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アボカド形の穴 |
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2003年4月4日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ アボカドが大好きなアナ |
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▲ アナとへザー(写真はいずれもボストン近郊の自宅でデイブが撮影) |
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3月上旬に、アボカドにまつわるメールがヘザーから来ました。ヘザーはボストンの某有名大学ロースクールの準教授なんですが、トーマスの従妹の娘で、私たちにとってはかわいい姪のような存在。彼女も私たちのことを慕ってくれて、毎年連れ合いのデイブといっしょに遊びに来てくれます。おまけに、私たちを去年3月に生まれた娘のアナのゴッドペアレンツにしてくれたのです。
アナは生後10ヶ月ころからアボカドを食べるようになり、11ヶ月にはアボカドを抱えて歩くようになりました。しあわせいっぱいの若い家族なのですが、去る2月に、デイブの妹のアンが脳ガンで他界するという不幸に出会ってしまいました。30歳そこそこの詩人だったアンの思い出にも、アボカドが絡んでいるとヘザーは言うのです。
彼女のメールは何度読み返しても心に沁みるので、本人の了解を得て、皆さんにも読んでいただくことにしました。
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もうすぐアナのお誕生日。いまアナは歩くのが楽しくて、ちっとも座ろうとしないのよ。相変わらず大喜びでアボカドを手に持って歩いてます。
送ってもらったアボカドは本当においしいわ。柔らかくなったので冷蔵庫に入れて、アナが食べる半日前に出しておくの。リッチで、バターのようで、ナッツを溶かしたような味で、子どもの食べ物として完璧。このごろアナは、毎回、私にもアボカドを1切れくれるのよ。それがまた嬉しくてたまらないらしいの。アナからもらうアボカドの味は、母親の私にはまた格別! 子ども用ビスケットのかけらがくっついていてもね。
ところで、トーマスにしか聞けない質問があるんだけど。アボカドには消化促進効果がある? アボカドを食べないときのアナのうんちは硬いんだけど、アボカドを食べると柔らかくなって気持ちよさそうなのよ。プルーンより効果的。そんなことってあると思う?
ところで、アボカドはアンの思い出と絡み合うようになったの、知ってた? 彼女が亡くなるちょっと前、アナがアボカドを持って歩き回るようになったのよって言ったら、彼女はとっても喜んでね、アボカドには歯があるのかって聞いたの。変な質問でしょ。とうとう腫瘍がそこまで彼女の頭を冒しちゃったのかと思って、私はうんと悲しくなっちゃった。でも、そういうことは、アンなら小さい子どもに言いそうなこと。子どもを自分と同等に扱って、自分も子どもみたいに天真爛漫になるのが好きだったから。もうすこし大きくなったときのアナに、アンが「アボカドに歯はあると思う?」って聞いて、二人で笑い出す姿が、目に浮かびそう。
アンはいつも子どもたちにそんな風だった。最期の数週間は、アン自身が子どもに戻ったみたいだった。アンは複雑なことを豊かな語彙で表現したけど、同時に遊び心もいっぱい持っていて、それがいつもアンの力だった。そのことは、彼女の詩や、子どもたちを愛する心や、生活のすべてに表れていたから、体が弱ってきたときに彼女が子ども心に戻ったのも不思議じゃないわね。だから、アボカドに歯があるかなんていう質問に、私は最初びっくりしたけど、後で感動しちゃった。
生前にアンが子どもたちに教えていた創造作文練習みたいなものを、アンを偲ぶパーティーで彼女の友だちが参加者みんなにやらせたの。1つの言葉から思いつくことを、5分間自由に書きとめるというもので、与えられえた言葉は“yum”(「おいしい」を表す幼児語)。それはアンがその友だちに言った最後の言葉だったんですって。
私が書いたのは、アナはアボカドが大好きだということ、アンがアボカドに歯があるかと聞いたこと、アンはアボカドみたいだったこと(不器用な外見だけど、中身は柔らかくて豊かで、力強い芯があるから)、そしてデイブの心の中にはアボカド形の穴があいているのかな?ということ。というのは、お葬式の追悼の言葉で、デイブは「アンの死で心の中にできた穴は、アンがアナの成長していく姿を見られないからだんだん大きくなっていく」って言ったから。
これを書いたら、なんだか気分がとっても楽になっちゃった。こんな子どもじみた文を書いているうちに、涙が頬を伝わって落ちてきて、読み上げたときには、デイブも涙を流してしまった。という次第で、アボカドは私たち家族には特別の意味を持つようになったの。
いま、本当はアボカドのことじゃなくて、陪審員制度について論文を書いていなくちゃいけないの。だから、ここで仕事に戻りますね。
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