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10 「奇跡の3月」
2003年5月4日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ アボカド園に張りめぐされた灌漑用水管。
▲ 1本1本の木の根元に設置された小さなスプリンクラーで、効率良く配水を。
▲ 塩焼けした古い葉と、雨の後に出てきた新しい葉。
今年の4月はちゃんとした雨が(つまり雨量が測れるくらい)2度も降ってくれました。そんなことは日本では話題にもならないでしょうが、サンディエゴではニュースになるんです。

雨がたっぷり降るたびに、トーマスはホクホクします。第1に、1度にどっと雨が降ると、その後3週間は水をやらなくても済むので水道代が助かる。第2に、雨は土壌の塩分を洗い流してくれるので、木が元気になる。そして第3に、地下水も再び充たされ、後に井戸で汲み上げられる。と、3つも特典があるからです。

東京の平均年間雨量は1500ミリ前後だそうですが、サンディエゴではその6分の1の250ミリほどしかありません。しかも、カリフォルニアは地中海性気候ですから冬が雨期で、12月から3月の間に1年の雨量の4分の3以上が集中して降ります。言い方を変えると、この時期に雨が降ってくれないと困るんです。とにかく夏は雨が降りませんから。去年はその困ることが起こりました。雨期にもあまり雨が降らず、年間降雨量が80ミリにも満たなかったのです。その前の年も、その前の前の年も同じようなものでした。

今年も1月は毎日好天の連続で、1日も雨が降りませんでした。今年はエルニーニョ現象で雨がどっさり降るだろうという予報が出ていたのに、2月に入っても降りません。となると、望みは3月だろうか、とみんなが思い始めました。過去に、今年は旱魃かと諦めていた3月に、どっと雨がふることがよくあったからです。そういう3月を、サンディエゴでは「奇跡の3月」(Miracle March)と呼んでいます。

もともと雨量が少なくて、放っておけば砂漠同様になってしまう南カリフォルニアで農業が成り立つのは、灌漑のおかげです。サンディエゴ郡で使われる水の90%は、コロラド川から運河とパイプで引かれて来るのですが、それは東京の水道の水を岩手県から引いて来るような距離。ですから、サンディエゴの水はカリフォルニアで一番高いんです。

夏の間は雨が1滴も降らないのが普通なので、水道局から買う農業用水と井戸から汲み上げる地下水だけが頼り。なにしろアボカドの原産地は雨が年間2000ミリも降る所なので、水が不足するとせっかく立派に育った実をどんどん落としてしまいますから、毎日水をやらなければなりません。できるだけ水を無駄にしないように、木の根元に付けた小さなスプリンクラーを使うのですが、夏の間の農業用水料は、120エーカー(約50ヘクタール)のトーマスの農園で1ヶ月2万ドル(200万円強)にもなります。井戸がなかったらもっと高いことでしょう。井戸のポンプを動かす電気代の方が、水より安いんです。

カリフォルニアのアボカド生産にかかる水のコストは、1エーカーにつき平均1,750ドル(1ヘクターに換算すると4,445ドル)だそうです。それに対してメキシコでは、大々的に輸出用アボカドを栽培しているミチョアカン州のウルアパンという所は1年中雨が豊かに降るので水はタダ。労賃も土地も安いので、メキシコのアボカドの生産コストはカリフォルニアの10分の1。価格の点でカリフォルニアのアボカドがメキシコに太刀打ちできないわけです。

雨の利点は量やコストの面だけではありません。コロラド川の水には塩分がたっぷり含まれているので、灌漑用水をやればやるほど、木は塩分を吸い取っていく羽目になります。木に吸収された水分は葉っぱから蒸発しますが、塩分は葉の先に残るので、葉は塩焼けしてしまう。塩焼けが広がると、葉の機能が低下し、木の活力も弱くなり、生産力も落ちていく。つまり、あまり実がならなくなってしまうんです。

それを直してくれるのが雨。それも霧雨のような降り方ではだめで、集中豪雨のようなのがいいんです。激しく降る雨は木にたっぷり軟水を与えてくれるだけでなく、土壌の塩分を洗い流してくれ、大抵の植物は見違えるほど元気になっていきます。たちまちのうちに、アボカドの木の枝には新芽がいっぱい吹き出てきますよ。 いい収穫の基礎ができたということです。それほど大事な雨なのです。

2月に入ってもちっとも雨の気配がなかった今年も「奇跡の3月」に望みをかけるしかないか、と思っていたら、2月下旬からどんどん降り始め、平均雨量に追いつきました。本当は平均以上にもっともっと降ってもらいたかったのですが、降ってもらったことで自然に感謝しなくちゃ。そしたら今年は5月3日にも半日雨が降ってくれた! これはもう「奇跡の5月」です。
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