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僕の偏見紀行
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
2009年3月19日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 駅構内で寝ている人々。列車を待つのか、生活の場なのか。
▲ 我々の荷物を運ぶポーター達。重いスーツケースを1人で2個運んだ。
▲ 僕の下段に乗車していたインド人夫妻。穏やかな人たちで僕にも分かりやすい英語でいろいろ語ってくれた。
夕方のハウラー駅には、人々の溢れる熱気と喧騒が渦まいていた。

ダージリンから再びコルカタへ戻った我々は、これから夜行寝台列車でヒンドゥーの聖地ベナレスへ向かうのだ。僕にとって、この夜行寝台列車での一夜も楽しみの一つで、嬉しくて自然に顔がほころんで来る。

インドの上野駅といわれるハウラー駅には、様々な旅行者、ポーター、雑多な物売り、その他目的がよく分からない人が激しく行き交う。

その隙間に、大荷物を抱えた出稼人の群れや毛布をかぶった家族が座り込んでいる。ふと見ると片隅にミイラが、と思ったら全身にすっぽりと布をまとって寝ている人間だった。

スーツケースを積み込んだ荷車を引くポーターの後をホームへ急ぐ。路上同様に混雑する駅構内を、押し寄せる人の群れをかき分け、荷車は進む。はぐれたら大変と汗をかきかきその後に続いた。

やっと目的のホームにたどり着く、列車はまだ入線していない。やれやれと汗を拭きながら列車を待っていると、いろんな物売りたちが集まってくる。車内の盗難防止のため、荷物を固定する鎖と錠前を買えとオッサンがうるさい。

数えてみるとハウラー駅は23番線まであった。改札口が無いので誰でも出入り自由、ホームのすぐそばまで車が入り込んでいるし、ノラ犬があちこち寝そべっている。得体の知れぬ人間がうろついていて油断できない。

待つことしばし、ようやく憧れの夜行寝台列車「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」がやってきた。日本のブルートレインによく似ているが、かなり古びている。乗車するのは大衆の生活列車ともいうべき2等寝台だから、様々な客で混雑が激しい。その中に外国人観光客の姿は無かった。

宮脇俊三さんの旅行記で読んだ通り、乗降口の脇に乗客名簿が張り出してある。ホームは薄暗く、文字も細かいのでよく読めず、残念ながら僕の名前は確認できなかった。

重いスーツケースを引きずって乗り込む。まとまった席がとれず、我がグループはばらばらだった。2A号車、46番の上段が僕の席だった。2段ベッドが向かい合わせに2つ線路と直角に並び、通路との間に扉は無くカーテンが下がっているのみ。さらにその通路をはさんで2段ベッドが一列に線路に沿って並んでいる。車内は全体に狭く窮屈に感じる。

僕の下段は穏やかな中年のインド人夫妻だった。僕と同じくベナレスへの旅行者だった。旅なれた様子で荷物を整理しながら僕と世間話を始めた。そこへ大きな荷物をいくつもポーターに担がせた若い男が大騒ぎしながらやってきた。僕の向かい側の上段の客らしい。

スーツケースなど大きな荷物は下段ベッドの下に各自適当に押し込むのだが、最後にやってきたこの男のスペースはすでに無かった。大荷物を持つ彼はなにやら大声でわめきながら、スペースを空けろと言っている。インド人夫妻が取り合わないため、今度は僕のスーツケースに文句をつけだした。

インド入国以来、いささかタフな経験を積んだ僕は負けじと言い返す。僕のスーツケースはたった一つだ、当然ここに置く権利がある。それでも彼はひとしきり騒いでいたが、埒が明かないとみるやあっさりとあきらめた。わずかの隙間に苦労して荷物を押し込み、残りは自分のベッドの隅になんとか詰め込んだ。

一騒動の後、ケロリとして彼は僕と夫妻の話に加わった。一般にインドでは、何かあると口角泡を飛ばして議論したり、行列に平気で割り込んで騒ぎを起こすが、一旦ことが終わると、何事もなく穏やかに談笑したりするので、見ていて面白い。

