1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
180 ジプシーの目
2013年1月1日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
明けましておめでとうございます。
昨年は大課題に取りかかり、エッセイ掲載が途切れ途切れになり、申し訳ありません。その課題を抱えたまま、年を越してしまいました。あと数ヶ月、こんな状況が続くでしょうが、片付き次第、完全に復帰したいと思っていますので、どうか大目に見てください。よろしくお願いいたします。

  ===  ===  === 

去年の11月1日の夜のことです。愛犬ジプシーが異常にソワソワして、何度も外に出たがりました。そのころには、ジプシーは後ろ足がかなり弱っていて、散歩にも出たがらなくなり、家の中では階段を上がるのがたいへんになっていました。1階は来客用の寝室2間と連れ合いの仕事部屋で私は滅多に使いません。私の部屋と寝室は3階で、リビングやキッチンは2階になっていて、私は昼間、2階と3階と行ったり来たりしているのですが、その度にジプシーが私について移動しようとする。「すぐそっちへ行くから、付いて来なくていいのよ」と言っても無駄で、えっちらおっちら、上がって来る。元気なころはこんなに私のあとを付いて来るということはなかったのですが、身体が弱って来ると、私のそばにいて安心したいのでしょうか。それで、ジプシーのために、1階に引っ越そうと考え始めていたころでした。

そのジプシーがそわそわして、何度も何度も外に出たがるのですから、頭がちょっとおかしくなってきたのかしら、と本気に疑ったものです。夜中を過ぎてみんなが寝てしまっても、ジプシーは落ち着きません。午前2時を過ぎたころ、2階から裏庭に出るドアを前足で、再びカリカリと引っ掻きました。出してくれ、という合図です。

一体全体何事でしょう。気になって、私もジプシーの後に付いて裏庭に出てみました。すると「ワッフ! ワッフ!」と暗闇の中で、ジプシーが吠えます。シーッ! こんな時間に吠えたりして、近所迷惑じゃないの、と私はジプシーを叱ったのですが、ジプシーが吠えている方向を見ると、柿の木が揺れています。そこに大きな丸々したシルエットが見えました。アライグマだ! そうだったのか、と合点がいきました。ジプシーはアライグマの気配にとっくに気づいていて、侵入者を追い払おうとしていたのです。

その柿の木は植えてから15年ぐらいになり、まだまだ細いのですが、高さは4〜5メートルもあります。今年は実がたくさんなって、私は楽しみにしていました。同時に、同じく柿好きのカラスがときどき様子を見にきていたので、今年はカラスにやられる前に収穫してしまおうと連れ合いと話したばかりです。それなのに、アライグマがやって来るとは! カラスはちょっと実をつっついて味見して、まだ食べる時期ではないとわかるとそのままにしておきますが、アライグマはガブッとかぶりついて、まだまずいとなると、ポイッと捨てて次の実をまたガブッ。しかもたいへんに食欲旺盛。たまったもんじゃありません。

3階の寝室に駆け上って、私は連れ合いを叩き起こしました。
「大変、大変、アライグマが柿を襲っているわよ」
そしてテラスから柿の木に懐中電灯を照らして見せました。そうしたら、あぁぁぁっ… 目が1対だけじゃなくて、2対も光ってこっちを向いているではありませんか… あぁどうしよう…
「叩いて追い払えばいいじゃないか。アボカド採取の竿で」と言って、連れ合いはまた寝床にもぐってしまいました。オス犬マフィーも自分の寝床から動こうとしません。まったく男はあてにならないんだから! 私は憤然として1階に駆け下り、アボカド採取の竿をガレージから取り出しました。3メートル近い長さで、先端にはさみを横に曲げたようなものが付いています。そして、かなり重い。

実はそれまで私はその竿を手にしたことがなかったので、こんなに重いとは知りませんでした。どうもうまく操れません。それでも2匹のアライグマが乗っている枝を何度も何度も一生懸命に叩きました。

枝はユーラユーラ揺れます。でもアライグマはブランコに乗っているみたいな感じで、落ち着いたもんです。あぁ憎らしい… 私は必死に枝を叩き続けました。同時に、とっても怖かったんです。刃の先が万が一アライグマに当たって、血だらけのアライグマが私の頭上に落ちてきたりしたら、どうしよう、って。 いくらにっくきアライグマでも、傷つけたくはないし、怒ったアライグマはその鋭い爪を武器にして私を襲いかかって来るかもしれない。ビワが熟れる季節にはアライグマは毎晩出没するのですが、追い払おうとしたジプシーは、目の数ミリ近くを引っ掻かれて、それ以来アライグマには吠えても、賢明にも近づいたりしなくなりました。ジプシーの目の脇にはいまだに傷跡が残っています。

