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僕の偏見紀行
212 なぜかベトナム(10)ホーチミンでチョコを買う
2016年8月30日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホテル近くの行きつけの食堂で顔なじみになったスタッフ。数年前までヒラだった若者が立派なチーフ(向かって左)になっていた。
▲ ホテルの部屋にあった備品リスト。数字はベトナムドン、1万ドンがおよそ50円。左手品目の中ほど下にバスタブが見える。
▲ チョコを買った店「ルージン」へ続く階段。ビル裏手の倉庫みたいなところから上がった。
のんびり気ままに過していたら、あっという間にホーチミンへ戻る日が来た。ホイアンでは途中でホテルを移ったため、ちょっと落ち着かなかった。

その前日、ダナン空港へのタクシーを予約するため地元の旅行社へ行った。すると料金は2年前から値上がりし、25ドルという。顔見知りの女ボスに、2年前は20ドルだった、と苦情を言った。すると、しょうがないなあ、という顔付で1ドルだけまけてくれた。

当日、迎えのタクシーに乗り込みダナンを目指す途中、バインミーを買うため寄り道した。評判のホイアン名物、勿論ドライバーも知っていた。

旧市街を出たあたりの店先は既に客が溢れている。地元の人に混じって外国人の姿も多い。僕も並んで待つことにする。店頭の具材が詰まったショーケースの脇で、数人のオバサンがなれた手つきでバインミー製造に励んでいる。

まずコッペパンに素早く切れ目を入れ、ペーストやバターを塗りつける。次に具材をリクエストに応じて手際よく詰め込み、コショウ、ニョクナムなどをふりかける。数人がかりの目にも留まらぬ早業だ。

ただこのオバサン達、忙しいせいか、作業する手でそのまま客のカネを受け取る。ちょっと閉口したが、これもベトナムの味のうち、と考えた。

ダナン空港から1時間半、2週間ぶりに戻った4月のホーチミンは一段と暑かった。ぎらつく太陽の下、バイクの奔流が大通りを埋め尽くして流れていく。これがホーチミン、またホーチミンに来たぞ。

なじみのホテルにチェックイン、ここのフロントは仕事が速く有能だが、極めてビジネスライクだ。宿泊料は払い済みなのにデポジットを当たり前のように要求する。しかしまあ、これにも慣れたからね、文句は言わないことにしている。

ただ、ここのフロントカウンターは、フロアから一段高く、スタッフは客を上から見下ろしてものをいう。だから負けてたまるかと、気合を入れてチェックインする必要がある。

他にもこのホテルには珍しいことがある。部屋に価格入りの備品リストが置いてある。それを開くと、ティーカップ 6万ドン、バスタオル 30万ドン、テレビ 1000万ドン、とあらゆる備品の値段が一目瞭然である。勝手に持ち出すと後日客に請求書を送るという。(変動はあるが、およそ1万ドンが50円くらい。)

しかし、リストにバスタブ(2000万ドン)とあるのには仰天した。誰が、いったいどうやって、バタブを持ち出すというのだろう。ちょっと変わったホテルだが、町の食堂やランドリーが近くにあるし、料金が手頃で部屋の居心地は悪くないの利用している。

さらにもうひとつ、朝食のレストランで見かけた光景に興味深いことがあった。メニューはアメリカン・ベトナム・中華と充実し、味もいい。麺類やタマゴ料理は注文に応じてその場で調理してくれる。デザートの南国フルーツは僕の好きなスイカをはじめ、マンゴーやパパイヤなど豊富に揃っている。

このホテルにはベトナム初日に1泊、終盤に5連泊と通産6泊した。毎朝食堂に通っているうち、数人のウエイターと顔見知りになった。その中の若手、多分一番下っ端だと思うが、その彼が面白かった。日によってサービスの態度が全く異なるのだ。

日によって彼は、こちらから呼ばなくても、にこやかにお茶やコーヒーのお替りをしてくれた。ところが日が変わると無愛想になり、テーブルに近寄ることも無く、コーヒーのお替りなど知らん顔だ。あまりの変わりように驚いたが、よくと見るとホール全体の雰囲気も変化しているのが分かった。

原因は食堂のマネージャーだった。スタッフと同様にマネージャーも数人が交代で務めていた。中でも、横綱千代の富士によく似た精悍な顔立ちのマネージャーは優秀だった。常に食堂全体に睨みをきかし、自らもよく動き、小気味よくサービスをこなした。

するとスタッフも、気を抜くことなく、サービスに務めることになる。件の彼もその日は人が変わったようによく動いた。満面の笑みをうかべ、大げさなしぐさでコーヒーのお替りをすすめた。

ダメマネージャーの時は全体の雰囲気が緩み、スタッフの動きも緩慢になる。しかもマネージャー自身が奥へ引っ込むことが多く、そんな時はスタッフ全員の動きが目に見えて緩慢になった。管理者次第で職場が変わる、という実例を見るようで面白かった。

