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縁の下のバイオリン弾き
151 さしみについて
2018年7月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 水野年方「提督丁汝昌於官宅自殺図」1895(部分)
日本の浮世絵で中国の絵ではありません。
最近「ファースト・リフォームド」という映画を見た。日本での公開は予定が立っていないそうで、そのため邦題がどうなるのかわからないけれど、意味不明のこの題名は実は「ファースト・リフォームド・チャーチ」つまり第一改革派教会という教会の名前なのである。

ニューヨークに250年前から、つまりアメリカ独立前から存在していた古い教会で、主宰するのがイーサン・ホーク演ずるトーラー牧師だ。

自分も従軍牧師として参加したイラク戦争で息子を失い、その打撃から立ち直れずにいるアル中気味の牧師は、現代世界に幻滅し、中でも環境の悪化を促進する大企業への悪意をつのらせて行く。重厚な映画であるにもかかわらず、神と現実との葛藤に苦しむ宗教者という主題が日本人である私には縁遠く思われた。現代のアメリカでもそれほど人々に訴えかけるものがあるとは思われない。しかし批評家たちからは絶賛されるという不思議な映画だ。

その映画の本質とははずれるけれど、私には印象深い一場面があった。画面にはハマチか何かのさしみを乗せた皿が上から写されている。一切れをはしでつまんで醤油をつけ、ご飯とともにゆっくり味わう牧師の後ろ姿が続く。

「疲れていたので魚を食べた。ささやかな肉体の快楽を楽しんだ」と牧師のナレーション(彼が書いている日記の文章)が入る。

これが私には驚きだった。アメリカ映画にさしみが出てくることは珍しい。第一和食が食べられる場面だってまれなことだ。1993年の「ライジング・サン」には食卓で生きたタコがニョロニョロ動く場面があった。四半世紀前のこととはいえ、今昔の感が深い。

アメリカには四千からの寿司屋があって、毎晩盛況を誇っている。ニューヨークの寿司屋の数は東京につぐそうだ。それだけの数の寿司屋が栄えているということは、アメリカ人も寿司を本当に楽しんでいるのだろう。そういう人がさしみを喜んで食べるのは当然だ。

しかしアメリカ東海岸で神に身命を捧げている牧師さんが「肉体の快楽」とまでいうほどさしみを愛しているとは知らなかった。これがいかに大きな違和感を与えるか、アメリカに住んで見なければわからないのではあるまいか。キリスト教はギリシャ文明と並んで西洋のバックボーンだ。

例えていえば徳の高い仏僧がビフテキにかぶりついている図が禅寺に似合わないのと同じだ。見ている我々は奇妙な感覚にとらわれる。

日本料理の美味は数々あるけれど、伝統的な美味は結局のところさしみにとどめをさすのではないかと私は常々考えている。昔は基本的に魚と野菜しか食べず、新鮮だということに最高の価値が置かれていたのだから、さしみはその究極の姿だと思うのだ。


海鮮丼という料理がありますね。あの海鮮という言葉は中国語だ。私が日本にいた四十数年前には海鮮丼はおろか、海鮮という言葉自体が日本にはなかった。私はあの言葉を香港で学んだのである。そしてそこでは海鮮というのはもちろんさしみのことではなかった。

と言っても信用してもらえないかもしれないから、証拠を出そう。開高健の「酒瓶の中に植物園がある動物園がある」というエッセイにこういう一節がある。

「今年(1976)、某月某日、神戸の『海皇』(ハイファン)という中国料理店へ行ったところ、ここの料理は”海鮮”(海の魚介の新鮮なもの)専門で(後略)」。

海鮮に説明が必要だったことがよくわかる。1976年は私が日本を出てから6年後のことだ。

なぜ日本には海鮮という言葉がなかったのか。英語で言うならシーフードに当たる言葉がなかったのか。それは動物の肉を食べなかった前近代の日本では、すべての料理が海鮮料理だったからだ。すべてがそうならば、それを他の料理と比較して特化する言葉は必要がない。

中国や西洋では肉を食べるから、それとは区別される魚の料理を海鮮、シーフードと呼んだ。しかし日本では食事といえば、精進や野鳥の料理は別として、まず魚を食べることだったのだから、特別な言葉はなかったのだ。

それですし飯を使わない、ただのご飯の上にさしみを乗せただけの丼ができた時に、海鮮という言葉を中国語から借りてきた。

中国語は近代日本から膨大な量の漢語の熟語を借りたけれど(文明とか社会とかから始まって、手続、大売出、取消などに至るまで)その逆はそんなにない。海鮮は近代日本が中国から取り入れた数少ない中国語由来の言葉だ。

そのぐらい魚を食べることが重要な日本の料理でさしみの占める地位が高いのは当然だろう。


中国語で思い出したが、昔風の表現に「発富了(ファーフーラ)という挨拶の言葉がある。「お太りになりましたね」という意味で、これはほめ言葉なのだ。昔は食べるものにも事欠く人々が多く、みんなガリガリに痩せていたので、太っているということは金がある、ということになり、この言葉はそれを祝福するものだった。

あれだけ料理が発達した中国でこんなことをいう。つまりはうまいものを食べられるのは特定の階級に限られていたということだ。

日本でも話は同じだったに違いない。ことさらうまいものが魚に限られていたのであれば、その選択はいよいよ狭くなる。そんな社会で美食とは一体何だったのだろう。

そういうことを考えると変な話だが私は新選組を思い出してしまう。新選組の軍中法度(ぐんちゅうはっと=軍規)に「食物一切(いっさい)美味禁制の事」とある。いざ出陣という時にのんびりとうまいものなど食っているとは武士にあるまじき惰弱(だじゃく)な態度、と考えられたのだろう。握り飯かなんかを頬張っていろ、ということだ。

