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僕の偏見紀行
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
2008年2月23日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ クルーズ船の終点。ここからは歩いて上流を目指すことになる。中には乗ってきた船でそのまま引き返す人もいる。
▲ ジャングルの中を歩くと豊かな水が溢れ、緑の中を木漏れ日に輝きながら流れ落ちている。緑と美味しい空気の中は歩いてもあまり疲れを感じない。
▲ 「マリゥドの滝」増水のため近寄れなかった。豊かな水量で流れ落ちる滝の眺めは展望台からでも雄大だった。
まだ暗い午前6時頃、ふと目覚めてバルコニーに出た。真暗な空から煙るような小雨が降っている。暗闇の向こうに、深い森の影が黒々と静まり返っている。聞こえてくるのは川のせせらぎと、鳥か獣か分からない鋭い鳴き声だ。思い切り深呼吸をすると、香しい森の空気胸一杯に満ちてくる。

この時期1月から2月頃、西表島は例年雨が多いらしい。毎日曇り空が続き、霧のような小雨が降る。それでも時折雲間から日が差すと暑くなる。

すっきりしない天気を気にしつつ、ジャングルクルーズに出かけた。マングローブ林の広がる浦内川河口から、船で行けるところまで遡上し、そこからはさらに上流の滝を目指すジャングルトレッキングである。

船着場では30人乗りくらいの船が何艘も繋がれ、案内のスタッフと観光客で溢れていた。キップを買う窓口で、トレッキングはどうするかと訊かれた。僕は曇り空を見上げながら一瞬迷った。トレッキングに参加するなら長靴を貸してくれるのというのだった。雨のジャングルもあまり楽しくないなあ、という軟弱な心を無理に抑え込み、とにかく参加することにした。

河口からしばらくは広い川を快適に船は飛ばして進む。両岸には分厚いマングローブ林が広がっている。マングローブは汽水帯に広がる森の木々の総称で、案内人によれば西表島には、ヤエヤマヒルギ、メヒルギなど6種類くらいのヒルギがあるという。

今まで見たとことの無い両岸の森の景色を楽しんでいると終点の船着場に到着した。結構沢山の人が船を待っている。クルーズ船はピストン輸送をしており、前の船で行ってトレッキングをした人は次の船で戻ることになる。

河口を出る頃から明るくなった空が、船着場では雲の切れ間も見えるようになった。時折差してくる陽を浴びて、船のスタッフが、「1週間ぶりの太陽ですよ」と嬉しそうだった。

回復した天気に、僕は張り切ってトレッキングへ出かけることにした。これから片道約1.5K、往復で1時間半の道のりである。ところがである、同行者がいない。船で一緒だった数名の人たちはそのまま折り返して帰ってしまうらしい。

「次の船は1時間半後の4時です。これが今日の最終便ですから、くれぐれも遅れないように。では、気をつけて行ってらっしゃーい。」スタッフのオニイチャンは気楽に言ってくれた。

初めてだし、一人ではと僕がためらうと、「1本道だし、登りもそんなに急ではありませんから」と彼はいとも簡単に言う。粘土質のぬかるみに木の根や岩が顔をのぞかす道を前にして、僕の頭には、サキシマハブ、ヤマヒルなどという、好ましくないイメージも湧いてきた。しかし折角ここまで来たのだ、僕も九州男児だ、とあまり意味の無い強がりを己れに言い聞かせ、ともかく歩き始めた。

曲がりくねった道のぬかるみは思った以上にひどく、水溜りや突き出た岩を避けながらあるくのは楽では無かった。しかし両側の森には、鮮やかな緑が溢れ、その間を小さな滝が流れ落ちている。そのきれいな水が木洩れ日に輝くのを見ながら僕はひたすら歩いた。

歩き始めて4〜50分たったころようやく、「マリゥドの滝」展望台に着いた。現在増水して危険なため「マリゥドの滝」は滝つぼ附近への立ち入り禁止中であった。それでも展望台からの雄大な眺めは素晴らしかった。この大自然をたった一人で眺めることの贅沢さを思って感動した。

さらに10分歩くと「カンピレーの滝」に到る。ここはあまり落差は大きくないが、広大な岩場を貫いて激しく大量の水が流れ落ちて行く様子をすぐそばで見ることができ、迫力満点である。

カンピレーの滝を後にした時には、出発して既に1時間は過ぎていた。あと30分、もし遅れたら大変だ。下り道は楽だけど、転んだら大変だ。焦る気持ちを抑えつつ急いだ。

なんとか転ばずに、ハブやヒルにも襲われず、無事船着場へ到着した。スタッフのオニイチャンに「無事帰ったよ」と挨拶したら、「お帰りなさい」と当たり前の顔つきだった。帰りの船は、乗ってきて折り返す人や先の船で来てトレッキングで時間をかけて最終船にした人などで混んでいた。中にはヒルにやられ、大騒ぎのオバサン達もいた。

ホテルへ帰ろうとレンタカーへ向かうと、途中で熟年団体の皆さんが集まってなにやら鳩首協議の最中である。何事かと尋ねると、トレッキングで転んで腕を打撲した人がいるのだが、病院へ行く手段が無く困っているということだった。宿泊先からの迎えの車は1時間以上後の予定だし、緊急連絡しようにも、ここは携帯の圏外なのだ。

そんなことならと、僕のレンタカーで送ることにした。打撲傷の老齢のご婦人と付き添いの息子さんを乗せて僕のレンタカーは軽快に走った。

北海道からグループツアーできた人たちのようだった。しきりに恐縮するので僕は「気にしないで下さい。気楽な一人旅ですから。」とつい言ってしまった。このせりふ一度でいいから言ってみたかった。トラさんになったみたいでいい気分だった。でも人さまが困っているのに不謹慎だとひそかに反省した。

島の診療所に無事送り届け、治療が始まるのを確認して僕は失礼した。今日は天候に恵まれ、気持ちのいいジャングルトレッキングが楽しめ、本当にいい日だったと思いながらホテルへ向かった。 (続く)
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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75 小笠原の旅(5)母島列島
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
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42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
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38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
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1 東北紅葉雪見風呂
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