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僕の偏見紀行
249 神々の棲む島(6)闇の中の叙事詩
2019年1月26日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 篝火を取り巻く男達、まだ主役の登場前。チャ チャ チャという掛け声だけがあたりに響く。
▲ 弓を片手に魔王に立ち向かう王子の勇姿。
▲ 登場人物が出揃いクライマックスとなる。
黒々とした闇の中、かがり火を中心に幾重にも輪になって地面に座る男たち。炎が上半身裸の男達をぼんやりと浮かびあがらせている。聞こえてくるのは男たちの、チャ・チャ・チャという重く沈んだ掛け声。ケチャは楽器を使わず、男声をバックに演じられる。

いくつかのパートに別れたそれは、微妙にタイミングがずれ、音程も異なるようだ。単調な掛け声がリズムだけではなく旋律も奏でている。しかしこれは音痴の僕の感じだから当てにならない。

ここは王宮前を通り過ぎた先のバトゥカル寺院の広場、ケチャの公演会場だ。周囲をひな壇の観客席が取り巻き、正面には本殿へ上る石段が見える。階段の上部は暗く、脇の石柱と石像がライトアップされている。

ホテルの車で寺院まで送ってもらったが、開演の30分以上前というのに続々と観客が集まっていた。入り口の石段脇の受付でチケットを売っていた。傍らにケチャに関するパンフレットが置いてあるが、英仏韓日中など各国語が揃っている。いろんな国から観客が来ているのだ。

石段を上ると巨大な石柱の門が行く手を阻むようにたっていた。その先の通路脇にはライトアップされた神々の石像が並び、人間どもを威圧している。そこを抜けると公演会場の広場だ。

広場を取り巻く雛壇の観客席はほぼ半分くらいの入りだった。僕らはすばやく周囲を見渡し、奥の本殿へ続く石段付近の最前列に陣取った。その後も続々と観客が詰めかけ開演前には満席になった。数多いバリの伝統音楽の中でもケチャの人気は高い。

先ほど始まったチャ・チャ・チャの掛け声は、次第に熱を帯び、激しくなった。よく聞くと掛け声の合間に、オ・オ・オという低いが力強い声がリズムをとるように響いている。

暗闇に慣れてくると男たちの表情が見えて来た。若者から中年そして初老まで様々な人たちが集まっている。真剣な面持ちの若者、自信に満ちたベテラン風の中年男、じっと目を閉じた初老の男など、様々の男達がいる。中には、早く家に帰って一杯やりたいなあ、といった風情のオッサンもいた。

やがて正面の石段から華やかな衣装をまとった登場人物が現れ、物語が始まった。それは古代インドの叙事詩ラーマーヤナを原典とする壮大な物語。妃を魔王にさらわれた王子が、魔王と戦って妃を救出するという粗筋で、王子を助ける正義の味方、猿の軍団も現れて活躍する。

物語の進行につれ、何かを語るような掛け声が多くなった。登場人物の心情や場面の説明のようだ。その響きは浪花節のようにも、歌劇のアリアのようにも、韓国のパンソリのようにも聞こえた。

いわば勧善懲悪の物語で分かりやすい話だが、予備知識が乏しく、言葉も分からない僕にはよく理解できなかった。しかし王子の華麗な立ち回りや猿軍団の戦いはリアルで迫力満点だ。

王子を演じたのは女性だったが、弓を片手に魔王を睨んで見栄を切る姿はカッコよかった。ケチャは、男声の掛け声のみをバックに野外の闇の中でで演じられるドラマでありながら、能や歌舞伎、そして京劇にも匹敵する。

僕は奥会津の桧枝岐村で演じられる村歌舞伎を思い出していた。それはやはり森の中の古い神社の境内で、村人によって演じられている。どちらもその土地に生きる人々の祈りと思いが形となっている。時と空間を超えて、生きる喜びや悲しみを表現したい、という人間の思いは変わらない。

ケチャが終わり、誰もいなくなった広場に焚火だけが残された。そこへ暗闇の奥から、ウマにのった男が石段を駆け下りて登場した。ウマといっても、棒の先に造り物の頭と手綱が付いているだけ、まさに子供のおもちゃだ。

男はそのウマにまたがり、凄い勢いで広場を縦横無尽に駆け回った。まるで実際に暴れ馬にのっているような激しさだ。そのうち男は焚火に飛び込み、炎を蹴散らして暴れまわった。そして突然、バタリと地面に倒れ動かなくなった。どこかへトランスしてしまった。

観客はしばらく興奮冷めやらぬ状態が続いたが、やがて席を立ち出口へ向かいだした。寺院の前は車で混雑していた。通りからすぐに石段なので駐車スペースが無い。そこへ迎えの車が殺到して大変だ。

僕らも石段に立ってホテルの車を探した。すると通りの向かい側で手を振るドライバーが見えた。やれやれ無事に車を発見出来た。(続く)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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75 小笠原の旅(5)母島列島
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
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53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
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1 東北紅葉雪見風呂
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