何かで読んだことなのだが、以前の甲子園では選手は試合前夜、ビフテキにトンカツを食べたという。「敵に勝つ」にかけたシャレなのだそうだ(今でもやっているのかもしれない)。ここ一番、という時にうまいものを食べて実力を発揮してもらいたい、という願いがあるわけだ。

武士はそういう発想とは無縁だった。とはいえ、美味が何を指していたかということが私にはわからない。新選組が活躍した京都にはうまいものがたくさんあるが、鮮魚はなかった。湯葉や高野豆腐がいくらうまくても、そういうものを食べて軟弱のそしりを受けるとは想像しにくい。やはり魚のことだろうと思う。アユかなんかだったのだろうか。

新選組隊士が新鮮なさしみを食べることがあったとすればそれはよほどの偶然の機会だったに違いない。つまり、彼らは現在のニューヨークの牧師さんほどにも「肉体の快楽」を味わうことができなかったのだ。あわれな話だ。

それなのにアメリカその他の外国に居住する日本人、日系人には、単に生まれが日本ではないということで、外国人にはさしみの真の味はわからないだろうと考える(邪推する?)者が多い。

中米にはセビーチェといって、柑橘類の酢でしめた生魚の料理があるが、あれなら生魚を食べたことがない外国人にも受け入れられるのではないか、と想像をめぐらしてせっかくおいしいさしみに酢をかけたり、みそ味にしたりする。それではさしみは台無しだ、ということがわからなくなっている(恐ろしいことだ)。

矛盾しているけれど、外国人にさしみをおいしく食べてもらいたい、と考えるからこそ、余計な手間をかけたがるのだ。

そういう中途半端が何より良くない。日本料理が珍しかった昔ならともかく、今や寿司・さしみの普及は日本人の想像を超えている。従って、妙な味付けをすることはもののわかった外国人には侮辱以外の何物でもない。また、生魚なんか願い下げだ、という人には、多少の味付けでその嫌悪をやわらげることなんぞできはしない。さしみを供するのは無駄だし、その客は箸をつけないだろう。要するに好みははっきり二つに別れているので、その中間地帯はないのだ。

美味とはそういうことではないだろうか。ほどほどの美味、というものは存在しないのだ。


勝海舟は日本料理について二つの矛盾した例をあげている。

「あの丁汝昌(ていじょしょう – 注1 )が、よくそう話したよ。日本の料理は、お安いが、二十両も出して、あつらえると、モウないという。それに何もかも、つめたいので、困ると言った。ヒラメだの、鯛だのという、同じものを、いくつにも料理して出すばかりの事だ。実になさけない話だ」

中国人が言う「冷たいもの」とは氷で冷やしたものではない。単に室温のままの料理のことだ。その代表がさしみだろう。

「八百善や、八百松の料理でも、五寸の重箱二つの料理が百五十両より二百両ぐらいのものができた。皆選(よ)り抜きの珍しい新しいもので仕たよ(作ったという意味)。鯛の目の下の肉ばかり取って、吸いもの落としにする。菜のひたしでも、炭火の室で、ハシリをつくり、その上、その丈(たけ)をそろえたものだ。小皿一杯に少し入れても、三、四両だ(注2)。八百善の亭主が、おれにマグロのさしみを出したから、ケナシたら、講釈して聞かせた。ものさしではかると、一分一厘(いちぶいちりん)少しも違わぬほど、皆同じで、その切った角が、シャンと立っていた。そんな料理人は、江戸一、日本一というものだった」(引用は両方とも「海舟座談」より。表記は改めた。)

「ヒラメだの鯛だの」と言っているのは要するにさしみのことであり、八百善の亭主もマグロのさしみをタネに講釈しているのだから江戸の美味がどこにあったかわかるだろう。

この二つの例は何が美味か、という問題について全く違ったアプローチをとっている。丁汝昌にとっては美味は温かい料理でなければならなかった。八百善の主人にとっては美味は味ではない。板前の腕前だ。そういうすごい料理人が作ったものを食べさせてもらうことがすなわち美味なのだ。

どちらも美味のとらえどころのなさを示している。一人は物理的な温度を、もう一人はものさしで計れる腕の確かさを判定の基準としている。そういう計算可能な側面を論じなければ、何がうまいものかを具体的に表すことができないのだ。

温かくなければ料理ではない、という考えは毎年日本に来る何百万という中国人観光客によって否定されている。いくら正確無比な切り方がしてあるさしみでも、古くなった魚では価値はない。

要するにどちらの基準も美味の判定には役に立たないというほかはない。やっぱり「肉体の快楽」というぐらいしかできないのでしょうなあ。



注1)丁汝昌(1836−1895)は清朝末期の海軍提督。日清戦争で連合艦隊と戦って敗北、毒を呑んで自殺した。海舟とは1891年に日本を訪問した時に知り合い、親交を結んだ。

注2)八百善は当時の料亭。1両を今の価値に換算すると10万円ぐらいになるようだ。もっとも幕末には価値が下落したそうだが。海舟の話に出てくる20両や200両の料理はとほうもなく高いように思われる。


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