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スコットランド紀行（５）いくつかの思い出 |
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| 2008年6月23日 |
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 | 時津 寿之 [ときつ としゆき]
１９４５年、九州にて誕生。２０１０年４月６５才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子２人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。 |
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| ▲ グラスミアのワーズワースホテルの朝食、僕の理想のトースト。ややこげ加減のところが美味しい。 |
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| ▲ ウィンダミア湖畔レストランでのランチのデザート。ホウズキが出てきて仰天したが、食べてみると柑橘類の味だった。店の人に尋ねるといろいろ調べてPHYSILASと教えてくれた。帰って調べたが辞書には載っていなかった。 |
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| ▲ 「コニストン湖｣クルーズのスティームボート。本当にBEAUTIFUL AND ELEGANTだった。これで静かな湖を走るのは心地よかった。 |
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成田から自宅へ向かうタクシーの外には、夜の闇の向こうに１１日ぶりの日本の風景が広がっていた。よくいわれることだが、どうしても電柱や看板、無秩序な家並みが気になってしまう。この差は一体なんだろうと考えた。
あのスコットランドの広大な牧草地、美しい山や湖、草原などの大自然が、どうして今まで美しいまま残されてきたのか。
知らない土地を訪ねて、そこで出会ったことについて、帰国後想像をたくましくして、いろいろと思いをめぐらすことは、僕にとって旅のもう一つの楽しみだ。
まず、自然はそのままが最も美しい、出来るだけ人の手を加えるべきではない、とする文化に彼我の差があると思う。イギリスでナショナルトラスト運動が早くに定着したのもその表れだろう。
次に長い歴史の中で生じたストックの差があるのではないか。大航海時代以降、イギリスは世界中から富をかき集めたが、それは国家（支配階級)及び市民に強固なストックとして蓄積されたと思う。そしてそれが景気に左右されることなく土地を持ち続ける力となったのではないか。
さらに想像すると、貴族を含めた大地主層を除いて、庶民が小規模の土地を私有するということが少なかった、あるいは出来なかった。歴史で教わった農村富裕層による「囲い込み運動」もその一環ではないか。
エジンバラ市内での見聞だが、中心地に入り口に鍵のかかった公園がいくつかあった。最初は意味がよく分からなかったが、その周辺の高級アパート住民専用の公園ということだった。部外者は利用できない。大都市の真ん中に、共同とはいえ私有の大きな公園を維持する財力は並大抵ではない。
また、ムラカミ先生旧知のエジンバラ大学の先生宅を訪問させてもらったが、その家は数軒ならんだ２階建棟続きのテラスハウス形式だった。家々はそれぞれの私有だが土地は市の公有地の提供ということだった。どんな契約形態かは分からないが、土地は私有ではない。そしてこの家もここ１０年で２倍以上の値上がりらしい。
どの家も、道路に面した部屋には出窓が設けられ、花や置物で美しく飾ってある。そしてその前面にはいわゆるイングリッシュガーデンが美しく広がっている。道路側はいわば公共の空間として美しくあるべき、という義務感が市民にあると感じた。
もう一つよくいわれることだが、イギリスは食事がまずいというのがある。僕の経験した範囲では、ガイドお任せのホテルやレストランというところが多かったが、結構美味しかった。
ただ、牛や羊は巨大な肉塊のまま、野菜はたとえばジャガイモは皮のまま、ブロッコリーは切らずに塊のまま、フライドポテトやマッシュポテトも一山どーんと供されることが多かった。さらに必ず、強烈に甘いチョコレートケーキ、山盛りのアイスクリームなどのデザートが付いていた。全体に繊細な味付けというより、素材そのものを味わうという感じで、肉や野菜そのものの滋味といったものは充分味わうことが出来た。
そんな中で僕が気に入ったのは、朝食のパンと紅茶だ。薄切りの食パンを、これは断じて薄切りでなければならないが、ちょっと焦げるくらいに充分焼いたトーストに、オレンジマーマレードをたっぷりとのせ、それに冷たい牛乳を入れた砂糖なしの紅茶、とくればいうことはなかった。紅茶が美味しいのは水のせいもあるらしいが、まさに僕の理想のトーストと紅茶だった。
また、旅の途中で様々な人とも出会った。買った品の単価ミスを指摘すると、レジスターのせいにして余分なお金を返してくれなかった土産物屋のオヤジ、紳士然としていたが頑固で、頬を赤らめながら屁理屈をこねていた。
無愛想で非能率な仕事振りのホテルや空港のフロント係など、嫌な感じもあった。しかしこれもまた旅のひとこま、味わいの一つだろう。
そんな中、湖水地方の「コニストン湖」クルーズで出会ったボイラーマンは忘れ難い。数十人乗りのやや細い長く優美な船はスティームボートと呼ばれ、蒸気を動力としていた。
乗り込むと船内はまるでホテルの部屋のように、重厚な木目とビロード地のソファーなどがあり、高級感溢れる造りである。壁に掲載された船籍などの書類によると、建造は１８００年代（記憶が定かではないが）という歴史ある船だった。
船尾のエンジンルームへ行くと、眼鏡ををかけたやや神経質そうな５０年配のオヤジサンがいた。恐る恐る質問すると意外に機嫌よく教えてくれた。ところが、なまりが強いのか、さっぱり分からない。もっともキングスイングリッシュなら分かるか、というとそうでもない僕なのだが。
それでも何度も聞いているうちになんとか理解できた。蒸気機関の燃料は、今は石炭ではなく、木材チップを成形したブロック状のものを使っている。実際に釜にくべて見せたが、あまり煙も出ず、音も静かで環境にやさしいと自慢げにいった。この道一筋４０年、自分の仕事に大いに誇りを持っているという。
僕が日本人だと分かったのか、この船は、日露戦争で活躍した戦艦三笠と同じ造船所で造られたのだと教えてくれた。僕が、この船は相当古いようだがとても美しいと彼を喜ばすようなことをいうと、彼はすかさず「YES、VERY BEAUTIFUL AND ELEGANT」きっぱりと、特にAND以下を強調して言い返された。
彼の職業に対するプライドと船への愛着は半端ではないと思い知らされた。忘れ難いオヤジサンだった。
（終わり）
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