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ボーダーを越えて
16 ハースマザーの木(下)
2003年9月16日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 健在だった頃のハースマザーの木。根元の記念碑が見えますか。それが置かれた1973年に撮影されたものかもしれない。(写真提供=California Avocado Commission)
▲ これから植える若いハースの木。この木もハースマザーの木とDNAは全く同じ。
▲ 上の木の根元に、斜めに入った接ぎ木の痕がある。根の部分は全く種類の違うアボカドの木。
さて、子どもたちに促されて、真っ黒でゴツゴツした皮の醜いアボカドを渋々食べたハースさん。ナルホド、確かにフエルテよりもコッテリした味で、抜群においしい。 しかも、実が柄から落ちにくいこともわかりました。それでは輸送性はどうでしょう? ハースさんはこのアボカドをミルウォーキーの親類に送り、そのうちのいくつかを送り返してほしいと頼んでみました。そうして戻ってきたアボカドを見て、ハースさんはびっくり。ガタゴト列車に揺られて長距離を往復したにもかかわらず、ちっとも痛んでいなかったのです。「これはいい商品になる」とハースさんは膝を叩いた(と、これは私の想像です)。そこで、この新種アボカドをハースと名付け、パテントを取ることにしました。

1935年にハース(アボカド)はパテント化され、17年間はパテント所有者に無断で(つまりタダで)ハースの木を育ててはいけないことになりました。ハースさんはブロゥコー養樹園にハースの養樹を一任する提携を結び、利潤を1対3で分け合うことにしました。ブロゥコー養樹園が、最初のハースの木から新芽を採取して別のアボカドの木を根として接ぎ木し、そうして育てたハースの苗木をアボカド栽培者に売るということです。それがハースが世界中のアボカド生産地に広まった始まりです。でも、それでハースさんもブロゥコー養樹園も一躍大金持ちになった、とはいうわけではありません。

まず第1に、アボカドは緑色という固定観念を破るのは容易なことではなかったのです。最初の頃はハースは黒金(Black Gold)という商品名で売りに出されましたが、その名前は売り込みには役立たなかったようです。ハースの名前を定着させて商品名の方は廃止し、見かけは悪いけれど味も輸送貯蔵性も優れているハースを、ブロゥコー養樹園は時間をかけて、アボカド栽培者に売り込み、消費者に宣伝し続けました。それにはどんなに粘り強い努力が必要だったかは、ハースがパテント化されて市場に登場してから10年も経た1946年でも、アボカド総生産量のうちの85%はフエルテで、ハースが占めた割合はたったの0.4%でしかなかったことからも伺われます。

第2に、パテントを無視してハースの木を増やしていくのは、ちっともむずかしくなかったのです。ハースの木を数本買ってためしてみて、これはいいと納得したら、その木にできた新芽を別の木に接ぎ木して、いとも簡単に自分で勝手に次々とハースの木を増やしていったアボカド栽培者が少なくなかったことは容易に想像できます。また、ハースさん自身がパテント料金を追求することにあまり関心がなかったようです。彼は、ハース(アボカド)は神様からの授かり物と考えていて、それによってお金儲けをすることより、ハースがアボカド産業に受け入れられことの方に関心が強かったと、ハース夫人は回想しています。ハースさんが17年間のハースのパテントから得た金額は、たったの4800ドルにしかならなかったそうです。

1952年、ハースさんが60歳のとき、ご夫婦はサンディエ郡のフォールブルックに引っ越しました。そこはいま、アボカド生産の中心地で、ハースさんは退職後はアボカドに囲まれて生活することを夢見たのでしょうか。でも、引退後に住むべき家の建築中に、ハースさんは心臓マヒで亡くなってしまいました。たまたまその年に、ハース(アボカド)のパテントも切れたのでした。

パテントが切れてからも、ブロゥコー養樹園はハース普及の努力を止めませんでした。5年後の1957年には、ハースはカリフォルニアのアボカド生産量の15%を占めるようになり、ハースが発見されてから40年も経た1972年に、やっとハースはフエルテの生産量を追い抜きました。そして、1990年にはハースは総生産の83%を占め、現在は95%にもなっています。カリフォルニアだけではありません。世界中のアボカド生産がハース中心。そのことがラハブラハイツで偶然に発見されたたった1本の木から始まったのですから、物事は計画や計算通りには進まないことを見事に実証していますね。世界中のハースの木の接ぎ木の経路を辿っていくと、すべて、元祖ハースの木に到達する。ということは、世界中のハースは、例外なく、つまり皆さんが日本で食べるメキシコ産のハースも、ハースマザーのクローンだということです。なんだか、想像できるような、できないような‥

ラハブラハイツ一帯は住宅地に変貌し、1970年代前半には旧ハース果樹園にも家が立てられてしまいました。が、ハースマザーの木はそのまま残され、高さは15メートルにも達しながら、おいしいアボカドを毎年実らせてきました。アボカドの木には平均寿命がないそうです。病気にならない限り、いつまででも生きていくということですが、マザーハースの木は10年ほど前から根に病気がつき、ブロゥコー養樹園のハンク・ブロゥコーさんがなんとか救おうと努めたにもかかわらず、昨年とうとう枯れてしまい、切り倒されたのでした。

カリフォルニア・アボカド協会は1973年に、ハースマザーの木の重要性を記す記念碑を根元に敷きましたが、それはいまでも残っています。切り倒された木の残骸は、ブロゥコー養樹園に保存されているのですが、さて、このアボカド産業の歴史にとって貴重なハーズマザーの残骸をどうすべきか。その決定権はハンク・ブロゥコーさんにあるのですが、ブロゥコーさんは世界中のアボカド関係者が民主的に決めべきだとして、この10月にスペインのマラガで開かれる世界アボカド会議での決定に委ねることになりました。私もその会議に出席する予定ですので、結果をご報告しますね。
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