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ボーダーを越えて
6 トーマスのギャンブル(2)
2003年3月3日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ パッキングハウスから送られてくるファックス。
▲ アボカドの採取には高いはしごも使う。
▲ アボカド収穫用バッグ。収穫人がただいま昼食中で、バッグもお昼休み。
公式市場放出日を過ぎると、サイズに応じた先物買付け価格の通知が、アボカドの仲買業者であるパッキングハウスから毎日ファックスで送られてきます。トーマスはこのファックスで生産者価格の動向を測って、いつ収穫を始め、いつ終えるかを決めるんです。

市場放出日前は生産者価格が高い、と前回お話しましたね。それ以後は各地で収穫が始まるので、価格は急に下降していきます。それで、収穫の先頭を切ったトーマスは、収穫を停止。新年が明け、スーパーボウルが近づいて価格が急上昇を始めると、収穫を再開し、スーパーボウル直前にはピッチを上げる。スーパーボウルが過ぎると需要は平常に戻る上、カリフォルニア北部の収穫が本格的になり、価格は着実に下がっていくので、またもや収穫停止。供給量が少なくなる7月以降には生産者価格がジリジリ上がっていき、そのピークに近づいた頃、トーマスは一斉に収穫する。というのが、大体例年のパターンです。こんなことができる果実は、木からもぎ取るまでは完熟しないアボカドだけ。リンゴや桃のような普通の果実だったら、果実の熟成によって収穫期が決められてしまいますからね。

今年収穫する実は、去年咲いた花が実を結んだもの。いま、またそろそろ花が咲き始めてきました。アボカドの木は、ぶら下がったままでどんどん大きくなっていく実を支えながら、花を咲かせ、実を結ばせるという重要な仕事を同時にやっていくわけです。人間でいえば、授乳中の母親が妊娠するのと同じ。大変な負担ですよね。しかも、普通の果実と違って、アボカドは糖分の代わりに脂肪分を増やしていくのですから、ますますエネルギーが必要。双児に授乳しながら、妊娠しているようなものでしょうか。

その負担を軽くするために、トーマスは大きい実だけ収穫していきますが、それができるのも、大きいサイズの価格が高いうちだけ。アボカドの採取は機械化できませんから、人件費と買付け価格を秤にかけて決めないと、収穫してもかえって損失になりかねません。どちらにせよ、本格的に収穫するのは、価格が上りつめるまで、じっと待つのです。これは市場放出日前に出荷するよりもっと大きなギャンブルなんです。

そもそもアボカドの生まれ故郷は湿気のある亜熱帯。空にどんより雲がかかったようなお天気が好きなのです。カリフォルニア南部のようにカラカラに乾燥して太陽が照りつける暑さにあうと、木にストレスが溜まる。すると、アボカドの木は、ポタッ、ポタッ、と実を落としていきます。木から落ちてしまえば、アボカドは二足三文でしか売れません。それでもトーマスは、生産者価格が上りつめるのをじっと待っている。

落ちたアボカドはそのまま放って腐らせてしまうわけではありません。優れた蛋白質やミネラル類たっぷりのアボカドは貴重な食糧。それを粗末にはできないと、労賃をかけて拾い集め、トラックに載せてホームレス・シェルターに寄付してきます。汗と埃にまみれた姿でシェルターの入り口に現れるトーマス自身が、よくホームレスに間違えられるんですよ。

実際、大風でアボカドの実がドっと落とされ、私たちもホームレスになってしまうんじゃないかと、本気で心配したときもありました。ですから、トーマスのギャンブルには、「ネェ、もうそろそろ採り始めてもいいんじゃない?」と、つい不安が私の口から出てしまう。
「いや、まだまだ上がる」と、彼はいつも悠然と構えています。

そんなことをしながら、9月まで収穫を待った年もありました。数年前から、チリ産のアボカドが8月中旬から市場に現れるようになったので、価格が9月に急騰することはなくなり、トーマスはチリからアボカドが到着する前に収穫を済ますようになりましたが。年によってはカリフォルニア産アボカドが極度に不足して、7月頃から価格が急上昇することもあります。そういう年はトーマスも、例年より早く収穫を済ませます。

毎年、こんなことを繰り返しているのです。トーマスのギャンブルは大きくはずれたことがないので、私もやっとハラハラしなくなりました。大風さえ吹かなければ、の話ですが。
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