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ボーダーを越えて
22 海を渡って (上)
2004年2月20日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 1993年10月に見に行ったロンドンのアボカドの木。(トーマスのなんと若く見えることか…)
▲ ロンドンの植物雑誌(Curtis’s Botanical Magazine)の1851年版に載ったアボカドの図解。原典はハーバード大学の植物図書館にある。
10年ちょっと前の話ですが、ロンドンのど真ん中にアボカドの木がある、と言われて、そこまで出かけて行ったことがあります。教えてくれたのはトーマスの友人のそのまた友人で、ブラジルに住んでいたことがあり、それでアボカドの木がどんなものか知っていたのです。

その人とスローン・スクェア(広場)で待ち合わせ、そこから賑やかな表通りを離れて5分ちょっと歩くと、もうそこはジョージア王朝期の瀟洒なタウンハウスが建ち並ぶ物静かな一角です。そのうちの1軒の玄関脇に、大きな青々とした葉をいっぱい付けた木が立っていました。たしかに、それはアボカドでした。イギリスの気候はアボカドに向いているとは言えませんが、「町の真ん中は気温が高くなるから、この木にもアボカドの実がなるかもしれないよ」とトーマスは言いましたっけ。葉っぱが見事なのは、雨がよく降り、また日光を最大限に吸収しようと、暖かな原産地からあまりにも遠く離れた北国に置かれたアボカドの木の自己保存術かもしれません。

スローン・スクェアといえば、故ダイアナ妃が結婚前、上流階級独特のファッションでスローン・レンジャーとして闊歩した所。その一帯はロンドンの中でも格別にファッショナブルな地域です。イギリスのブルジョア階級は19世紀から20世紀にかけて珍しい植物の収集に世界の隅々まで出かけていったのですが、その成果があちこちの大庭園や植物園にどっさり残っています。その最大のものは有名なキュー王室植物園(Kew Royal Botanical Gardens)です。そこにもアボカドの木はあるだろうとは思いますが、まだ確認していません。たとえキューになかったとしても、国民全体がガーデニングに情熱を燃やしていると言っても大げさではないイギリスですから、アボカドの木がスローン・スクェアのすぐ近くに植えられているのも不思議ではありません。

スペイン人がアメリカに上陸して以来、イギリス人も続いて大西洋を渡り、アボカドにも16世紀に出会っていました。イギリス人の出版物に最初にアボカドが出てくるのは、メキシコに出かけたホークスという商人が1589年に出した旅行記の中です。アルヴァカタ(alvacata)というおかしな名前で。それはスペイン語のアウァカテ(aguacate)がイギリス人の耳にはそう聞こえたのでしょう。(ちなみに、スペイン人がアウァカテと記した記録で一番古いものは1550年です。)

イギリス人はアボカドの味だけでなく、栄養価にも注目しました。ジャマイカを訪れたW.ヒューズというチャールズ2世の主治医は、1672年に出版したジャマイカ旅行記で、アボカドは「この島で最も珍しく、しかもすばらしい果実の1つ」で、「身体を養って強力にし、精神力を強め、精力を格別に高める」と絶賛しています。(アボカドの精力云々効果については、いずれ書きますので、待っていてくださいね。)

アボカド(avocado)という現在の名前が初めて活字で登場するのは1696年で、ハンス・スローンという人がジャマイカの植物一覧表に「アボカドまたはアリゲーターペアの木。ジャマイカ中の庭や野に生えている」と記しています。この連載の一番始めでも触れましたが、ペア(洋梨)というのはアボカドの形が洋梨に似ているからですが、アリゲーター(ワニ)というのは皮がワニのようにゴツゴツしているからだという説と、アリゲーターがアステカ族の言葉「アワカトル」に音が似ているからだという説があります。どちらにせよ、スローン氏のこの記述から、アボカドという言葉が当時の英語にすでに定着しており、同時に、アリゲーターペア(alligator pear)という呼び方もジャマイカに住むイギリス人の間では一般的だったことがわかります。このスローン氏は1725年にジャマイカの歴史について書いていますが、その中で再びアボカドに触れ、「このあたりの国々で最も栄養価の高い果実の1つである」と述べています。

