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ボーダーを越えて
21 コンキスタドール
2004年1月31日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ディエゴ・リヴェラが国家宮殿の壁にメキシコの歴史を描いたが、これはその最初の場面で、スペインによる征服前のメキシコの象徴「テノチティトラン」(アステカ帝国の首都であり、現在のメキシコ市)。前景は市場の様子。国家宮殿はメキシコ市の中央広場(ソカロ)にあり、だれでも自由に入れて、中庭に向いたこの壁画をいつでも無料で見ることができる。
▲ スペイン人の手による「新世界」征服の絵。スペインのフェルディナンド国王が、大西洋を隔てた西インド諸島にコロンブスが上陸するのを見やっているのが描かれている。
私が初めてアボカドと出会ったのは、カリフォルニアではなくて、フィリピンでした。32年前のことで、はて、どんな種類だったのか、一生懸命に記憶をたどってみたのですが、どうも思い出せません。多分ハースではなく、皮の薄い西インド諸島系だったでしょう。アボカドが国際的商品として世界各地で盛んに生産されるようになったのは20世紀後半ですが、フィリピンにはその前からアボカドはあったようです。すでに何度も述べた通り、アボカドの原産地はメキシコやグァテマラですが、どうやってアボカドはフィリピンで育てられるようになったのでしょう。

話は横道に逸れますが、椰子は実が海に落ちてプカプカ浮かんで波に乗り、世界各地の海岸に流れ着いて芽を出して広まっていったそうです。(「名も知らぬ遠き島より、流れ寄る椰子の実1つ」と島崎藤村がうたったことは、正しかったのですね。)椰子は人間が歴史を記すようになるずっと前に熱帯地方全域に広がっていったので、原産地はわかっていません。椰子と違ってアボカドは波ではなくて船に乗って海を渡り、広まっていきました。つまり人間の仕業です。

アボカドはアメリカ大陸の先住民にとって大事な栄養源で、トウモロコシと同様に、メキシコから徐々に南下して、南米のコロンビアやエクアドルやペルーにまで広がっていきました。紀元前のペルーの埋葬地でアボカドの種が発見されていますから、先住民は何千年とアボカドを好んで食べていたわけです。そうして広がっていったアボカドですが、アメリカ大陸がヨーロッパ人に征服されるまで、海を越えることはありませんでした。

コロンブスがカリブ海諸島に到着したのは1492年ですが、15世紀に入ると、アステカ帝国やインカ帝国を征服する目的のコンキスタドール(conquistador)たちが、続々とスペインからやって来ました。(コンキスタドールとはスペイン語で「征服者」の意味です。)コンキスタドールたちは戦闘で先住民を打負かしてスペイン支配に屈服させただけでなく、「新世界」についてさまざまなレポートを本国に送りました。1519年に、エルナンド・コルテスが現在のメキシコ市であるテノチティトランに踏み込み、アステカ帝国征服を開始したのですが、その同年、もっと南に派遣されたマルティン・フェルナンデス・デ・エンシソというコンキスタドールが「新世界」で発見したさまざまなものについての報告書を発表しています。そこにアボカドのことが触れてあり、現在のコロンビアのサンタマルタで植えられていると書いてあるそうです。実は、これがアボカドについて最初の記述なのです。

