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葉山日記
121 断捨離(1)
2015年12月7日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
いま断捨離作業の真っ最中。

迷ったときは捨てる、を基本方針に進めているが、もうこの歳になるとあまり迷いもない。むしろモノをどんどん処分することに快感さえ覚える。

箱のなかから1枚の古ぼけた写真がでてきた。昭和28(1953)年4月に撮影された、小学校入学時の自分が写っている。

写真スタジオの壁には大きなシミがあるし、敷かれた絨毯はペラペラ。いまから60数年前、戦争が終わってまだ8年。物資不足の時代が透けて見える。

写真館は東京大田区・目蒲線の「鵜の木(うのき)」という駅の前にあった。当時わが家は駅から歩いて10分ほど、多摩川にほど近いぼろアパートに住んでいた。四畳半ひと間に親子4人で暮らしていた。目黒と蒲田を結ぶ目蒲線は現在では東急多摩川線と呼ばれているらしい。

革のランドセルに革ぐつ。職と夢を求めて、九州から東京にでてきたばかりの両親は長男のために精いっぱいの努力をしてくれたのだろう。この時代、写真館で記念写真を撮るというのは一般庶民にはかなりぜいたくなことだったはずだ。

ふと胸の名札の存在に気づいた。大伸ばししてみると、布きれに毛筆でたしかに「なかやま としあき」とある。右肩あがりの、特徴(というかクセ)のある父の筆使いが浮かび上がった。「田園調布小学校 一年五組」。若くて美人で上品で、とてもやさしかった担任の「タナカ先生」の顔まで浮かんできた。

え?田園調布!と思われる方がいるかもしれない。そう、あの「田園調布」なのだ。僕は目蒲線の電車に乗って、鵜の木の3つ先の田園調布駅近く、大田区立・田園調布小学校に通った。いまでいう越境入学である。九州に住むことになるのは中学2年から大学卒業までだ。

父もこのころは、ふつうの親なみに子供の教育に熱心だったのだろう。また見栄っ張りの母は、こと他人さまに自慢できることなら借金もいとわない性格だったから、お金持ち子弟が多い小学校にわが子を入学させることがさぞかしうれしかったに違いない。

「親不孝な子の話はよくきくけど、お宅の場合は子不幸な親だったからねえ」。父の葬儀のあとの会食で、母方の叔母のひとりがぽろり言ったものだが、なるほどうまい表現だ、とおもわず笑ってしまったほど、父の生涯は波乱万丈だった。転職と引っ越し、事業失敗と夜逃げ、それに女性問題。酒が嫌いで、賭けごともしなかったことが、最悪一家離散を食い止めた理由かもしれない。

そんな貧乏な家庭の子供がなぜ田園調布小学校に入学したのだろうか。いや入学できたのだろうか。電車通学は僕だけではなく、同じ電車で同じ学校に通う子供たちがけっこういた。電車通学組には、自分たちが「きりゅう」組という、正統田園調布組とは違う存在だという意識がこどもなりにあった。

ウィキペディアで検索をかけると以下説明があった。

【寄留】(きりゅう)は、日本の旧法令で、90日以上本籍外において一定の場所に住所または居所を有することである(寄留法1条)。昭和27年住民登録法(後の住民基本台帳法)の施行とともに、寄留法は廃止され寄留という制度は全く存在しなくなった。

いったい僕はだれの家に「寄留」させてもらったのだろう。当時の父の職業は税務署職員。想像にすぎないが、職業がら田園調布にはたくさんの「ムリがきくひと」がいたはずだ。そういえば、一緒に登校していた「オーイシ君」のお父さんは警察官だった。大人たちは「奇手」を使って子どもたちを有名校に潜り込ませたのだろう。だが、この法律は入学の前年に廃止されている。これも戦後のどさくさか。(つづく)

−−−−−−−−−−−−−

研究会会員の皆さん、長いことエッセイお休みしてしまいました。今回もようやくここまで書きましたが、数時間を要しました。書き始めると、それはそれで楽しいのですが、すぐ疲れますし、すぐ海に行きたくなります(笑)。歳のせいにはしたくないのですが、持続力がなくなりました。書き続けているうちに調子が戻るかもしれませんが、あまり張り切らず、のんびりと行きます。よろしくお願いします。(中山)
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