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ボーダーを越えて
23 海を渡って(下)
2004年2月27日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ジャマイカの夕日。(もと平和部隊でジャマイカに貢献したディーナ・ケプタさん撮影。www.jamaicans.com/photo にあるのを、無断借用しました。)
▲ イタリア北部コモ湖に面して建っているカルロッタ離宮の正面。この裏に植物園がある。
▲ 植物園にあった若いアボカドの木。(写真の右上に見える。)
かなりの数のイギリス人がジャマイカへ行ったのは(そしてそこでアボカドを味わったのは)、1654年にイギリスがスペインからジャマイカを奪い取ることに成功したからです。ジャマイカは1494年にコロンブスが上陸して以来、スペイン領土となっていました。ジャマイカにはアラワク族という先住民がいましたが、カナリア諸島経由でサトウキビをジャマイカに持ち込んだスペイン人に酷使され、また持ち込まれた病気に対する免疫がなくて、絶滅に追い込まれてしまいました。(同じことが西インド諸島全体に言えます。)スペイン人は1510年以降にサトウキビ園で働かせるために奴隷をアフリカから引っぱってきました。(それがカリブ海諸島の人口は大半がアフリカ系である所以です。)

メキシコやグアテマラをも征服したスペイン人は、その沿岸部からアボカドをジャマイカに持ち込んだのです。スペインはジャマイカ防衛をおろそかにしていて、イギリスはそれにつけ込んでジャマイカを占領し、砂糖供給を確保することができ、同時にジャマイカ中に広がっていたアボカドも楽しむことができたというわけです。

スペインのメキシコ以南のアメリカ支配は19世紀初頭まで続きましたが、18世紀には海の覇権は、大西洋でも太平洋でも、イギリスの海軍や商船や海賊が握るようになっていきました。カリフォルニアの南に バハカリフォルニア半島が 国境から1600キロも延びていますが、その南端の町ではコロモウェル(Coromowel)という名前を使った商売によく出会います。コロモウェルとはクロムウェル(Cromwell)がスペイン語式に訛ったもの。クロムウェルといっても、清教徒革命を率いたオリバー・クロムウェルではありません。前回述べたマニラ交易で、中国の産物をどっさり積んでマニラを出航して太平洋を越え、これからアカプルコに入ろうとする交易船を、バハカリフォルニアで待ち伏せしていたイギリス人海賊の名前がクロムウェルだったのです。海賊はなにもイギリス人とは限りません。スペイン人やフランス人の海賊もごっそりいました。時代はちょっと下りますが、映画「マスター・アンド・コマンダー」では19世紀の航海の様子を垣間見ることができます。その点で私にはおもしろい映画でした。(ラッセル・クロウ主演で、アカデミー賞のいくつかの部門にノミネートされています。)

長い航海にはたくさんの食糧物資を積み込まなければなりませんが、当時、保存に耐えうる食料品がおいしかったとは考えられませんね。パンは乾パンだったそうですが、アボカドをつぶして塗るとそれもおいしく食べられるということがわかったとか。それで現地調達されたアボカドは、ミッドシップメンズ・バター(midshipmen's butter)と呼ばれて重宝されたそうです。ミッドシップメンとは仕官候補生たちのことです。きっと艦長のようなトップ仕官だけは本物のバターで食事をしたのでしょう。バターよりアボカドの方がずっと栄養的には優れているのですけれどね。下っ端の水兵もアボカドをもらえたのかどうか、それはどこにも書いてありません。海賊も航海中にアボカドを食べたでしょうか? 多分食べたでしょうね。商船と海賊船とは似たり寄ったりだったそうですから。

目的がなんであれ、アボカドを食べながら世界中を航海しているうちに、ヨーロッパ人はあちこちの寄港地にアボカドを置いていったようです。東南アジアやインド、スリランカ、またアフリカ沿岸地帯などの熱帯地域にアボカドが長い間育てられてきたのはそのためです。フィジーにもアボカドはそうやってたどり着いたのでしょう。実だけでなく、木もヨーロッパ人の興味をそそり、ヨーロッパでもあちこちの庭園に植えられました。おかげで、思わぬ所でアボカドの木に出会ったりします。10年以上前にイタリア北部のコモ湖に行ったとき、その畔にあるカルロッタ離宮の植物園でアボカドの木を見つけ、びっくりしたことがあります。もちろん、ロンドンなどよりは気候条件はアボカドに適していますから、不思議ではないのですが。植えられてからあまり年月は経っていない若い木でした。その植物園には長年アボカドの木が植えられていたのかどうかはわかりませんが、ローマ法王の庭園には昔からアボカドの木が植えられてきたということも耳にしました。残念ながら、そのこともはっきり記述した文献にまだ出会っていません。

それはともかく、ヨーロッパ人がアメリカ征服と同時にアボカドに出会い、興味を持ち続けてきたことは確かのようです。といっても、一般の人々の手にアボカドが届くようになったのは第二次大戦以後で、カリフォルニアで始まった大量商業栽培が世界各地に広がってからのことです。
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