1526年には、コンキスタドールに同行して南米に渡ったゴンサロ・フェルナンデス・デ・オビエドという歴史家が、やはりコロンビアで出会ったアボカドについて、もう少し詳しく、「実の真ん中には皮を剥いた栗のような種がある。この種と皮との間にある部分を食べるわけだが、量は十分あり、バターのような舌触りで味は大変いい」と、かなり気に入ったらしい記述をしています。彼が見て食べたアボカドは形が洋梨に似ていたようで、「木はスペインの梨の木のようではない」とわざわざ断った上で、「我々の梨より利点がいくつもある」と書いています。どうも彼は梨にこだわって、デザートに洋梨を食べるのと同じやり方で、アボカドをチーズといっしょに食べたそうです。他のスペイン人たちは塩胡椒、あるいはお砂糖を振りかけて食べる方を好んだとか。(アボカドにお砂糖を?とびっくりされる方があるかもしれませんが、これはブラジルや東南アジアではいまでも一番普通のアボカドの食べ方なのですよ。)これだけ気に入ったアボカドですから、スペイン人たちは占領と同時に開発を進めた西インド諸島にアボカドを持ち込んでどんどん植え始めました。熱帯に適した種類が、グァテマラ低地の原産であるにもかかわらず、西インド諸島系と呼ばれるのはこのためです。

私は原典に触れたわけではないので、これらの記述の中でアボカドがどう呼ばれたのかわかりません。現在のスペイン語のアウァカテ(aguacate)という名前が初めて記述に登場するのは1550年で、同じくコンキスタドールに同行した歴史家のペドロ・デ・シエサ・デ・レオンという人が、旅行記にその呼び方をしています。

アステカ帝国は1524年にコルテスに完全に征服されてしまい、メキシコ全体がスペインの支配下に置かれ、「ヌエバ・エスパーニャ」(新スペイン)と呼ばれることになりました。メキシコのアボカドがスペインの書物に初めて登場するのは1554年で、フランシスコ・セルバンテス・サラサールという人が、メキシコではアボカドが盛んに栽培されていて、テノチティトランの市場でたくさん売られていると、『ヌエバ・エスパーニャ回想録』に述べています。

メキシコ以南のラテンアメリカを支配下に置いたスペインは、メキシコのアカプルコと、同じく植民地としたフィリピンのマニラとを結ぶ航海路を確立して、いわゆるマニラ交易を1565年から1815年まで続けました。こんなに長い間交易があったのですから、メキシコとフィリピンは広い太平洋を隔てているにもかかわらず、よく似た民芸品がたくさんあります。社会の雰囲気まで似ています。アカプルコからはメキシコやペルー(ボリビアも含む)産出の銀を、マニラからは中国の高価な製品(陶磁器、絹、象牙、香料など)を積み出したのですが、中国製品はメキシコを通過して、ヨーロッパにまで到達しました。ラテンアメリカの銀はヨーロッパにもどんどん送り出され、ヨーロッパの経済発展を支える財的資源となったのです。ラテンアメリカはスペインに搾取され続けることに反抗して、1820年前後にはどんどんスペインから独立していってしまいました。

一方フィリピンはスペインの植民地のまま。マニラ交易は絶たれたものの、メキシコとのつながりは続いたようです。フィリピンにいつアボカドが導入されたのかには論議があるようですが、1890年にアカプルコからやって来たスペイン人カソリック僧が持ち込んだという説が、いろいろな条件を考慮すると一番有力です。フィリピンは、1898年にスペインがアメリカとの戦争に負けると、今度はアメリカの植民地になってしまいました。そして1905年の台風で、わずか1本生存していたアボカドの木も倒れてしまったそうです。その後20年間近く、フィリピン農業振興策の一環として、アメリカ人指導者がアボカド栽培を奨励したとか。その恵みに私は出会ったのですね。

アボカドを大きな市場に向けた農産物商品としたのは、カリフォルニアの生産者ですが、それより400年ほど前に、スペインのコンキスタドールがアメリカ大陸から世界のあちこちに持っていったのでした。アボカドだけではありません。ジャガイモやトマトやトウモロコシやチリ(唐辛子の類)やチョコレートもコンキスタドールがアメリカ大陸から持ち出したものです。ジャガイモのない北ヨーロッパ料理、トマトのないイタリア料理、辛くない四川料理なんて考えられませんよね。お寿司のカリフォルニア巻が定着したら、アボカドのない日本料理などありえないということに、いつかなるでしょうか?
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