話によると彼の仕事はサリーのセールスマンで、荷物にはサリーが詰まっているのだ。話してみると人懐っこい若者で、いかにもやり手の営業マンだった。僕が日本から来たというと、日本の工業製品は品質がよく素晴らしい、行きたいけどなかなか機会が無い、東京は物価が高いそうだがどのくらいか、親しげに尋ねた。

列車は定刻の19時40分から少し遅れてに静かに動き出した。うるさいベルも案内もないので油断できない。日はとっくに暮れ、窓の外は暗くなっている。

やがて年老いたボーイが枕と毛布1枚シーツ2枚を持ってきた。枕には洗い立ての清潔なカバーがかかり、シーツものりが利いて気持ちいい。ただ毛布は重くて固い、あまり近年見かけることの無い代物だった。

周りを見ると、インド人夫妻もセールスの若者も手馴れた様子で、枕やシーツを使って寝る支度に余念が無い。ベッドはビニール張りで、日本の古い電車の座席並みの固さだが、そこへシーツをまず1枚敷いて枕を置く、その上にもう1枚シーツを敷きさらに毛布を重ね、寝るときはそのシーツの間に身体を滑り込ませるのだ。

僕も早速見よう見まねでベッド作りに取り掛かった。上段でもかろうじて胡坐をかいて座る高さはあるが、何しろ狭い。貴重品を入れたザックを枕元に置き、靴をビニール袋にいれて脇のフックに下げると足を伸ばすのがやっと、油断をすると足が通路にはみ出てしまう。

ベッドに転落防止の柵など無い、わずかに幅数センチのビニールの帯が2箇所、天井とベッドをつないでいるだけで心もとない。それでもなんとか眠るスペースを確保し横になる。

ホームに来るまでにかいた汗でシャツがぬれ気持ち悪い。さらに天井からは冷房の風が音を立てて噴出し、そのそばにはご丁寧に扇風機まで回っている。車内は急速に冷えてくる。ガイドからは、インドの列車内の冷房は半端じゃないので、十分気をつけるように注意されていたが、まさにその通りだった。

狭いベッドで苦労してシャツを着替え、薄手のセーターを着込み、シーツの下に潜り込んだ。時間が経つにつれ一段と冷えてきたので、ついに重くて固い毛布をかぶった。暑いインドの列車で、まさかセーターを着込んだ上毛布までかぶって寝るとは思わなかった。

僕がじたばたしている内に、インド人夫妻もセールスマンも9時過ぎ頃には寝息を立て始めた。僕も汗ばんだ身体が車内の温度になじむ頃には眠くなったきた。インドの寝台列車で眠れるだろうか、との心配は杞憂だった。心地よいリズムで響くレールの音と振動に、僕はいつしか眠り込んでいた。

ポイントを通過する時のガタン・ガタンという音や途中駅に停車する時のブレーキのきしむ音に時々目が覚めた。外を眺めると見知らぬ駅の暗い人気の無いホームが広がっていた。

午前2時過ぎ頃トイレに行った。ベッドを降りる時は作りつけの小さな梯子を使う。これが短くて途中で終わっている。寝ぼけ眼の乗降は大変だった。

トイレそばのデッキでは、壁から引き出した狭いベッドに毛布を配った老ボーイが身体を小さく折り曲げ眠り込んでいた。

トイレはあまり清潔とはいえなかった。かろうじて小の方は用を足せたが、もう一つの方は大変だろう。しゃがみこむのにいささかの勇気が必要だし、もしかしたら、出かかったモノも途中でUターンするかもしれない。

身支度を始めた人のざわめきに再び目覚めたのは5時頃だった。午前6時過ぎ、インドでは珍しいそうだが、列車は定刻より少し早く、ベナレス郊外ムガール・サライ駅に到着した。未だ夜明け前の薄暗い駅は、またしても夥しい人で溢れていた。 (続く)
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68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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