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花婿の父 |
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2003年5月23日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ マルセリーノは60歳くらいかと思ったら、48歳だとのこと。一般に メキシコの農民は老けて見える。 |
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▲ 労働者の中で最年長とはいえ、マルセリーノは高い木にも平気ではしごをかけ、長いポールを使ってアボカドの採取をする。 |
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アボカドの収穫時には、労働者たちは時給ではなくて、1ビン*分の収穫につき75ドルという契約方式を好みます。せっせと採取量を上げても1日の賃金は変わらない時給方式と、たくさん採取すればするほど稼げる方式とでは、後者を望むのは当然。契約方式に切り替えると、アボカド採取に慣れた労働者は、手取りで月に3000ドル以上稼ぎます。労働者たちはみなメキシコからの出稼ぎですから、短期間に稼げるというのは、彼らには特に魅力なのです。
今年は、最年長のマルセリーノが格別に頑張っています。ほとんどの労働者が午後4時には仕事を終えるのに、マルセリーノは一人で黙々と7時過ぎまで働き続けるのです。若い労働者の2倍も稼いだ日も何日かありました。彼には目標があるのです、息子の結婚式のために1万ドルを稼ぐという。
結婚式に1万ドル(100万円以上)かけるというのは日本ではびっくりするような額ではないでしょう。でも、コーヒーとバナナが主要生産物で人口500人という彼の村では大変な金額です。マルセリーノ自身は20歳のときに15歳の娘と結婚して子どもが10人いますが、家族を養うのに必要な金額は月に100ドルぐらいだそうですから、1万ドルというのは彼の家族が8年以上食べていける額に相当するわけです。
マルセリーノはメキシコ南部のワハカ(Oaxaca)州のトリキ族という先住民。子どもの時に両親を亡くしたので学校に全く行ったことがなく、読み書きができないばかりか、メキシコの国語であるスペイン語もおぼつきません。でも、どこかカリスマ性があるらしく、一般にマヨードモと呼ばれる村の助役のような役職を1年間果たしたこともあり、もう1度やりたいとも思っているそうです。その彼の23歳の長男が、まだ15歳で学校に通っている娘と結婚するというのです。花嫁の父親も村の有力者らしく、マルセリーノとしては意地でも盛大な結婚式をやりたいということなのでしょう。
招待客は500人で、まず、ビールを小型トラック2台分買う。次に、1頭1500ドルの牛を2頭買ってつぶし、バーベキューにする。1箱12本入りのウィスキーとブランディーを買う。音楽バンドを雇う。爆竹も買う。一番高いのは、60cmの高さの三重のウェディングケーキ。最後に、教会への御礼。これが一番安くて、たったの10ドルだそうです。1万ドルの使い道を聞いたら、すらすらとこういう答えが出て来たのですから、いつも頭の中で計算しているのでしょう。
メキシコ人は階級に関係なく、お祭りやパーティーが大好きで、惜しみなくお金を注ぎ込みます。でも、疲れた顔をしながら朝早くから日没まで働いて、身体の節々が痛いとトーマスからアスピリンをもらっているマルセリーノを見ると、なぜそんなにしてまで盛大な結婚披露宴などするのか、どうしても腑に落ちません。「男としての誇りなんだよ」とトーマスは言いますが、どうも私にはピンと来ない。もっと有効なお金の使い道があるじゃない、と言いたくなってしまうんです。
「稼いだお金を子どもの教育費にするということは考えないの?」と、聞いてみました。現に、同じトリキ族の青年のホエールは高校まで出ていて、大学へ行きたいからと学費稼ぎのために、いまトーマスの所で働いているのです。 「いや、うちの子どもはみんな勉強が嫌いでねぇ」と、マルセリーノは言います。 それじゃぁ、もっと土地を買って耕作面積を広げるとか‥ 「土地を買っても耕す者がいないよ。みんな出稼ぎで出て行っちまうから」 たしかにその通りではあります。メキシコの農村地帯の多くは、アメリカに出稼ぎに出た人たちからの仕送りで生き延びているようなものですから。
出稼ぎ労働者が稼いだお金でまずすることは、家を改築あるいは新築すること(そして色鮮やかなぺンキで塗ること)ですが、マルセリーノはトーマスの農園で10年以上も働いていますから、そんなことはとっくにやってしまったことでしょう。それでマヨードモ職をもう1度やりたいのかもしれません。マヨードモの地位は行政組織とは全く関係なく、村の有力者が選ばれて1年間勤めるのですが、その仕事とは、お祭りを何度かやってそのコストを受け持つことだそうです。それはきっと自衛自治組織としての村の秩序を守るためなのでしょう。村の秩序が保たれないと政府からの干渉が入って、先住民族の彼らは土地の所有権を奪い取られかねないからです。
マヨードモの任を果たすには1年に4000ドルもかかるそうですが、それをやりたいというのですから、トーマスの考えるように、マルセリーノは村の中での栄光を求めているのかもしれません。それで、息子の結婚式に8年分の生活費をかけるのを何とも思わないのでしょう。こういうお金の使い方もあるんですねぇ。
さて、息子の結婚式は5月末日と決まり、マルセリーノは中旬の日曜日に故郷に向かうことになっていました。国境沿いの町ティファナから故郷の村まではバスで3日3晩かかります。「うんと遠いんだよ」と、重ねるように彼は言いました。ところが出発前日、彼の政治的同盟者が射殺されてしまったから、事態が治まるまで1ヶ月ほど帰郷は待った方がいいという電話がかかってきました。どうやら、マルセリーノの村には権力争いの複雑な状況があるようです。おかげで、目下マルセリーノは相も変わらず長時間働き、若い者以上に稼ぎ続けています。
*アボカド1000ポンド(453kg)分の採集箱。第5回「トーマスのギャンブル(1)」参照。
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