ホーチミンでの5日間をどう過すか、よく考えた末、結局何もしないことにした。旅の終わりでもあるし、日帰りツアーも目新しいものが無く、ホテルでノンビリすることにした。食事に出かける他は、気が向けばホテルの周辺を散歩し、たまにお土産を買いに出る。それで充分だ。

お土産担当の家内によると、最近日本でも話題のベトナム産チョコレートがあるという。お土産にチョコレートとは定番すぎるが、これは知る人ぞ知る、チョコ愛好家に人気の逸品らしい。造り始めたのは二人のフランス人男性、ベトナムで、一つの産地のカカオからひとつのチョコを造る、というシングルオリジンが特徴という。

生産量が少ないためか、売っているところは限られていた。そこでガイドブックを頼りにホーチミン市内をチョコを探してさまよった。(ちょっと大げさ)ガイドブックにあった店は2軒、まず中心部から少し離れたところを訪ねた。タクシードライバーは何のためにそんなところへ行くのか、といぶかしげだったが、到着してその意味が分かった。

倉庫跡地のような雰囲気の不思議なところだった。古い建物を改造したものが数棟並んでいる。入り口に近いところはオープンエアのレストラン、奥の2階建ては独特なデザインの衣類や雑貨の店が入っていた。

あたりの壁一面にはエネルギッシュなスプレー画が描かれている。どうも若いアーティストのタマゴ達のコミュニティのようだ。内部のショップを探し回ったが目指すチョコは無かった。たかがチョコ、しかし乗りかかった舟、買わずに済ますわけにはいかない。再びタクシーに乗って次を目指すことにした。

着いたのは市内中心部、日本人にも人気の店が並ぶドンコイ通りだった。ここなら何度も通ったこともあるし、なれたところと思ったが、ことはそう簡単には進まなかった。通りにはホテル・レストラン・ブランドショップが続き、その合間に2階建ての古い建物が残っている。

ガイドブックにある場所に着いたが、チョコの店は見当たらない。付近で訪ねるとそれは2階だという。ところがビルの2階へのルートが見当たらない。通りの店の中から2階へ上がるのだろうか。

この古びたビルは、かつて表参道にあった同潤会アパートのように、元来はアパートだったという。あちこち尋ねまわり、ようやく店の合間にビル後方への通路があるのが分かった。

薄暗い通路を抜けた先は、雑然とした倉庫スペースだった。一つだけ灯る電灯の下にバイクや飲料水のボトル等が置かれ、奥の突き当たりに階段が見えている。

そこを上がると廊下に沿って部屋が並んでいる。古色蒼然とした、外部からは何の店か分からない。近寄ると内部はレストランやカフェのようだ。さらに廊下を進むと、カフェ兼雑貨屋があった。

そこが我々が目指した「ルージン」、フランス語で「工場」を意味する、だった。チョコを売っているといっても、お菓子屋ではない。カフェのテーブル席で客がお茶を飲んでいる隣りにファッション雑貨などが雑然と並んでいる。

そこでついに、僕らは探していたチョコレート「MAROU」を発見した。カカオの産地ごとに味が違うという定番品が6種、他にスペシャルがいくつか並んでいる。よく売れるのだろうか、入り口奥の正面の台に無造作に積んである。

各種類を適当に混ぜて買い込んだ。一種類のカカオとサトウキビの砂糖だけで造ったチョコ、乳化剤のような添加物は勿論、バニラも使用しない、これで本当に美味しいのだろか。しかもカカオの産地ごとに微妙に異なる味が楽しめるという。

早速ホテルに持ち帰り味見する。確かに美味しい!僕の知っているチョコとは全く違う。カカオの味と香りがストレートに口に広がる。これならお土産にしたら喜ばれるに違いない、そう考えた僕らは、その後何度も同じ店へチョコを買いに出かけた。

ホーチミンは来るたびにその姿を変えている。再開発が進み、高層ビルが増えた。ニョクマムを買う国営スーパーもいつの間にか移転し、小奇麗になってしまった。

高層ビルに入ると、東京と変わらぬショッピングモールをお洒落な若者達が闊歩している。古い街並みが消え、かつてのサイゴンの面影も少なくなった。そんなホーチミンを見るのは淋しいことだが、それは外国人の勝手な感傷というものだろう。

だがそんな高層ビルの玄関先でも油断すると、流しの靴磨きが素早く駆け寄り、強引に靴を磨こうとするのだ。アジアンパワーをあなどってはいけない。訪れる度に何かが起きるベトナム、何度来ても興趣の尽きることは無い。(終わり)
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87 シルクロードの旅(10)ちいさなリンゴ
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83 シルクロードの旅(6)国境越え
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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