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かくてありけり
47 映画館今昔(下)
2008年1月6日
沼田 清 沼田 清 [ぬまた きよし]

1948年、新潟県生まれ。千葉大学工学部卒業。2008年、通信社写真部を卒業、以後は資料写真セクションで嘱託として古い写真の掘り起こしと点検に従事。勤務の傍ら個人的に災害写真史を調べ、現在は明治三陸津波の写真の解明に努めている。仕事を離れては日曜菜園で気分転換を図っている。
▽故郷訪問
 一昨年の秋、東北出張の帰途、足を延ばし新潟の故郷を久しぶりに訪れた。実家は県外に引っ越してしまい、親戚は残っているがあえて寄らずに、独りでじっくりと故郷の今を観察した。3軒あった映画館は60年代前半に1軒、また1軒とつぶれて行き、高校生の頃には老舗館も廃業した。その大きな建物はスーパーマーケットに使われたが、今は農協の倉庫に変わってしまい、映画館の面影をとどめていなかった。

▽思い出の映画館
 思い出せば、2階の張り出し席は椅子席ではなく、舞台に向かって下り勾配が付いた板敷きだった。ござが敷いてあり、混んでいなければ寝転がることもできた。2階には唯一の窓があり、休憩中は換気や採光のため開けている。上映開始予告のベルが鳴り終わると、映写技師の「窓閉めてくださーい」の掛け声で、近くにいる観客が窓を閉めた。要領を知らない人ばかりで窓が開いたままだと客席から「早う閉めれっ!」と声が上がった。映画館と観客が一体になっていた。

 子どもにとって2階席の楽しみは休憩中に映写室の中をのぞけることだった。大砲のようにも見える大きな映写機が並び、そこに映写技師がフィルムをセットしたり、巻戻し作業をしている。邪魔者扱いされながらも見ていて楽しかった。うまくするとフィルムの切れ端がもらえることもあり、そんなときは仲間どうしで見せっこした。フィルムの切れ端が出るのは田舎の映画館だったからだと今にして思う。封切館や一番館では映写中のフィルム切れはほとんどなかったに違いない。フィルムが切れた場合、その前後は切り捨てて、強度のあるところでつなぎ直す。
 そんな下地があったので、イタリア映画「ニュー・シネマパラダイス」を見たとき、実に懐かしさを感じた。映画好きな少年トトの姿に涙腺が緩んだ。同年代の友達にもそんな元映画少年がたくさんいる。

 幼いころ不思議だったのは、客席と映写室を仕切る壁に切った映写窓が1つではなく複数あることだった。映写機が2台あることを知って一旦は納得したが、ではなぜ2台の映写機が必要なのか理解できなかった。謎解きは大学へ進んでからだった。フィルムの1巻(ロール)の長さは上映時間にして20分もない。2時間もので7ロール、長編大作なら10ロールにもなる。ロールの終了に合わせて、隣の映写機に次のロールをセットして映写を切り替える。これを順次繰り返して上映をつないでいくのだ。チェンジオーバー(change over)と呼ばれる。

▽映画音響学
 実は大学で単位取得の一環として映画音響学を受講した。映画がサイレントからトーキーになったことで表現の幅と奥行きが広がり、その後のカラー化とあいまって記録性や娯楽性と芸術性が高まったことはいまさら言うまでもない。トーキーでは、音と映像を別々に記録し、上映用フィルムをプリントするときに、音の強弱を光の強弱に変換し、フィルムの画像の脇に焼きこむ。つまり光学録音である。再生のときは透過光の強弱を音の強弱に戻す。要するにサウンドトラックに関する学問だ。

 講師は最初に尋ねた。「皆さん、映画館ではどの辺に座りますか?」。縦長の大劇場で前方スクリーン付近に音源があると、後列に行くほど音が映像より遅れて聞こえる。それを見込んであらかじめ音の信号は上映用フィルム上で画像より前の位置に焼き込む。再生時にどれくらいの距離で映像と音を同期させるか規格で定められているという。目から鱗が落ちる思いがした。

▽カチンコ
 講師はさらに「カチンコ」の解説をしてくれた。カチンコとはちょうつがい式の拍子木の下端に小黒板を付けたもので映画製作のシンボルともなっている小道具である。黒板に必要事項をメモし、撮影冒頭や終了時に、拍子木を打つところを写し込む。目的は二つ。まず、その尺が何のカットであるかを視覚的に明示するため。もう一つは、同時録音で映像と音の同期の手掛かりを得るため。拍子木が重なった瞬間のコマと音の発生記録を一致させる。

 あくまでも編集作業の便宜のために使うので、カチンコ場面が上映用フィルムに登場することはない。尺の始まりはカチンコを1回打つが、終わりには2回打つ。終わりのカチンコを「ケツカッチン」と呼ぶが、派生して、俳優のスケジュールなどの「尻が切られている」という意味の業界用語にもなっている。

▽映写技師の資格
 当時、映画音響学の修了者は映写技師の国家資格が簡単に取得できたが、わたしは申請しなかった。映画に斜陽の気配を感じたのかもしれない。それから40年、映画は隆盛を取り戻したかのように見える。音響方式は「ドルビーステレオ」や「5・1サラウンド」が登場し、建物の設計も残響音重視から、立体感や包み込まれるような音響効果に力点が変わったという。もうわたしの古い知識は通用しないようだ。

 ニュー・シネマパラダイスの映写技師アルフレードが映写室で火傷を負ったように、昔のフィルムは燃えやすい素材でできていた。日本で映写技師の国家資格とは防火管理や危険物管理者としての意味合いがあったが、フィルムの不燃化が進み、とうに資格制度は消滅した。また最近の映画館では自動化が進み、すべてのロールを1本につなげて一気に上映するという。チェンジオーバーがなければ映写技師の仕事は半減といってよい。現にアルバイトの導入が進んでいるという。

▽デジタルシネマ
 ところで、昨年秋に凸版印刷で超高精細のデジタル映像を見た。ヴァーチャルリアリティ表現をテーマにした作品だが、画像の輪郭がシャキッとしていて、目がよくなったと錯覚するほどの鮮明さだった。当然、音声もデジタル録音である。
 デジタルシネマ(デジシネ)は画像の劣化がないので、何回でも同じ画質で鑑賞できる。映像の配給にはデータ配信で高速回線が必要だが、フィルムレスなのでプリント費用、輸送と保管の費用もいらない。操作も簡単だ。配給会社のアーカイブが整備されたらオンデマンド上映も可能になる。
 今後、プロジェクターの価格が、映写機より安くなったらデジシネへの切り替えが加速するだろう。近所のシネコンの一館はすでにデジシネ対応になっていた。いずれ、映写技師の姿はニュー・シネマパラダイスに求めるしかない時代が来るのかもしれない。
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