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僕の偏見紀行
241 ベトナム、あれから8年(3)沸騰ホイアン
2018年8月5日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 花の下で休憩するシクロ・ドライバー。いつ来てもホイアンは街のいたるところに花が溢れている。
▲ 旧市街の洋服屋、古い民家の黄色い壁に服の色が映えて美しい。
▲ 旧市街中心部の日本橋周辺、平日の昼間だがこの混雑ぶり。日本橋は屋根付きの重厚な造り、当時の日本商人の繁栄が偲ばれる。
ベトナムの中央部、南シナ海に面したホイアンは、古くから東西交易の要衝として栄えた。16世紀ごろにはマニラやアユタヤと並んで日本人町が造られ、最盛期には1000人以上の日本人が住んでいた。

旧市街の中心には日本人が建設したという日本橋が今も残っている。郊外には徳川幕府の鎖国政策によって帰国できなくなり、この地に骨を埋めた日本人の墓地が残されている。

この様な歴史的背景もあって、ベトナムの人々は親日的であり、日本との経済的つながりは今も深まりつつある。ホーチミンの食堂で働く若者は近々日本へ留学する予定だと、習い始めの日本語で語った。ホーチミン市ではいたるところで日本のゼネコンの看板を掲げた工事現場が見られる。

社会インフラ整備事業への参加を目指す欧米諸国や中国の動きも激しい。19〜20世紀初頭に栄えたベトナム最後のグエン朝は中国との関係が深く、公文書には漢字が使われ、科挙が実施されていた。

春節には中国からベトナム各地へ観光客が大挙して押し寄せる。新興国際都市ダナンの建設現場でも中国企業の看板が目立つようになった。

海洋強国目指し、太平洋で米国と覇権を争う中国にとって、南シナ海ルートの確保は不可欠だ。しかしそのルートはベトナムの庭先をかすめる。これから中国はベトナムとどう向き合うつもりだろう。この2国は同じ社会主義国でありながら、これまでどこかギクシャクした関係が続いた。

フランスそしてアメリカ、二つの大国との戦いに勝利したベトナム、一筋縄ではいかない。そうやすやすとシー・ジンピンの一帯一路の夢に翻弄されるわけがない。かつて欧米諸国が東南アジアで行った侵略と搾取の時代は終わった。あらためてそのことを世界に知らしめてほしい。

そんな情勢を反映するように、ここ数年ホイアンを訪れる観光客は年々凄い勢いで増えている。僕が初めてホイアンに来た頃、旧市街をのんびり歩いて散策することが出来た。路上をバイクが走り回るのがうるさかったくらいで、いい具合に古さびた建物の壁が美しい街だった。車はその頃から進入禁止だった。

それが年ごとに観光客が増え、入域料が課されるされるようになり、バイクが進入禁止となった。代わりに人力のシクロが増え、列をなして通りを走るようになった。

客の増加に伴い新しいカフェやレストラン、ブティックが次々にオープンした。僕が知り合いになった旅行社が翌年にはブティックに変わっていたこともある。

僕の泊まるホテルは旧市街とトゥボン川を挟んだ島にある。初めて泊まった頃、ホテルの周りは古い住宅街だった。僅かにホテル正面に小さなランドリーショップがあるのみで、閑散としていた。

ホテルへ向かう路地にはいつも犬たちが昼寝をしていた。ところが今やホテル周辺は、1軒だったランドリーショップが3件に増え、旅行社、ゲストハウス、マッサージ屋、土産物屋が軒を連ねるようになった。

旧市街から島へ渡る橋も人でごった返すようになり、橋の中央は格好の記念撮影ポイントとなった。以前は橋を渡ると途端に静かな住宅街となり、夕暮れ時には人通りも少なく淋しいところだった。

ところが今は夕方になると屋台がびっしりと並ぶ夜市となった。道路に面したかつての民家は食堂やカフェに変わり、夕方になると客の呼び込みがうるさい。素人が家族だけで始めたカフェが毎日夕方になると大いに賑わっている。

かつて島には、旧市街が見える川岸だけにレストランがあった。それがいつのまにか島を取り巻くように島の裏側までレストランが広がりつつある。ひっそりとしていた渡し舟の乗り場も観光ボートがやって来るようになった。

旧市街の人出も尋常ではないほど増えた。平日の昼間、中心部の日本橋周辺は人ごみであふれ、トゥボン川に架かる橋の上は満員電車並みの人混みだ。中国語・韓国語・英語・フランス語が飛び交う中、強引に自撮りカメラを構えるカップルやグループに占拠され、ホイアンの風情を楽しむどころではない。

トゥボン川に浮かぶ小舟では、映画の主人公気取りのカップルが結婚記念写真撮影に夢中だ。カメラマンとその助手、コーディネーターなどに取り囲まれ、とんでもないなりをした二人の気取った姿など、できれば目にしたくない光景だ。

僕の好きなホイアンの街が賑わうのは嬉しい、しかしその反面、うるさい団体客で溢れるのも困ったものだ。(続く)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
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75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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36 風に吹かれて尾瀬ケ原
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34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
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25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
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18 さらば、災の年よ。
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13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
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1 東北紅葉雪見風呂
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