それでも必死に枝を叩きました。あっ、枝が大きく揺れた、と思ったら、2匹のアライグマはピョンと別の枝に飛び移りました。そして私はからかうように見下ろしています。あぁぁ、なんて憎たらしい… 私は今度はその枝を叩き始めました。その枝の下にはライムの木があります。ライムの木は長くて鋭い棘がいっぱいで、いくらモコモコの毛皮のアライグマでもその枝には乗りたくないでしょう。

どのくらい叩いていたでしょうか。30分か、1時間か… でも1晩中叩いていたような気がします。ところが、ある瞬間、アライグマは柿の木から飛び降り、塀の向こうへ走り去っていきました。やったぁ!

私は心身ともにクタクタ。うれしいというより、くたびれたせいか、怖さのせいか、気分が悪くなりそうでした。終止私のそばにいてくれたジプシーも静かにしています。
「ジプシー、あなたは私の同志ね。ありがとう」
さっきアライグマに吠えてエネルギーを使い果たしたのか、やっとの思いで階段を上るジプシーのお尻を押して、3階の寝室に辿り着きました。

それから数日後、私は1階に引っ越しました。ベッドの横にジプシーの布団を置き、そこで昼寝をするジプシーのそばを離れずに仕事ができるよう、コンピューターも1階の部屋に移しました。ジプシーは少しずつ弱っていくようで、異常に膨れたお腹がますます膨れてきたように見えますが、食い意地は相変わらずで、立つのがつらくて腹這いになったままでもちゃんとご飯は食べ、平穏な日々が続きました。「食欲がある間はジプシーは大丈夫だね」と、連れ合いと話したものです。そのときは、ジプシーに食欲がなくなるのはまだまだ先のことだと思っていました。

ジプシーには肝臓ガンの疑いがあったのです。血液検査と超音波診断でそうとわかったとき、もっと検査をしたいかと獣医さんに聞かれましたが、それは断りました。13歳を越えた年齢でしたから、肝臓ガンが確認されても手術や抗ガン剤治療をやったら、ただつらい思いをするだけでしょうから。(いわゆるquality of lifeが損なわれるだけだと考えたのです。)「それなら、無駄に苦しまないよう、最期が近づいたら安楽死させてやったほうがいいでしょう」と獣医さんは言って、それ以上は何も勧めませんでした。私も連れ合いもそのつもりでした。でもジプシーは体重が27キロぐらいもあり、とても私には運べないので(また、連れ合いは事故以来重いものは持てなくなってしまったので)、最期となったら、獣医さんにうちに来てもらうように手配しておきました。

階段を上るときだけでなく、普通に歩くのさえ、ジプシーはよたよたしてきました。それでもトイレに行きたいときは外に出て、1度も粗相などしませんでした。感謝祭前の金曜日の夜、裏庭に出たジプシーがちっとも帰って来ないので、私は捜しに出たところ、ジプシーは前庭の大きな木の下に横たわっていました。エネルギーを使い果たしたような感じで、動けそうもありません。だんだん寒くなってきたのでそのままにしておく訳にもいかず、小さなカーペットにジプシーをくるんで、連れ合いとふたりで家の中に運びました。

翌日、ジプシーは何も食べませんでした。それでもトイレはなんとか自力で立って外に出て行ったのです。そのまた翌日には、ジプシーはもう立てなくなり、お水も飲みませんでした。その日は日曜日でしたが、どうしても農園へ出かけなくてはならなかったので、ジプシーを寝かせたまま出かけましたが、帰宅すると、ジプシーは冷たいタイルの床の上に横たわっていて、解けたチョコレートのような排斥物が出ていました。汚れたジプシーの身体を洗い、床も消毒して、その夜、私はジプシーの隣に横たわって数時間を過ごしました。ジプシーは私の肩に頭を載せ、ときどき私のほうを向いてじっと私の目を見つめました。ジプシーと初めて出会ったときも、そうやってお互いの目を見つめ合ったことが思い出されました。

13年前の12月、その前に飼っていた犬が死んでから1年3ヵ月が経って、また別の犬を飼おうという気持がやっと起こり、飼い主がなかったり失ったりした動物が収容されているシェルターへ出かけました。前の犬と同じように小さな犬をもらうつもりだったのですが、小さな犬はほとんどいませんでした。また出直そうと思いながら檻の前を通ったとき、すでに骨格は大きくなっていた若い犬がしっぽを振りながら寄って来て、私の目を見つめました。そうして目と目が合ったのです。その目に惹き付けられ、まったく予想外の大きさで予想外の種類の犬をもらう羽目になりました。それがジプシーでした。ジプシーは小犬のときに路上に捨てられたらしく、ホームレスの犬としてさまよっているところを犬狩りに捕まったのです。推定年齢は7ヵ月。食べる物にはうんと苦労をしたのでしょう。外でみつけたものは、干涸びたリスのしっぽでも鳥の死骸でも何でも食べてしまいます。家の中でも、油断していると何でも食べてしまうことは、この欄でも書いたことがありました。(「150:ジプシーとの知恵競争は続く」と「151:プティ・タ・プティの最後の1片」)