イギリス人がアボカドと出会ってから400年以上もの間、アボカドはイギリス人にとってエキゾチックな存在でい続けました。それがスローン・スクェア近辺に木が植えられた由縁でしょう。    (続く…)

<追記>
掲示板で以下の質問をいただきました。
[閑人] 日本のアボカドの北限は伊豆半島と聞きました。とするとロンドンのアボカドには実がなるのでしょうか。実がならなくても葉は茂る、ということなのでしょうか。

この質問にお答えすることによって、不明瞭なことがはっきりするかもしれないと思い、ここに付け加えさせていただきます。
[回答] おっしゃる通り、日本のアボカドの北限は伊豆半島です。(私たちも沼津でアボカドを生産している方を17年前に訪れたことがあります。そうだ、そのことについて、いずれお話ししましょうね。)北限とはどういうことかというと、(わかりきったことでしょうが)アボカドの実を平常の状況で収穫できる北の限界ということです。収穫のことを考えないのだったら、もっともっと北でも木は育ちます。(ということは、立派な葉っぱが茂るということでもあります。)アボカドの生まれ故郷は亜熱帯とはいえ、標高2400mぐらいの高原(火山地帯)ですから、夜は涼しいのです。ただし、冷え込み過ぎて凍ったりすると、実は内側から腐ってしまいますし、葉っぱが落ちて木が弱ります。逆に、熱い太陽に当たり過ぎると実は大変な日焼けをして皮から腐ってしまうし、大量に水を与えないと、木は実を支えられなくてポトポト落としてしまう。つまり、アボカドは暑からず寒からずの気候でないとだめ、という贅沢好みの植物なのです。

それでは実が収穫できる平常の状況とはどういうものかというと、連載7回目の「男性花・女性花」でお話ししましたが、まず実がなる前の段階の開花に、1日の平均気温が21.1℃以上で、しかも最高気温がA型はでも22℃、B型は26℃という暖かさが必要です。そして花が実を結ぶには、平均気温が48時間連続して15.5℃以上、最低気温が12.8℃以上でないとだめなのです。これは最低の基準ですから、これが充たされれば必ず実がなるというものではありません。

それではロンドンのアボカドの木に実がなるのでしょうか。なにしろ、ロンドンの緯度は樺太の真ん中と同じですからね。ところが、イギリスの冬はそれほど厳しくないのです。それはメキシコ湾流(といっても発生地はカリブ海)という暖流がイギリスまでやってきて、暖かい空気を持って来てくれるからです。イギリスはその暖かい空気と北極圏の冷たい空気がぶつかり合う所でもあります。だからイギリスのお天気は変わりやすいのですね。また、大陸の西側は湿度が低くて夏は過ごしやすく、冬は比較的(北国のわりには、という意味です)温暖ですが、東側は湿度が高くて夏は蒸し暑く、冬は寒さが厳しいということが、どの大陸についても言えます。ですから、イギリスは北国ではあっても、寒さはそう厳しくはないのです。しかも、大都市は車がひしめき、コンクリートのビルが建て込んでいて気温は上がる一方。トーマスの実家はロンドンの南西でドーバー海峡に面していて、イギリスでは「温暖」といわれているサセックスにあるのですが、そこからロンドンへ出ると、ずっと暖かいなと感じますよ。

それともう1つ肝心なことは、1つの気候帯の中でも、場所によって微妙に気候状態が違うのです。それをマイクロ(ミクロ)気候(micro climate)といいます。どのくらい日光を浴びるか、冷たい風から守られているか、周辺の空気の流れ方はどうか、というようなことが、1メートル離れただけでも違う気候条件を作っていくのです。アボカドのように温度に敏感な植物の栽培には、このマイクロ気候の重要さがとみに認識されるようになってきました。ロンドンの木でも、南に面して立っていて、しかも冷たい風が当たらないような場所で、暖かい日々が続くような年であれば、実がなる可能性はあるのです。この点について、トーマスにしつこく念を押して聞いてみましたが、彼は確信を持って同じことを言います。そして、実際にあの木に実がなったことがあるかどうか、今度ロンドンへ行ったら確かめてみよう、ということになりました。(あの木の場所がすぐわかればいいのですが‥)
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