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僕の偏見紀行
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
2009年3月28日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ボートから流した灯明が点々と続く。白み始めた空の下をゆっくりと流れていく。人々はおもいおもいに手を合わせる。
▲ ガンジスに昇る太陽。この光景は数千年を超えて変わらないのだろう。
▲ 夜が明けたころのガートの風景。沢山の人が沐浴をしている。ベナレスにはこんなガートが100ヶ所くらいある。
夜行寝台で早朝ベナレス到着後、バスでホテルへ向かった。ホテルへ早めのチェックインをして一休み、そしてランチ。乾季のインドではビールが旨い、つい昼間から飲んでしまう。国産のキングフィッシャーは軽くて爽やか、インドの空気によく合う。

午後は釈迦の初説法の地など、仏教の聖地を巡る。黄や赤など、いろんな僧衣をまとった僧に連れられた集団が目立つ。セイロンやチベット、タイなどの海外からの参詣団らしい。

ある聖地で、ヨチヨチ歩きの弟の手を引いた少女に出会った。可愛いのでついカメラを向ける、すると手を差し出して「ルピー、ルピー」と催促。弟も小さな手を差し伸べる。

こんな時どうしたらいいのだろう、小さな子供に安易にお金をあげていいのか、一瞬迷ったが幾許かのルピーを渡した。身勝手な感傷より現実を思った。この子達は外国人相手に稼ぐ立派なプロなのだ。プロの仕事にはそれなりの報酬を払うべきだろう。

ベナレスは「生と聖と死が眼前にある町」といわれ、通り過ぎるだけの旅行者の眼にも、与えられた運命を精一杯生きる人々の姿が見えてくる。

死を待つ人々の集まる家がある。聖なるガンジスのほとりで死を迎え、火葬され、永遠の救いを得たい、そう願う人たちが家族に付き添われて集まってくる。

親に長男が付き添う場合、残された兄弟が力を逢わせ郷里の家を守る。長男は後顧の憂いなく介護に専念し、親は心安らかに最期の時を過ごす。中には再び元気を取り戻して郷里へ戻る人もいる。人間らしい幸せな終末だと思う。

一方、多くの日本の老人は大きな病院に入り、ベッドで管に繋がれ最期を迎える。果たしてどちらが人間らしく幸せだろうか。文明や医学の進歩とはいったい何だろう。

ヒンドゥー教の人生観では、家族と社会に対する義務と責任を全うし、老境を迎えた人は家族から離れ、全てを捨てて放浪の旅へ出るのが理想とされる。

そんな人生最期のステージ、「遊行期」を迎えた遊行者たちもまた、このベナレスに多く集まってくる。放浪する人々には、高名な学者や法律家などもいると聞いた。いったい遊行者たちは、どんな思いを抱えてさ迷うのだろう。僕の心はひりひりするような、強い憧れにも似た思いにゆれた。

このような人生の在りようは、数千年にわたり連綿として続き、現在もなお人の心を惹きつけてやまない。結局人間は数千年を経てなお、先人の生きる知恵を超えることが出来ない。

最期に訪れた駅前の雑踏にもまれながら、僕は柄にも無くいろんな思いにとらわれて歩き続けた。

翌朝、夜明け前にバスでガンジス川へ向かう。しばらく走ってバスを降りると、まだ真っ暗なのにものすごい人出だ。リキシャの群れ、物売りたち、道端のチャイ屋で朝の一杯を楽しむ人々、相変わらず人、人・・・。

売っているのは花飾りのついた小さなお灯明、歯ブラシとなる小枝など。小枝は噛んでその繊維をブラシとして使用するが、白神山地のマタギと同じ知恵だ。川に流すためのお灯明を一つ買ってボートに乗り込んだ。

川から岸辺を眺めると、まだ暗い空を背景に、広い階段状のガートを人が行き来している。その上の河岸には古い大きなホテルやレストランの建物が見える。

ボートはゆっくりと進み、やがて東の空が白み始めると、沐浴する人々が一段と増えてきた。ガンジスの流れにそっと触れる。薄いコーヒー色の水はあまり冷たくない。

沐浴する人はこの水をすくい、やがて昇る太陽にささげ、口をすすぎ、そして全身を沈めて身を清める。夜明けの冷たい大気の中、寒くはないのだろうか。

ボートの人々は用意したお灯明をともし、川面に浮かべてガンジスの流れに手を合わせる。

「メグミ!来たよ」、突然僕の後ろで声がした。九州から来た、一人暮らしのナガガワさん。国語教師として永年勤務後定年を迎え、これからという矢先、相次いで奥様とたった一人の娘さんに先立たれた。呼んだのはどちらの名前だったろうか。

僕も灯明を流し、亡き両親や義兄たちを偲んで祈った。明けはじめた空の下、薄もやに煙るガンジスの川面を、揺らめく小さな灯りが点々と続く。灯りは暖かな光をほのかに放ち、僕の心には懐かしい思い出が去来する。

赤い太陽がもやの中をゆっくりと昇り、あたりは明るくなった。ガートの隣の砂浜ではヒンドゥー教の学生たちが朝礼なのか集まっている。その隣の舞台では、蓬髪の行者が白く塗りこめた身体を激しく揺らし、煙の出る香炉を振り回している。

ふと見ると水面に人が浮いている。遺体か、と思ったら行者だった。水中ヨガといって、水面に仰向けになり、寝たままいつまでも漂う。水面に出ているのは顔の一部と手足の先だけ、完全に水と一体化している。

やがてボートはガート脇の火葬場へと着いた。河岸の斜面のあちこちに黒い灰が残っている。いたるところに薪が積み上げられ、その中に火葬に使う白檀の店もある。灰のまわりを子供が走り、牛やノラ犬が徘徊する。足もとは泥水とフンに汚れ、荒涼とした一帯にガンジスの川風が吹き渡る。

火葬場のある斜面を上がると狭い路地だった。牛や犬のフンが転がり、下水が道に溢れていた。路地には生活用品や食べ物の店が続き、人間の濃密な日常生活が流れていた。

路地の奥からは子供たちの唱歌が聞こえる。小学校が近いのか、かわいいセーラー服を着た子供達が手を繋ぎ急ぎ足で通り過ぎていく。その傍らの道端では顔を白く塗った蓬髪の行者がじっと座っている。     (続く)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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