばがない。


「リヴ・ア・リトル」は軽いノリが身上だ。茶目っ気のある表現だ。

これも年をとってくるとだんだんに気むずかしくなって、あれもいや、これも気に入らないなどとインインメツメツとした気分になっていけない。

私は人間なにが大事だといってユーモアにまさるものはないと考えている。ただ単に面白いことをいったりしたりする、ということではなく、既存のワクにとらわれない自由なしなやかな精神のことだ。とくに自分を客観的にながめて、ともすれば深刻に、えらそうに、ごたいそうになりがちな自分を笑い飛ばせる能力、これが大事だ。

その点で私は(突然ですが)正岡子規を尊敬する。病床六尺から一歩も出られないおそろしい病魔におかされながら、あの人ぐらい自由になんでものりこえて、最後まで元気いっぱいだった人を知らない。弱音をはくぐらいなら笑い飛ばしてしまおうというその勇気に感心する。そして最後までおとろえなかったおうせいな好奇心。

病魔はちょっとご遠慮するにしても、生きるならばああ生きたいと思う。「レッツ・リヴ・ア・リトル」である。
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