いよいよジプシーの最期が来たと私たちは覚悟しました。翌朝には獣医さんに連絡しなければ…

月曜日の朝、ジプシーは目を開けていましたが、何も見えないようでした。閉じさせてあげようとしても、閉じることができません。連れ合いが朝一番に獣医さんに電話しておいてくれ、獣医さんのクリニックは月曜日はいつも超満員なのですが、それでも午後2時に、アシスタントといっしょに来てくれました。いつもやさしい獣医さんですが、その日は格別にやさしい気遣いをしてくれて、簡単に検診した後、「このままジプシーは2、3日生きるかもしれませんが、早く楽にさせてあげるほうがやさしいと思いますよ」と言いました。そのつもりで獣医さんに連絡したのですが、わざわざそう言ったのは、私たちの気持の負担を和らげてくれようとしたからだと思います。そうしてまず、右の前足に鎮静剤をうちました。ジプシーが死のショックを感じなくて済むように、だそうです。いつの間にか、ジプシーの目は閉じていました。今度は左の前足に強い麻酔剤を。その瞬間、ジプシーは右足をそぉっと伸ばしました。薬に対するただの反射だったのでしょうが、私にはジプシーが最後のお別れに私にお手をしてくれたように感じられ、その右足を握ってさすりました。

「心臓が止まりました」と、ジプシーの胸に聴診器をあてた獣医さんが静かに言いました。でも、ジプシーはさっきと変わりなく、眠ったように見えます。

ジプシーは裏庭に埋めるつもりだったので、獣医さんが外に運んでくれると言ってくれましたが、お断りして、そのままにしておいてもらいました。獣医さんもアシスタントもやさしく私を抱きしめてくれて、帰っていきました。それから連れ合いが帰宅するまで、私はジプシーといっしょに静かに数時間を過ごしたのです。それは不思議なくらい、平穏で充足感に満ちたひとときでした。ときどきコンピューターから目を離してジプシーのほうを見やると、ジプシーは眠り続けているように見え、私の心は和んだのです。

そのとき初めて、お通夜の意味がわかりました。心臓が止まって、愛する者がもう戻っては来なくても、すぐには死なないのですね。そのことを、魂がまだ残っていると言う人もいるでしょう。私は魂というものは信じませんが(敢えて否定もしませんが)、生きている者の心の中では、息を引き取った者の存在は急には消えてはいかず、最終的にお別れを言うまでのひとときをいっしょに過ごすことはとっても大事なことなのでしょう。それがお通夜の意味なのですね。

夕方帰宅した連れ合いにとっても、眠ったように見えるジプシーの姿を見て、心が和んだようです。彼は出かける前に裏庭に掘っておいた穴をもっと深く掘り直しました。私はジプシーを布団カバーにくるんで手押し車に乗せて穴まで押していき、連れ合いといっしょにジプシーの身体を静かに穴の底へと降ろしました。
 Goodbye, Gipsy…
そう言って、ジプシーの身体に土をかけ、穴を埋めました。

自然の順序通りにいけば、連れ合いが私より先に逝きます。その時が来たら、こんなふうに彼を送りたい。そして、私自身もこんなふうにこの世を去りたい。無理な延命処置などとらずに、住み慣れた場所で、静かに、平穏に。そう思うと、悲しいという気持にはなりませんでした。最後のひとときがそういう思いにしてくれたのです。

それから3日後の感謝祭の朝、七面鳥を焼く準備を始めました。いつもだったら食べ物の臭いでジプシーはキッチンでうろうろ、そわそわ。そのジプシーはもういない。その事実が急に私の胸を締め付け、私は思わずキッチンの床に座り込んでしまいました。そのとき初めて、私は、溢れ出る涙に身を任せました。悲しいのではなく、ジプシーが恋しくて。

ジプシー、勇敢で忠実な犬らしい犬のまま、13年間私のそばにいてくれて、ありがとう。



[追記]元旦にはふさわしくない題材かとも思いましたが、けっして悲しい思いをつづったつもりはないのです。あしからず。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 6 7 3 9
昨日の訪問者数0 4 0 6 3 本日の現在までの訪問者数0 1 2 5 4