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成熟と完熟 |
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2003年2月2日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ 大きな岩のゴロゴロする丘を埋め尽くすトーマスのアボカド園。 |
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▲ 急な斜面に立つアボカドの木。 |
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▲ 高い木になっているアボカドは特別の道具で採る。 |
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スーパーボウルの2週間前から、私の連れ合いはアボカドの収穫を急ピッチで始めました。(いちいち「連れ合い」などと言うのはまどろっこいので、これからは単にトーマスと呼ぶことにします。)スーパーボウルの後も5日間ほど収穫を続けましたが、それで終わり。いえいえ、実を採り尽くしたのではありません。木にはまだまだ実がたわわ。この次の収穫は、多分8月以降になるでしょう。だいたい毎年そうなのです。その間、アボカドの実はただじぃっと木にぶら下がっている。
アボカド園の中を歩くのは、たまらなく爽快なんですよ。だいたいカリフォルニアのアボカド園は斜面にあります。(霜の害にやられる心配がある平地に比べて、斜面だと冷たい空気が低地に流れ落ちていくので、被害の度合いが少ないからです。)トーマスの農園は大きな岩がゴロゴロしている格別に急な丘にあり、上ったり下りたり、歩き廻るのに変化があっておもしろいんです。それにどんなに日射しが強くても、農園の中は縦横に伸びた枝の葉っぱがキャノピーになっていつも涼しいし、しかも辺り一面静寂で、聞こえる音といえば、アボカドの落ち葉に覆われている地面に一歩一歩踏み出すときの、サクッ、サクッ、という自分の足音だけ。見上げると、葉っぱの蔭にアボカドの実が‥ その実は何ヶ月も同じ所にぶら下がったまま。そんなアボカドを見ながら歩いていると、まるで時間が止まってしまったかのような気がしてきます。
もちろん、時間は止まったりなどしていません。同じ所に同じようにぶら下がっているアボカドだって、よく見ると、時がたつにつれて着実に大きくなっていくのです。言い方を変えると、肥っていく。つまり脂肪分が増えていくのです。人間だってそうですよね。じっとしていれば肥満になる。
アボカドがある程度の大きさになるということは、実に含まれる脂肪分があるレベルに達する、つまり成熟(mature)するということです。実の中の脂肪分を測るのはむずかしいけれど、脂肪分が増えるにつれて、水分は逆に減っていくということを利用して、全体の重さに対する水分を抜いた固体の重さの割合(これを乾重量割合=dry weight percentageといいます)を測ると、成熟度がわかるのです。乾重量割合がどのレベルになったら成熟に達したといえるのかは、品種によって違いますが、州の食糧農業部が商品管理のために、ハースは20.8パーセントと決めています。それ以下だと、水っぽくて味がないし、放っておくと萎んでしまうんです。
でも、木になっている実が成熟したからといって、それですぐ食べられるわけではありません。実が完熟(ripe)してやっとおいしく食べられるのです。桃だってトマトだってそうですよね。ところが、アボカドの実は木にぶら下がっている間は完熟しないのです。
それ、本当?と、トーマスに確かめてみました。「本当だ」と彼は断言します。絶対に?「絶対だ」と彼はきっぱり。フーン‥
自分の連れ合いを疑っちゃいけないけど、読者に正確な情報を伝えるという責任があるので、植物学に博士号を持ち、カリフォルニアの農園経営者に技術指導をしているベン・ファーバーさんにも確認のために問い合わせてみました。ベンも、アボカドは木についている間は絶対に完熟しないと言います。
それではアボカドの実をいつまでももがずにおいといたら、どうなるの? 「そうしたらますます脂肪分が増えて、野生動物にとってたまらなく魅力的になって種を広めてもらえるんだ」と、ベン。つまり、脂肪分がいっぱいのアボカドは固いまま、いずれは自分で木から落ちてしまうのですね。そして、木から離れた瞬間から、完熟への過程が始まる。完熟するまでの時間は、含有脂肪量によって異なりますが、室温で1週間から2週間というのが目安です。もちろん、脂肪が多ければ多いほど、早く熟れる。
そう言えば、動物たちは少々腐りかけたくらい熟したアボカドが好きなようです。我が家は海岸沿いの住宅地にあるのですが、うちの裏庭にアボカドを置いたままにしておくと、それが軟らかくなった頃には、スカンクやフクロネズミやアライグマが夜出て来て、種だけを残してきれいに食べていきますよ。ときには、動物たちの間でアボカドの取り合いの喧嘩が始まったりもします。
自然に実が木から落ちるのは、木にストレスがたまったとき。暑さが続いたときとか、花がいっぱい受精して、次の世代のアボカドの子どもがたくさんできたときなど、木の負担が増えたときです。そうでない限りは、アボカドは成熟しても完熟することなく、木にぶら下がり続ける。これは生産者にはたまらなく便利なことです。なぜって、収穫時期を自分たちの都合のいいときに選べるのですから。
それでは、収穫時期をどうやって決めるのか、次回にお話しましょう。
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