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ボーダーを越えて
15 ハースマザーの木(上)
2003年9月15日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 山の斜面(トーマスのアボカド園)を埋めるアボカドの木。これ全部がハース。
▲ (2)形がそっくりのハース(左)とベーコン(右)。ベーコンは皮がすべすべしていて、熟しても黒くならない。
「 ハースマザーの木 ( Hass Mother Tree)が死んじゃって切り倒されたそうだよ」と、去年、カリフォルニア・アボカド協会(California Avocado Society)の会議から帰ってきたトーマスが、教えてくれました。近いうちに是非ハースマザーの木を見に行こうと思っていた私は、がっかり。だってその木は、文字通り、世界中のハースの母なのですから。木が命を失うことを、正しい日本語では「枯れる」と言うのはわかっているのですが、この場合は「死」という言葉の方がぴったりの気がします。

ハースとは、皆さんお馴染みのアボカドの種類。日本に輸入されているアボカドはすべてハースです。カリフォルニアでもメキシコでも、アボカド産業が産出する95%はハース。その他のアボカド輸出国(スペイン、イスラエル、南アフリカ、チリ、オーストラリア等)でも大半はハースで、世界のアボカド市場はハースに占められていると言っても決して大げさではありません。なぜか?それは、他の種類より収穫期間が長く、皮が堅いので長期の輸送貯蔵に耐えられるからです。味もいい。この世界中のハースが、実は1本のハースマザーの木から始まったのです。

詳しいことは覚えていないのですが、数年前に、全人類のDNAを辿っていくと、エチオピアだかどこかの1人の女性に辿り着くという説が発表されましたね。(いえ、100万年前のルーシーではなくて、もっと後のホモサピエンスの祖先となる女性だと思います。)ハースマザーの木は、まさにその女性と同じです。しかも、ハースの「発見」は、全くの偶然だったのです。

ハース(Hass)というのはルドルフ・ハース(Rudolf Hass)という人の名前から付けられたものです。このハースさんはウィスカンスン州のミルウォーキーの出身なのですが、当時多くの人々が中西部から夢を抱いて西部に移動したのと同じように、温暖な気候と豊かな生活の可能性を求めて、1923年に夫婦でカリフォルニアに引っ越してきました。パサディナという町に落ち着いて、1925年から郵便配達夫として働き始めました。(パサディナというと、いまはアメリカン・フットボールのローズボウルや毎年元旦のローズパレードで知られているロサンゼルスの東にある町です。)1926年のある日、ハースさんは「豊かな暮らしをしたければ、アボカドを植えるのが1番」という新聞広告を見ました。なんでもその広告には、木にドル紙幣がなっている絵が載っていたとのこと。それを見て、ハースさんはやってみようという気になったのだそうです。

早速、隣町のラハブラハイツに1.5エーカーの土地を入手しました。1エーカーはフットボース場の大きさですから、1.5エーカーというと日曜菜園をやっている人には広いと感じられるかもしれません。が、営利目的の果樹園としては小さい。そこで、限られた土地から最大の収益を上げるために、ハースさんはできるだけたくさんアボカドを植えようとしました。それには背が高く伸びるライオンという種類を間隔を詰めて植えたらいいとアドバイスされたのですが、ライオンの苗木を買うお金がない。そこで、グアテマラ種の種子を買ってそれを木に育て、それにライオンを接ぎ木することにしました。(アボカドの種子から木を育てても、その木の実は同じ種類のアボカドにはならないということは、「8 父親不明」でお話しましたね。ですから、ライオンの種子を植えてもだめなのです。)

1927年、種子から出た芽が小さな木に育つと、ハースさんはライオンを接ぎ木しました。そのうち3本は接ぎ木に失敗、つまりうまくつかなかったのです。そこで翌年、今度はフエルテとプエブラという種類を接ぎ木してみました。そうしたら、2本がだめ。再び翌年やってみたのですが、一番元気よく育っている木がどうしても接ぎ木を拒否してしまうのです。それなら「仕方がない、この木はこのまま大きくさせて、どんなアボカドがなるか見てみよう」と、放っておくことにしました。

それから2年後、つまり種子から芽が出て5年目に、その木には実がどっさりなりました。でもハースさんはがっかりしたそうです。皮がゴツゴツしていて、完熟すると黒くなる。「こんなもの食えるか」と、ハースさんは思ったそうです。なにしろ当時のアボカドと言えば、すべすべの皮が薄くて、いつまで経っても緑色のフエルテが主流を占めていたからです。(フエルテについては後日詳しくお話しします。)

こんな黒い実のなる木など、切ってしまおうという気にハースさんがなったとしても無理はありません。その点、子どもは心が柔軟ですねぇ。ものは試しと、食べてみた。そしたら、舌がとろけるようにおいしいではありませんか! 余談ですが、そのアボカドが他のどんな種類よりもおいしいと発見したのは、ハースさんの息子だというのが定説になっています。でも、ハース夫人の晩年の回想によると、娘だというのです。こんなふうにジェンダーが違って扱われたのも、おもしろいですねぇ。それはともかく、「お父さん、このアボカド、とってもおいしいよ」と、子どもたちに促されて、期待を裏切ったこの醜いアボカドを、ハースさんも半信半疑で食べてみることにしたのでした。
(続く‥)
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